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知らなかった世界
源泉
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一週間後。制服を着た私と師匠は、森の前に立っていた。
「し、師匠……本当に入るの?」
「当たり前じゃない。ここで一生暮らすつもり? そのくらいの快適さはあるけれど、表世界に戻るのなら、外に出て旅に出ないといけないのよ。ほら、行くわよ。攻撃のための魔法も教えたし、魔力弾も八割狙った場所に命中させる事が出来ているから大丈夫よ。後は覚悟を決めるだけ」
「う、うん……」
あれから三週間も時間があって、考える時間はたっぷりとあった。だから、命を奪うという事について、ちゃんと覚悟を決めたつもりだ。虫は不快で殺すのに、動物とかになると、急に忌避感を覚えてしまう。自分の命が危うくなるかもしれないのに、未だにそれはある。
実際にその時にならないと、私の覚悟が本当に出来ているのかは分からない。
「頑張る……」
「ええ、頑張りなさい」
師匠がそう言いながら、先に歩いていく。一度深呼吸をしてから、森の中に入る。入ったところで、何かが変わったかと訊かれたら、何も変わっていない。前にも来た通りの森が広がっているだけだった。
(当たり前だよね。結界が張られているとはいえ、ここと家の周囲は変わらない。私が意識し過ぎてるんだ。落ち着いて、師匠について行こう)
もう一度深呼吸をして、心を落ち着けてから、こちらを振り向いて待っている師匠の元まで移動する。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫。それで、どこに行くの?」
森に入る事は知っているけど、具体的にどこか目的地があるのかとかは知らない。
「戦闘訓練をしたいところだけど、そう都合良く相手が出て来るとは限らないから、近くにある源泉まで移動するわ。言ったでしょ? 源泉でも修行をするって」
「あ、そういえば、言ってたね。ここからどのくらいの距離?」
「大体一時間ってところね」
一時間歩くと聞いて、それは割と遠いのではと思ってしまった。表世界で徒歩一時間掛かるとか言われたら、結構あるなって思ってしまうし。人によっては、タクシーとか交通機関で移動しようって思うくらいの距離だと思う。
「それって、近くって言う?」
「十分近いわよ。ほら、こっちよ」
師匠からすると、そのくらいの距離は普通みたい。私も見習わないと。そもそもこの三週間は、一度も森に入ってないし、家の周りをぐるぐるしていただけだから、どこに出掛けるにしても遠く感じてしまうかもしれないけど。
師匠の案内で、ゆっくりと進んでいく。その間も、師匠の授業は続く。師匠の授業を聞きながら森の中を一時間歩く。その間、他の動物に会う事はなかった。遠くで何かの鳴き声が聞こえたから、動物がいるのは確かだ。実際、カワードボアはいるし。
そして、一時間歩いた先は、ここまでの森の中と全く違う。空気が違うのもそうだし、安心するような何かがある。自分の部屋の中みたいなそんな感じがする。
景色的には、中央に大きめの泉があって、周りには柔らかそうな芝生的な植物が生えている。
「ここが源泉?」
「そうよ。ここは、文字通り泉が源泉になっているわ。この泉は、普通の水に見えるけど、ほとんどは魔力で出来ているようなものよ。この中に入って、魔力増加をしなさい。ちゃんと服は脱いでね」
「あ、うん」
師匠の前で裸になるのは、既に慣れ始めていた。それはそれでどうかと思うけど、ここは外なので、それとは別の恥ずかしさがある。でも、修行としてはやらないといけない事なので、その場で制服を脱いでいく。魔力増加に関しては、森を移動している間もしていたので、特に意識する必要はない。
裸になって泉に足を入れると、不思議な感じがした。水は水なのだけど、冷たさをあまり感じない。でも、温かいという訳でも無い。
「そこは、沈んでも呼吸が出来るから、そのまま沈んで大丈夫よ」
「えっ!? お、溺れないって事!?」
「そうよ。源泉の魔力が酸素と同じ役割を果たしてくれるの。呼吸が止まった人を、ここに沈めると呼吸が再開するという話もあるわ。実際、私も沈んだことがあるけど、溺れる事はなかったから大丈夫よ」
「わ、分かった」
泉の中を進んでいくと、段々足が付かなくなる。軽く浮きながら泉の中央まで移動する。そして、師匠を信じて仰向けになりながら源泉に沈んでいく。すると、本当に息苦しさがなかった。水を飲み込んでいるような感じなのに、不思議な感覚だ。そのまま三メートル程沈んで底に着く。
視界は水の中にいるときそのものなのに、全然苦しさはない。このまま魔力増加を続けていく。
(何だか安心する。このまま眠らないようにしないと……)
静かな空間の中で、魔力増加を続けていく。しばらくすると、泉の中に師匠が入ってきた。ぼやぼやしているから、師匠がいるって事しか分からない。肩をポンポンと叩かれたので、多分そろそろ上がれって事かな。
(まだ十分くらいな気がするけど、もう良いのかな? 魔力が濃い場所だから、短い時間でも十分みたいな感じ?)
