失われた王国の王女と絶対忠誠騎士、運命に導かれる2人

第4話 動き出す日常

　リアナは夢を見ていた。暗闇の中で、自分の心臓の鼓動が強く響いている。その鼓動は徐々に大きくなり、やがて耳をつんざくほどの音量にまで達した。彼女は何も見えない闇の中をさまよっていたが、突然、何かが自分を呼んでいることに気づいた。遠くから、誰かが囁いている。

「……目覚めよ……リアナよ……」

　その声は優しく、どこか懐かしい響きだった。同時に、それは彼女の中にある何かを解き放とうとしているような不気味さも感じた。 　リアナは必死に声の方向を探ろうとするが、何も見えない。ただその囁きだけが、彼女の頭の中で繰り返されていた。

「何……？何なの……？あなたは誰？」

　彼女は息を切らしながら、問いかけた。 　
　答えはなかった。その代わりに彼女の体の中から何かが激しく脈打ち、膨れ上がる感覚がした。 　熱い――体の中心が燃えるように熱くなっていく。


「大丈夫か？リアナ」

　突然、リアナは意識が現実へ引き戻された。だが、そこにはエリオットがいない。代わりに、彼女の体は冷たい石畳の上に倒れ込んでいた。かすかな息切れを感じながら、彼女は何とか体を起こした。記憶はぼんやりとしていたが、別れたはずのエリオットが、彼女の夢の中に現れたことが妙に鮮明だった。

「どうして……エリオットの声が……？」

　リアナは自分に問いかけながら、胸に手を当てた。すると、手元から再び淡い金色の光がぼんやりと浮かび上がった。彼女は驚きに目を見開いた。この光は彼女の中の力――まだ完全に覚醒していない力だと理解した。

「これが……私の力……？」

　リアナは立ち上がろうとしたが、体中の疲労が重くのしかかり、思うように動けない。あの夢での出来事といい、エリオットの存在といい、全てが現実と混ざり合い、彼女を混乱させていた。

「エリオット……」

　彼女はつぶやく。昨日別れたはずなのに、なぜ夢の中で彼の声があんなにもはっきりと聞こえたのか。心の奥で、彼がまだ自分を見守っているのではないかという感覚が彼女を支配していた。
　リアナの意識はぼんやりとしていた。彼女の心臓はまだ激しく脈打ち、全身を熱が駆け巡っている。それでも、エリオットの声が彼女を現実に引き戻したのは確かだった。

「大丈夫か？リアナ」

　その声は今も耳に残っている。しかし、リアナが再び目を覚ますと、そこにはエリオットの姿はなかった。代わりに、彼女の目の前に広がるのは自室の光景だった。

「エリオット……？」

　リアナはかすれた声で呼びかけるが、返事はない。リアナの体はまだ思うように動かない。熱に侵され、エネルギーを消耗した彼女は、ただその場でじっとするしかなかった。
　彼女は息を整えようと深呼吸を試みたが、胸の奥に何か異質な存在を感じた。

「これは……一体……？」

　リアナは再び目を閉じ、心の中に潜む力と向き合おうとした。すると、彼女の中に誰かの声が響いた。

「リアナ……。目覚めるのです。あなたの力はすでに覚醒しています」

　それは先ほど夢の中で聞いた声と同じだった。だが今度は、はっきりとした言葉となって彼女の心に届いた。リアナは驚きつつも、何とかしてその声の主を探そうと心を集中させた。

「あなた一体誰なの？私の中にある力って……何なの？」

　問いかけに答えることなく、再び闇が彼女を包み込んだ。

　どれほどの時間が経ったのかはわからない。リアナが再び目を覚ましたとき、周囲は静かに安定していた。心の奥底で蠢いていた力は、静かに収束している。しかし、その力がもたらした衝撃が、彼女の体にはまだ残っていた。

