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02.師匠と弟子との再会

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 窓に当たりそうな木の枝を落としていたら、門の向こうに人の気配を感じた。

 夏の初めの木漏れ日を受けてきらきらと煌めく、長身の美丈夫が佇んでいる。
 …と思ったら、もう目の前にいた。早い。
 この早さはいつか見たような…って。

「……シュー」
「はい、あなたのシューです。お久しぶりです…師匠」

 声が記憶のものよりも随分と低い。
 学校の制服だろうか。
 彼のためだけに仕立てられたと思われる上下揃いの服を着こなしている。
 
 立派になって…!
 感慨深く見つめていると、激しく抱きしめられた。
 見上げたままの姿勢だったので首が苦しい。

「ぐえ」
「師匠…」

 私は、鉄棘山羊の毛で適当に織った布の、真ん中に切れ込みを入れてそこから頭を出して被り腹周りを適当な紐で結んだだけの適当な普段着。
 おもむろに、紐から下の隙間から腰のあたりの素肌を撫でられた。

「下着をつけていないんですか?」
「わあちょっと待って」

 腰のあたりを叩いても、離れてくれない。
 尻を揉んだら腕の力が緩んだのでさっと抜け出し、家の中に飛び込み扉を閉めた。

 同じような服だけれど、脇から裾までを簡単に縫ってあるものに慌てて着替えた。
 適当な生活のせいで、感動の再会を中断させてしまった…

「お待たせ、ささどうぞ上がって」

 扉を開け招き入れると、重そうな鞄と共に入ってきた。
 少し顔が赤い。外は暑かっただろうか。
 待たせてしまって、すまないことをした…

「懐かしい…師匠の匂いがします…」
「えっうわあ」

 また、今度は後ろから抱きしめられた。

「俺がいない間、何してました?お元気そうで何よりです」
「おっ…」
「お?」

 僕が俺になっている。
 そんなことにも成長を感じた。

「お元気してました…よ…?」
「…久しぶりに聞く師匠の声は、腰に響きますね…」

 しばらく後頭部に顔を埋め…
 吸われていたかと思ったけれど、さすがに気のせいかな。

「卒業したので明日から一緒に住みます。いろいろ教えてくださいね、師匠」
「え、私が教えられることなんてある? 学校を出て…就職は?」
「学院で学んだ魔法と師匠の魔法は違いますから。今は兄たちと共同でいろいろと。連絡を魔法でできるので助かります」
「そうかあすごいねえ…ちょっと待ってここに住む?」
「弟子ですからいいですよね…? 俺の時間は有限なんですから少しでも長く一緒にいてください学生時代の時間は無駄とは言いませんけどその間師匠を見逃していたと思うと悔しいです」
「ん…んん? そうだね、弟子だもの住み込みでも普通だね」
「はい!」

 笑顔に少年のころの面影がある。つられて私も笑んでしまった。

「俺がいない間に…恋人なんて作っていませんよね…?」
「ええ~ないない」
「そうですか、安心しました」

 確か、シューが街を離れる時にそんなことを言われた気がする。
 もしそんな相手がいたら、年頃の異性の弟子は誤解されてしまうだろう。

 
 昨日まで山中にいて、今日の卒業式からまっすぐこちらに向かったというシューは、少し離れたところにある野湯へ行った。
 あれだけ手足が伸びていたら、この家の浴槽では狭いかもしれない。
 その間に、私は夕食を用意することにした。
 ありあわせの、粉をこねて乾燥させた香草を巻き込んで焼いたものと炒めた少しの燻製肉と畑の野菜で作ったスープを、シューは懐かしいと言って瞳を輝かせた。
 
「改めて、卒業おめでとう」
「ありがとうございます。在学中はご無沙汰してすみませんでした」
「元気だったならいいよ~実際に会うのはもう…何年ぶり?」
「2126日ぶりですね」

 護衛さんのいない、ふたりきりの食事は初めてだった。

「護衛さんはお元気?」
「多分元気ですよ、今は甥…長兄の長男の護衛をしています」
「そうかあ…護衛さんにはお世話になったなあ。もし会うことがあったらよろしく言っておいてね」
「彼ほどではありませんが俺も結果的に身体を鍛えたことになったのでお役に立てますよどうぞ存分に使ってくださいね心ゆくまで相変わらず少食ですね師匠」
「んん? あ、ありがとう? もうお腹いっぱいだよ」

 シューには物足りない量だったかもしれないので、温室で採れた果物を蜜漬けにしておいたものも勧めた。


 最後に取った弟子が使っていた部屋には、今は何の家具もない。
 椅子くらいなら他の部屋のものを移動できるとして。

 寝台は、私が使っているものしかない。
 夜中に発作を起こした時のために奥様と一緒に寝られるやや大き目の作りで、今までの弟子とも一つ寝で済ませてきてしまった。
 青年期の男性とではさすがに狭いだろうか。
 
 鞄に入れていた夜衣に着替えたシューの手を引いて、寝室に連れて行った。
 
ゆかでいいですよ。ここ数年は寝台で眠れる方が珍しかったですし、壁と屋根があるだけ贅沢です」
「ええ? いやいやまあまあ、とりあえず今夜は一緒に寝よう。学校の話を聞きたいな」
「じゃあお言葉に甘えて……少々狭いので抱きしめますね」
「そうだね、すまないね」
「温かくて柔らかくて夢のようです実際こんな夢を見ました学んだことについては守秘義務があって鍵がかけられているので語れませんが…そうですね、男所帯でむさ苦しかったですね」
「んん…? ほうほう」
「山林や雪山や砂漠を駆けずり回って、野営して…まあ結束は固くなりましたね」
「魔法を学ぶ学校だったよね…?」
「そうですよ?師匠のことを考えて乗り切りました」
「私のこと」
「はい、思い出の中の魔法を教えてくれる真剣な顔の師匠でも俺が何かできる度に褒めてくれるときは微笑んでくれる師匠自分のことは適当なのに俺の前では一応取り繕ってくれる師匠」
「んぐぐ…おやすみ」
「ぷすー」

