帝都あやかし物語

来海空々瑠

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狛犬のケンカ

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◇◇◇

「んっ……」

鳥がさえずる音が聞こえ、徐々に覚醒していく頭。ゆっくりと目をあけると、もう見慣れた天井が目に入った。

「起きたか、あやめ」

ふと隣から聞こえてきた声に視線をやると、紫苑がそこにいた。私が体を起こして起き上がると、水を差し出してくれたのでありがたく受け取り、それをぐいと飲む。随分と体が重い。

「……私、また倒れたの?」

記憶を辿ってみると、鬼神と呼ばれていた男が退散して以降の記憶がない。

「多分、鬼神の気に当てられたんだろうって、白哉様が。白哉様たちは、いま屋敷の結界を強化しに行ってる。終わったら、こっちに来るだろうけど……」

紫苑の説明をぼんやりと聞いていると、目に入った紫苑の首元。鬼の爪が当たったのか、傷跡が残っているのを見つけてしまい、私は慌てて側に寄る。

「紫苑、ごめんなさい、その傷……っ」

謝罪した私に紫苑は一瞬、目を丸くしていたけれど、「別にこれくらい、すぐ治るし」と何でもないことのように返された。もしかしたら、あやかしの治癒力は人間に比べると早いのかもしれないけれど、それでも私は誰かが傷つくのは嫌だった。そう思っていると──。

「……それに、あやめだって俺を助けようとしてくれただろ」

ぽつりと呟かれた言葉に目を見張る。

「『大事だから守りたい』って教えてくれたのは、あやめの方じゃないか」

続いた言葉に、さらに驚く私。まさか紫苑にそう言われるだなんて。目をぱちぱちとさせ動きが止まった私を、紫苑は怪訝な表情で見つめていた。

「なんだよ」
「……私のこと、大事だって思ってくれるんだ」

私がそう尋ねれば、途端に顔を赤らめる紫苑。

「べ、別にめちゃくちゃ大事だとか、そんなんじゃないからなっ!」

ごにょごにょと何か言っている紫苑の姿に口元が緩んだ。ぶっきらぼうな言い方だけれど、その言葉から紫苑の優しさが伝わってくる。そっぽを向いてしまった紫苑に茶化しすぎただろうかと反省して、私は「紫苑」とその名を呼んだ。

「……こういうときは『ごめん』じゃなくて、『ありがとう』って言えばいいのよね」

私がにこりと微笑みかければ、目をパチパチさせる紫苑。それから「そうだな」と、ゆっくりと頷いてニッと歯を見せて明るく笑った紫苑に、私の胸もなんだかほっこり。

「紫苑っ!あやめ様っ!」

と、そのとき、開いたままの障子戸の向こうから現れたのは、御膳を持った天音君だった。
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