そう思いながら源泉から上がっていく。
「ふぅ……やっぱり、普通の空気の方が良いね」
「そうね。生き物には源泉よりも空気の方が合っているのかもしれないわね。でも、よく一時間以上も続けられたわね」
「えっ!? そんなに経ってた?」
「ええ。長く出来るのは良い事よ。【乾燥】」
完全に泉から上がったところで、師匠が乾かしてくれる。
「ありがとう」
制服を着ていると、師匠が話し始める。
「源泉での修行は、この魔力増加が基本となるわ。そこまで荒らすわけにもいかないから。水琴が源泉の魔力に適しているようで良かったわ。中には合わない人もいるからね」
「そうなんだ」
「ええ、そうよ。魔力の合う合わないよくあることだわ。杖でも同じね。それじゃあ、今日はここで昼寝をしましょう」
「えっ!? 何で!?」
「ずっと修行ばかりだったでしょう? そろそろ休憩してもいい頃合いだと思ったのよ。ほら、そこに芝生で横になりなさい。大丈夫。源泉に態々近づくのは人間と精霊ぐらいなものよ」
「精霊?」
ここにきて、また知らないものが出て来た。精霊自体は、アニメとかゲームで知っているけど、実際に精霊がどういう存在なのかは知らない。
「魔力の塊みたいな存在よ。まぁ、基本的に人に近づかないから、会う機会はないと思うけれどね。ほら、芝生に寝っ転がりなさい」
「あ、うん」
師匠に言われた通り、芝生に寝転がる。暖かく心地良い陽光に気持ちの良い風。昼寝と言われても、すぐには寝られないだろうと思っていたけど、寝転がって五分もしないうちに眠りについた。
────────────────────
水琴が眠りについたのを見て、師匠のアリスは、心の中で小さく微笑む。
(ここまで修行続き。このくらいの歳の子なら、少しくらいサボると思っていたけれど、それも一切ない。言われた通りにやり続ける事が出来るだけのやる気と根気が、この子にはある。努力を怠らないというのは、一つの才能ね)
アリスは、水琴の頭に前脚を乗せる。本来であれば、人の手で撫でてあげたいところだったが、今のアリスには猫の脚しかない。その事にアリスは、少しやるせない気持ちになっていた。
「猫でいるというのももどかしいわね。まぁ、人の身体だったら、この子を襲っていてもおかしくないけれど」
水琴が聞いていれば、耳を疑う事だが、今は寝ているので問題はない。アリスから見て、水琴はまだ大人に成り立ての子供だ。だから、庇護の対象でもあり、恋愛の対象とも見る事が出来た。アリスの好みからすれば、もう少し育った方が良いのだが。
(この子の言霊がなければ、きっと私はもう死んでいる。そろそろ寿命かとも思っていた頃だし。それでも、生き存えているのは、呪いを解呪出来たから。この恩はしっかりと返さないといけないわね。私の一生を懸けてでも)
アリスは、水琴の傍で丸くなる。猫になってから、結構経っているので、この体勢にも慣れていた。アリスの中で水琴の存在は大きなものとなっていた。自分を救ってくれた恩人というのもあるが、それ以外の感情も確かにあった。
「し、師匠……本当に入るの?」
「当たり前じゃない。ここで一生暮らすつもり? そのくらいの快適さはあるけれど、表世界に戻るのなら、外に出て旅に出ないといけないのよ。ほら、行くわよ。攻撃のための魔法も教えたし、魔力弾も八割狙った場所に命中させる事が出来ているから大丈夫よ。後は覚悟を決めるだけ」
「う、うん……」
あれから三週間も時間があって、考える時間はたっぷりとあった。だから、命を奪うという事について、ちゃんと覚悟を決めたつもりだ。虫は不快で殺すのに、動物とかになると、急に忌避感を覚えてしまう。自分の命が危うくなるかもしれないのに、未だにそれはある。
実際にその時にならないと、私の覚悟が本当に出来ているのかは分からない。
「頑張る……」
「ええ、頑張りなさい」
師匠がそう言いながら、先に歩いていく。一度深呼吸をしてから、森の中に入る。入ったところで、何かが変わったかと訊かれたら、何も変わっていない。前にも来た通りの森が広がっているだけだった。
