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対峙するとき1
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清流が日本に向かう飛行機に乗っていたころ、洸もまたある場所を訪れていた。
『早乙女』と書かれた表札の下にあるインターホンを押すと、程なくしてドアが開く。
「…あらっ、加賀城さん?」
「どうもお久しぶりです」
ともすれば引きつりそうになる口角を無理やり上げて、洸は営業スマイルを浮かべて挨拶をする。
訪れていたのは清流の実家、今は彼女の叔母夫婦が暮らしている家だった。
「いいえこんなところまでわざわざ来てくださって。どうぞお入りください」
玄関を開けて出迎えた佐和子は一瞬驚いたような顔をした後、にこやかに洸を迎え入れた。
促されて玄関を上がると、廊下を進んで6畳ほどの和室の客間に通される。家の外観も中も綺麗で、まだ数年以内に建てられたように新しかった。佐和子はお茶を淹れてきますねといってキッチンへと向かい、入れ違いで一人の男性が入ってきた。
「初めまして、清流の叔父の早乙女久志です」
「加賀城洸です。突然お伺いして申し訳ありません」
洸は佐和子とは一度会ったことがあるが、叔父である久志とは初対面だ。
洸に見せる笑顔は穏やかだがやや気の弱そうな面立ちで、その印象の通りお茶を淹れて戻ってきた佐和子には座る場所がそこじゃないとか、貴方は本当に気が利かないなど言われ、あっという間に黙り込み静かに緑茶を啜り始めている。
「すみませんね、ろくにおもてなしもできなくて。それで、今日はどんなご用件でいらしていただいたんです?」
「実は、清流さんと正式に婚約することになりましたので、そのご報告をさせていただこうと思って」
佐和子に勧められて口を付けた湯飲みを置いて、洸はそう告げた。これは洸が早乙女家に訪れるため、そして相手の出方を見るために用意していたフェイクだ。洸の言葉に最初に反応したのは、意外なことに佐和子の隣りで黙り込んでいた叔父の久志のほうだった。
「それは本当ですか?実は、私たちもどうなったのかと話していたんですよ。気になってはいましたが聞くわけにもいきませんしね。いや、維城商事の御曹司の方とご縁ができたとなれば私たちもこれで一安心です。お前もそう思うだろ?」
久志の喜び方に嘘はなさそうだった。
それに、そんな演技ができるほど器用にも見えない。
「そう言っていただけてほっとしました。清流さんはすでにご両親が他界されているので、やはり早乙女さんご夫妻にご報告をするのが筋かと思いまして突然ですが今日お伺いしたんです。これも以前料亭で偶然清流さんとお会いできて、佐和子さんにお膳立てしていただいたおかげですから、とても感謝しています」
洸は笑みを浮かべて、佐和子に視線を向ける。
その佐和子の顔からは先ほどまでの愛想のいい笑顔は消えていて、目線は洸とは合わずにどこか一点を見つめていた。
「おい佐和子、どうしたんだ?」
「……うるさいわねっ!」
突然大声を張り上げた佐和子に、久志は驚いて隣りに座る佐和子をぎょっと見やった。
(……もう少しだ)
佐和子がどれだけ興奮し理性を失っているかは、わなわなと震える肩と歪んだ口元を見ても明らかだった。
洸は冷静に見極めながら、そのときを待つ。
「本当にどうしたんだ?おかしいぞお前、」
狼狽える久志と俯く佐和子を交互に眺めつつ、洸は持ってきていた鞄から1枚の書類を取り出した。
「ところで早乙女さん、都筑麻由子《つづきまゆこ》さんという女性をご存知ですよね?」
その名前を聞いて佐和子ははっと顔を上げ、ようやく洸と目が合った。
その目の奥には驚愕と、畏怖と、怒りを孕んでいる。
さあ、化けの皮を剥がして晒してしまえばいい。
綺麗にほどした化粧の下に隠したその本性を。
「都筑…?いえ知りませんが」
「ご主人はそうでしょうね。以前私との縁談が組まれた女性です」
清流と再会した料亭で洸がお見合いをしていた相手で、維城商事のグループ子会社と取引のある会社の娘だ。
洸の父親である駿と麻由子の父親が大学時代に所属していたラグビー部の先輩後輩の仲とかで、断り切れず受けた縁談だった。
「……私も、そのような方は存じませんわ」
「嘘ですね、これまでさんざんやり取りしてるじゃないですか」