　その時、彼女の耳に微かな足音が聞こえた。振り向くと、暗い部屋の隅から小さな灯りがともり、そこに一人の女性が立っていた。

「お前の中の力がついに目覚めたようだな」

　その声は冷静で、どこか厳格さを帯びていた。リアナはその女性をじっと見つめた。彼女は長いローブを身にまとい、顔の半分をフードで隠していたが、残された部分からは冷静な眼差しが覗いていた。

「あなたは……誰？」

　リアナは立ち上がろうとしたが、体が重く、動けなかった。その代わりに、彼女はその場で目の前の女性に視線を向け続けた。

「私の名など重要ではない。重要なのは、お前がこれから何を成すべきかということだ」

　女性の声には厳しさと威圧感があった。彼女はリアナに近づくと、その顔を少しだけ垣間見せた。年齢はわからなかったが強い意志を感じさせる表情だった。

「お前はすでに知っているはずだ。この力はお前にしか持ち得ない。そしてそれは、過去の惨劇を繰り返さぬためにこそ存在している」

　その言葉にリアナの心が震えた。祖母から告げられた血筋の証であり、滅んだ王国の遺産として彼女に与えられたものだった。

「しかし、その力が覚醒すれば、また新たな危機を招くことになる」

　リアナは目を見開いた。その言葉に、不安と恐怖が同時に押し寄せてきた。彼女の中の力が危険を引き寄せる存在であることを示唆され、彼女は無意識に体を震わせた。

「一体……どういうことなの？私の力が危機を招くって……」

　女性は無言でリアナを見つめた後、静かに答えた。

「お前の力が覚醒することで、かつてお前の家族を滅ぼした側近が再び動き出す可能性がある。側近てのは王国を裏切り、その滅亡を引き起こした張本人だ」
　
　リアナの心臓が一瞬止まったかのような感覚に襲われた。祖母から聞かされた滅びの話――それは彼女の血筋の運命と深く結びついていた。祖母は、王国を滅ぼしたのはかつての信頼する側近だったと語っていたが、今この瞬間、目の前の女性はその側近がまだ生きているかのような口ぶりをしている。

「側近……その男が今も生きているの？」

　リアナの問いに、女性は一瞬間を置いてから、静かに頷いた。

「奴は王国を滅ぼした後、ある人物により倒された。今は、生きているというより封じられていると言った方が正しいかもしれない。だが、お前の力が完全に目覚めれば、その封印は解かれ、奴は再び現世に姿を現すだろう」

　その言葉にリアナは愕然とした。自分の力が覚醒すれば、かつて王国を滅ぼした存在が再び脅威となる――それはあまりにも大きな重圧だった。

「そんな……どうして……私の力が、危機を呼び起こすなんて……」

　リアナは混乱と恐怖に揺れ動いた。自分の中に潜む力が、ただ単に守るためのものではなく、逆に世界を危険にさらす可能性があるという事実に、彼女は戸惑いを隠せなかった。

「お前の力は、光と闇の二面性を持っている。正しく使えば多くの命を救うことができるが、一度でもその均衡が崩れれば、力は暴走し、破壊と混乱をもたらす。側近はその暴走を利用しようと、ずっと機会を伺っているのだ」

　女性の声は冷静だが、どこかに焦燥感が滲んでいた。リアナは震える手で胸を押さえ、自分の内に渦巻くエネルギーの存在を再確認した。この力は、まだ完全には覚醒していないが、それでも彼女はその一部を感じ取っていた。それは彼女の意思とは関係なく膨張し、解放されることを待っているようだった。

「あなたは……誰？なぜそんなに私のことを知っているの？」

　リアナは震える声で問いかけた。目の前の女性は、彼女に対して何かしらの答えを持っているに違いない――そんな確信が、リアナの胸に生まれつつあった。

　女性はリアナの問いに一瞬の沈黙を返した後、フードを静かに下ろした。その顔は冷たく美しいが、どこか陰りがあった。年齢はわからないが、彼女の瞳には長い年月を生きてきた者の深い悲しみが映っていた。