(当たり前だよね。結界が張られているとはいえ、ここと家の周囲は変わらない。私が意識し過ぎてるんだ。落ち着いて、師匠について行こう)
もう一度深呼吸をして、心を落ち着けてから、こちらを振り向いて待っている師匠の元まで移動する。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫。それで、どこに行くの?」
森に入る事は知っているけど、具体的にどこか目的地があるのかとかは知らない。
「戦闘訓練をしたいところだけど、そう都合良く相手が出て来るとは限らないから、近くにある源泉まで移動するわ。言ったでしょ? 源泉でも修行をするって」
「あ、そういえば、言ってたね。ここからどのくらいの距離?」
「大体一時間ってところね」
一時間歩くと聞いて、それは割と遠いのではと思ってしまった。表世界で徒歩一時間掛かるとか言われたら、結構あるなって思ってしまうし。人によっては、タクシーとか交通機関で移動しようって思うくらいの距離だと思う。
「それって、近くって言う?」
「十分近いわよ。ほら、こっちよ」
師匠からすると、そのくらいの距離は普通みたい。私も見習わないと。そもそもこの三週間は、一度も森に入ってないし、家の周りをぐるぐるしていただけだから、どこに出掛けるにしても遠く感じてしまうかもしれないけど。
師匠の案内で、ゆっくりと進んでいく。その間も、師匠の授業は続く。師匠の授業を聞きながら森の中を一時間歩く。その間、他の動物に会う事はなかった。遠くで何かの鳴き声が聞こえたから、動物がいるのは確かだ。実際、カワードボアはいるし。
そして、一時間歩いた先は、ここまでの森の中と全く違う。空気が違うのもそうだし、安心するような何かがある。自分の部屋の中みたいなそんな感じがする。
景色的には、中央に大きめの泉があって、周りには柔らかそうな芝生的な植物が生えている。
「ここが源泉?」
「そうよ。ここは、文字通り泉が源泉になっているわ。この泉は、普通の水に見えるけど、ほとんどは魔力で出来ているようなものよ。この中に入って、魔力増加をしなさい。ちゃんと服は脱いでね」
「あ、うん」
師匠の前で裸になるのは、既に慣れ始めていた。それはそれでどうかと思うけど、ここは外なので、それとは別の恥ずかしさがある。でも、修行としてはやらないといけない事なので、その場で制服を脱いでいく。魔力増加に関しては、森を移動している間もしていたので、特に意識する必要はない。
裸になって泉に足を入れると、不思議な感じがした。水は水なのだけど、冷たさをあまり感じない。でも、温かいという訳でも無い。
「そこは、沈んでも呼吸が出来るから、そのまま沈んで大丈夫よ」
「えっ!? お、溺れないって事!?」
「そうよ。源泉の魔力が酸素と同じ役割を果たしてくれるの。呼吸が止まった人を、ここに沈めると呼吸が再開するという話もあるわ。実際、私も沈んだことがあるけど、溺れる事はなかったから大丈夫よ」
「わ、分かった」
泉の中を進んでいくと、段々足が付かなくなる。軽く浮きながら泉の中央まで移動する。そして、師匠を信じて仰向けになりながら源泉に沈んでいく。すると、本当に息苦しさがなかった。水を飲み込んでいるような感じなのに、不思議な感覚だ。そのまま三メートル程沈んで底に着く。
視界は水の中にいるときそのものなのに、全然苦しさはない。このまま魔力増加を続けていく。
(何だか安心する。このまま眠らないようにしないと……)
静かな空間の中で、魔力増加を続けていく。しばらくすると、泉の中に師匠が入ってきた。ぼやぼやしているから、師匠がいるって事しか分からない。肩をポンポンと叩かれたので、多分そろそろ上がれって事かな。
(まだ十分くらいな気がするけど、もう良いのかな? 魔力が濃い場所だから、短い時間でも十分みたいな感じ?)