洸が鞄から取り出していた文書を佐和子の目の前に置く。
佐和子と麻由子のメールの内容をプリントアウトしたものだった。
そこには佐和子から都筑麻由子宛てに、洸の婚約者が工藤清流であること、彼女の過去に関すること、それを利用すれば二人を別れさせることができ貴女の恨みも晴らせる…といった複数回に渡るやり取りの内容が書かれている。
「氏原崇史というフリーライターを彼女に紹介したのもあなたですね。あぁ、こちらはもう氏原とも接触済みですから否定は結構です。時間の無駄ですので。氏原は都筑麻由子から『維城商事の御曹司に関して面白いネタがある』と持ちかけられたと吐きましたよ。都筑さんが清流になりすまし戸籍を不正に取得したことも本人に確認済みです」
氏原の話から都筑麻由子の名前が上がり、彼女に接触したのは洸だ。
初めはしらを切っていたが、来栖が氏原との会話を録音しておりその音声データを麻由子の父親に聞かせると言うと、最後は泣きながら白状した。
『お断りされてショックでしたけど、仕方ないって思っていました。私はそれから何度かお見合いしたけれど上手くいかなくて…。しばらくしてお父様から洸さんが他の人と婚約したらしいって聞きました。相手がどんな人なのか知りたくなって、でもお父様も分からないとだけで…そんなとき、突然早乙女さんから連絡がありました。
洸さんを迷惑をかけたり傷つけるつもりはなかったんです。ただ、あんな子に負けたのかと思ったら悔しくて!だって洸さんには全然相応しくないもの』
おとなしく反省していれば手心を加えてもいいかと思っていたが、その選択肢は消えた。寄り添うふりをして話をすべて聞き出しながら、会話はすべて録音もしてある。
彼女の件は後で対応するとして、先に片をつけるべきは佐和子のほうだ。
佐和子は料亭の女将と随分親しそうだった。
あの日の洸の縁談相手を知るのはたやすく、女将に探りでも入れさせて麻由子が洸に未練があると知り利用しようと考えたのだろう。
「あなたはメールで指示を出すだけで氏原との連絡はすべて都筑さんにさせた。そうすればご自分は安全だと思いましたか?」
隣りに座る叔父の久志は、おろおろと佐和子と洸の顔を見比べている。
おそらく彼には、いったい洸が何の話をしているのかいまいち理解できていないに違いない。
ずっとテーブルに目を落としたままで表情の読めなかった佐和子が、顔を上げる。
時間を掛けてゆっくりと息を吐くと、笑顔を作って目の前に置かれた文書をすっと洸の前に突き返した。
「……その都筑麻由子さんという人とやり取りした相手、このメールの相手が私だという証拠は何かあるのかしら?」
「……はい?」
「『早乙女佐和子』と名乗る人と電話やメールをしたのは事実なんでしょうけど、それが私自身だという証拠は何もないわけでしょう?誰かが私の名前を騙って都筑さんを利用して、加賀城さんと清流を貶めようとしたのかもしれないじゃありませんか」
(この期に及んで……)
すごい神経の持ち主だ、と洸は内心呆れるとともに感嘆する。
怒りというのはエネルギーを使うものだ。
洸が大きく溜息をついて天井を見上げたのを、佐和子がほくそ笑むように見ているのを、目の端で捉える。
(……清流は一人でこんな環境で暮らしていたのか)
洸はようやく、本当の意味で理解できた気がした。
意のままに支配しようとする叔母、頼りにならない叔父。
まるで針のむしろだ。
清流の両親が亡くなったのが10年前。
自分が気ままな大学生活を謳歌していたとき、清流が一人でどんな気持ちで暮らしていたのかを想像すると、無性にいたたまれなくなる。
助けてやりたかった。
考えても仕方のないことだけれど、そう思う。
「お話は以上かしら?でしたらそろそろ、」
「……まだ、話は終わってませんけど?」
洸は突き返されたメール文書を、テーブルに叩きつけるようにして押し返した。
「おそらくあなたは気にもされていないでしょうが、メールにはヘッダ情報が付随しているんですよ。この『Received』の部分の読めばメールが送信されてきた経路が分かります。
細かいことは理解できないでしょうから省くとして、肝心なのがこの送信者側のメールサーバのIPアドレスです」
洸が示してた場所を佐和子が怪訝そうに眉を顰める。
「それが何か?それが分かったところで、」