「私の名はソレーネ。かつて、お前の祖母に仕えていた者だ」

　その言葉に、リアナは驚きで目を見開いた。ソレーネ――祖母の側近。祖母から聞いたことはなかったが、その名にはどこか懐かしさがあった。

「祖母に……？でも、なぜあなたが今ここに……？」

　ソレーネは苦笑しながらリアナに向き直った。

「私はお前の祖母から、最後の使命を託された者だ。お前が覚醒し、力を正しく使えるように導くために、長い間その時を待っていた。そして今、その時が来たのだ」

　リアナは息を飲んだ。自分の中に眠る力が、これほどまでに重要な意味を持っていたとは想像もしていなかった。彼女は祖母から、王国の血を引く者としての運命を知らされていたが、そこに隠された真実がこんなにも重いものであるとは。

「私の力……それを正しく使うためには、どうすればいいの？」

　リアナは必死に尋ねた。彼女はこの力を使いこなす術を知らない。もし暴走すれば、それは周囲に多大な危険をもたらす。彼女はその恐怖に飲み込まれそうだった。

　ソレーネはリアナの目をまっすぐに見つめた。彼女の目には、何か決意のようなものが宿っていた。

「まずは、お前自身がその力を受け入れなければならない。恐れてはいけない。その力はお前の一部であり、それを拒絶すれば、暴走を招くことになる」

　リアナはソレーネの言葉を胸に刻み込んだ。自分の力を受け入れる――それは簡単なことではない。今まで無意識にその存在を拒んできたのだろう。だから今日の今日に至るまで、能力が表に出てこなかったのだ。
　
「私に……できるかしら……」

　リアナは自信を失いかけていた。自分がその重責に耐えられるかどうか、不安に押しつぶされそうだった。
　すると、ソレーネはリアナに手を差し伸べた。その手は温かく、力強かった。

「お前ならできる。お前の血には、王国の誇りと力が宿っている。そして私は、お前を導くためにここにいる」

　リアナはその言葉に少しだけ勇気を取り戻した。祖母から受け継いだ血筋、そしてソレーネという頼りになる存在。彼女は一人ではないのだ。

「でも……その側近が再び動き出したら、どうすればいいの？」

　リアナの問いに、ソレーネは静かに答えた。

「その時こそ、お前の力が試されるだろう。だが、焦ってはいけない。今はまだ、その時ではない」

　ソレーネの言葉に、リアナは少しだけほっとした。しかし、その瞬間は確実にやってくる。それまでに、自分はこの力を制御しなければならない。

「まずは、力を受け入れる準備を始めるんだ。私がお前を導く」

　ソレーネはそう言って、リアナを促した。リアナは深く息を吸い込み、覚悟を決めた。この力を受け入れ、王国の血筋としての運命を全うするために。

　その時だった。突然、部屋の窓が激しく揺れ、強い風が吹き込んできた。リアナとソレーネは瞬時に警戒態勢に入った。

「何かが来る……！」

　リアナは直感でそれを感じ取った。何者かが自分たちに近づいている。それは、決して歓迎されるものではない。

　ソレーネはフードをかぶり直し、鋭い目で外を見つめた。

「お前の力を試す時が早速来たようだ」

　彼女はそう言いながら、リアナに視線を送った。その言葉に、リアナは胸の中で膨れ上がる不安と恐怖を抑え込み、力を呼び覚まそうと試みた。

「一体誰が来るの？」

　リアナは震える声で尋ねた。外の気配は、ただならぬものを感じさせていた。
　不安で不安で仕方がなかった。大きな不安に襲われながらもリアナは何故だかエリオットの顔が思い浮かんだ。
　

　ソレーネは目を細め、何かを感じ取っているようだった。そして、口を開いた。

「奴だ……」

　その言葉と同時に、扉が激しく開かれた。闇の中から現れたのは、一人の男だった。彼の顔はフードで隠されていたが、異様な気配が漂っていた。

「お前が……リアナか……」

　低く冷たい声が部屋中に響いた。その声には、ぞっとするような悪意が込められていた。