そう思いながら源泉から上がっていく。
「ふぅ……やっぱり、普通の空気の方が良いね」
「そうね。生き物には源泉よりも空気の方が合っているのかもしれないわね。でも、よく一時間以上も続けられたわね」
「えっ!? そんなに経ってた?」
「ええ。長く出来るのは良い事よ。【乾燥】」
完全に泉から上がったところで、師匠が乾かしてくれる。
「ありがとう」
制服を着ていると、師匠が話し始める。
「源泉での修行は、この魔力増加が基本となるわ。そこまで荒らすわけにもいかないから。水琴が源泉の魔力に適しているようで良かったわ。中には合わない人もいるからね」
「そうなんだ」
「ええ、そうよ。魔力の合う合わないよくあることだわ。杖でも同じね。それじゃあ、今日はここで昼寝をしましょう」
「えっ!? 何で!?」
「ずっと修行ばかりだったでしょう? そろそろ休憩してもいい頃合いだと思ったのよ。ほら、そこに芝生で横になりなさい。大丈夫。源泉に態々近づくのは人間と精霊ぐらいなものよ」
「精霊?」
ここにきて、また知らないものが出て来た。精霊自体は、アニメとかゲームで知っているけど、実際に精霊がどういう存在なのかは知らない。
「魔力の塊みたいな存在よ。まぁ、基本的に人に近づかないから、会う機会はないと思うけれどね。ほら、芝生に寝っ転がりなさい」
「あ、うん」
師匠に言われた通り、芝生に寝転がる。暖かく心地良い陽光に気持ちの良い風。昼寝と言われても、すぐには寝られないだろうと思っていたけど、寝転がって五分もしないうちに眠りについた。
────────────────────
水琴が眠りについたのを見て、師匠のアリスは、心の中で小さく微笑む。
(ここまで修行続き。このくらいの歳の子なら、少しくらいサボると思っていたけれど、それも一切ない。言われた通りにやり続ける事が出来るだけのやる気と根気が、この子にはある。努力を怠らないというのは、一つの才能ね)
アリスは、水琴の頭に前脚を乗せる。本来であれば、人の手で撫でてあげたいところだったが、今のアリスには猫の脚しかない。その事にアリスは、少しやるせない気持ちになっていた。
「猫でいるというのももどかしいわね。まぁ、人の身体だったら、この子を襲っていてもおかしくないけれど」
水琴が聞いていれば、耳を疑う事だが、今は寝ているので問題はない。アリスから見て、水琴はまだ大人に成り立ての子供だ。だから、庇護の対象でもあり、恋愛の対象とも見る事が出来た。アリスの好みからすれば、もう少し育った方が良いのだが。
(この子の言霊がなければ、きっと私はもう死んでいる。そろそろ寿命かとも思っていた頃だし。それでも、生き存えているのは、呪いを解呪出来たから。この恩はしっかりと返さないといけないわね。私の一生を懸けてでも)
アリスは、水琴の傍で丸くなる。猫になってから、結構経っているので、この体勢にも慣れていた。アリスの中で水琴の存在は大きなものとなっていた。自分を救ってくれた恩人というのもあるが、それ以外の感情も確かにあった。
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