 学生生活を思い出して熱くなったのか抱きしめる力が強くなり苦しくなったので、鎮静の魔法を応用したおやすみの術をかけてしまった。
 続きはまた明日にでも聞かせてもらおうと思いながら、瞼を閉じた。


☆・☆・☆・☆・☆


 目覚めると、眠りについた時の体勢のままだった。
 日の出の薄明かりに照らされて見えたシューの寝顔は、可愛いかと思いきや美しかった。
 少年の頃よりもすっきりした輪郭の中に、目や鼻が整って配置されている。と思う。
 髭が薄い。まつ毛が長い。前髪も長い…あ、毛先が荒れている。
 なんとなく見つめていると、ぱちりと音がしそうな勢いで瞼が開いた。

「敵しゅ…いや、師匠がいます……俺また今際の際にいますか早いですね師匠」
「起こしてごめんね、シュー。疲れてるでしょ、ゆっくり寝ててね」
「眠りは浅いので…師匠がいないならここにいても仕方がないので起きます残った温もりを堪能したい気持ちもありますがおはようございます師匠」
「んん、おはよう」


 昨日まではひとりだったので適当な自作の服を着ていたけれど、弟子の目もあることだし、以前街で買った上下が繋がった丈の長いものを纏うことにした。


 さて、弟子と共に生活するとなると何かと物入りになる。
 私は調理が面倒で畑の剛毛甘瓜を生でかじって済ませるなんてこともよくあるけれど、彼にはちゃんと食べさせないといけないし、量も必要だろう。


「師匠…師匠。師匠? まさか聞こえないふりですかそれはそれで」
「あっごめんね、シューのこと考えてた」
「え……っ?????」
「シューはご飯いっぱい食べるよね、何が好き? やっぱりお肉?」
「…ハッ、そうですね、肉は好きです」
「そうだよね~若いんだからいっぱい食べてね!!」

 朝食の、干した川魚を使った粥をシューの器に足した。
 今回のところは魚で許して欲しい。



「師匠、今日は街で野暮用を済ませてきたいんですけど…何かお使いはありますか」
「そうなの、気をつけてね。うーん今すぐには思いつかないなあ」
「帰るのは夜になるかもしれないので、食事はおひとりで済ませてください」
「そう。じゃあそうするね」


 そういったわけで、魔法の教授は明日以降となった。
 私は森で荒縄亀花の蕾蜜を採集した。
 ひとり暮らしなら面倒でしない作業なので、美味しいものが食卓に上るのはシューのおかげだ。
 食料の備蓄を確認すると、彼に充分に食べさせるには心許ないと感じた。
 近々私も街へ買い出しに行って、何かを現金に換える必要もある。
 露店を出して温室の果物や森で採れる物を売るという手もあるけれど、賃料などを考えると実入りは期待できそうにない。


 集め終わっている獣の毛の加工をしているといつの間にか夕暮れが近く、シューが戻ってきた。

「ただいま戻りました、師匠」
「おかえり、シュー。お疲れさま」
「夕食は済ませてきました。これ、柔らかいうちに食べてくださいね」
「なに? わあありがとう」

 紐を編んで作った袋に入れたパンを受け取った。ありがたくいただこう。
 薬草茶と共にひとつを美味しく食べ終えたところにシューが部屋から戻ってきた。
 片づけていると、えっこれだけですか…みたいな顔をされたけれど、充分。
 残りは明朝、温めて食卓に並べることにする。
 


「ところで師匠」
「なあに?」
「師匠が何十年か前に作った『魔女の秘薬』が欲しいそうです。娼館の店主が」
「…娼館。あっ今日は…そっか~もうそんな年齢なんだねえ」
「そんな孫を見るような目でいやそれもいいんですが誤解です」

 違うのか…
 それより、魔女の秘薬と言った?
 
「今の店主と知り合いなんですが、先々代あたりが仕入れた師匠の秘薬がとてもよかったと聞いていて、伝手があるなら是非にと。その、媚薬だそうですね…」
     
「う~ん、媚薬かあ…」
「何か問題があるなら断っておきますが…ちなみに1本このくらいで」
「10?」
「100です…数も」
「うわお」

 シューの指を数えて、心がぐらりと揺れた。


 ―――遠い国に伝わる、媚薬。
 何故かこれも私は魔神に与えられた。秘薬のうちのひとつ。

 短時間の内に複雑な魔法を幾重にもかけて調薬し、副作用も依存性もない。
 感度も気分も上がり、ひたすら多幸感が増し、とにかく盛り上がるというもの。
 
 鎮静の魔法を利用した、効果を打ち消す薬も用意できる。
 滋養強壮や疲労軽減などの効果を追加することもできる。

 確かに、何十年か前にまとまった現金が必要になった時に勢いで作って、「魔女の秘薬」と称して持ち込んだ。  
 あそこは高級娼館も経営しているようなので、この値段でこの数の需要もあるかもしれない。

「難しい顔もいいですね…やはり何か?」
「うーん、作り方が特殊でねえ」


 ―――媚薬を調薬するには、いやらしい気分にならないといけない。
 いやらしい気持ちで、最後の仕上げに魔力と材料をねっちょりと混ぜるのだ。


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