「ええ、個人の特定まではできません。が、今回は清流の戸籍を都筑さんが不正に入手したという明確な法令違反があるので、こちらが法的措置に動けば都筑さんは少しでも自身の罪を軽くするためにこのメールを証拠として提出するでしょうね。報酬に関するやり取りも残っていますし。『早乙女佐和子』なる人物を特定するためにプロバイダの開示請求をすれば、個人情報はすぐに分かります」
洸はうんざりしたような気持ちで淡々と説明を続ける。
「複数回に渡るメールはすべて同一のIPアドレスです。おそらく自宅のパソコンを使用していたんでしょうけど、初歩的なミスでしたね」
法的措置、という言葉に久志は再び狼狽えはじめ、佐和子の表情はみるみる色をなくしていく。
「あなたにとっては、こちらが氏原崇史に辿り着くことのは想定外だった。
清流がすべてを隠したまま姿を消すはずだと思っていたし、それを疑わなかったから」
清流が最後に残していった手紙を洸がテーブルに置くと、佐和子の目が大きく見開かれ、信じられないものを見るような目で見つめた。
自分が不利になるようなこと、損をするようなことをあえてする理由が、佐和子には分からないだろう。
―――最後に、すべてを明かして姿を消した理由。
その清流の真っ直ぐさを、佐和子は永遠に理解できないに違いない。
そう思うと目の前の女性が途端に哀れに思えてきた。
「清流を見誤ったこと、それがあなたの誤算です」
『早乙女』と書かれた表札の下にあるインターホンを押すと、程なくしてドアが開く。
「…あらっ、加賀城さん?」
「どうもお久しぶりです」
ともすれば引きつりそうになる口角を無理やり上げて、洸は営業スマイルを浮かべて挨拶をする。
訪れていたのは清流の実家、今は彼女の叔母夫婦が暮らしている家だった。
「いいえこんなところまでわざわざ来てくださって。どうぞお入りください」
玄関を開けて出迎えた佐和子は一瞬驚いたような顔をした後、にこやかに洸を迎え入れた。
促されて玄関を上がると、廊下を進んで6畳ほどの和室の客間に通される。家の外観も中も綺麗で、まだ数年以内に建てられたように新しかった。佐和子はお茶を淹れてきますねといってキッチンへと向かい、入れ違いで一人の男性が入ってきた。
「初めまして、清流の叔父の早乙女久志です」
「加賀城洸です。突然お伺いして申し訳ありません」
洸は佐和子とは一度会ったことがあるが、叔父である久志とは初対面だ。
洸に見せる笑顔は穏やかだがやや気の弱そうな面立ちで、その印象の通りお茶を淹れて戻ってきた佐和子には座る場所がそこじゃないとか、貴方は本当に気が利かないなど言われ、あっという間に黙り込み静かに緑茶を啜り始めている。
「すみませんね、ろくにおもてなしもできなくて。それで、今日はどんなご用件でいらしていただいたんです?」
「実は、清流さんと正式に婚約することになりましたので、そのご報告をさせていただこうと思って」
佐和子に勧められて口を付けた湯飲みを置いて、洸はそう告げた。これは洸が早乙女家に訪れるため、そして相手の出方を見るために用意していたフェイクだ。洸の言葉に最初に反応したのは、意外なことに佐和子の隣りで黙り込んでいた叔父の久志のほうだった。
「それは本当ですか?実は、私たちもどうなったのかと話していたんですよ。気になってはいましたが聞くわけにもいきませんしね。いや、維城商事の御曹司の方とご縁ができたとなれば私たちもこれで一安心です。お前もそう思うだろ?」
久志の喜び方に嘘はなさそうだった。
それに、そんな演技ができるほど器用にも見えない。
「そう言っていただけてほっとしました。清流さんはすでにご両親が他界されているので、やはり早乙女さんご夫妻にご報告をするのが筋かと思いまして突然ですが今日お伺いしたんです。これも以前料亭で偶然清流さんとお会いできて、佐和子さんにお膳立てしていただいたおかげですから、とても感謝しています」
洸は笑みを浮かべて、佐和子に視線を向ける。
その佐和子の顔からは先ほどまでの愛想のいい笑顔は消えていて、目線は洸とは合わずにどこか一点を見つめていた。
「おい佐和子、どうしたんだ?」
「……うるさいわねっ!」
突然大声を張り上げた佐和子に、久志は驚いて隣りに座る佐和子をぎょっと見やった。
(……もう少しだ)
佐和子がどれだけ興奮し理性を失っているかは、わなわなと震える肩と歪んだ口元を見ても明らかだった。
洸は冷静に見極めながら、そのときを待つ。
「本当にどうしたんだ?おかしいぞお前、」
狼狽える久志と俯く佐和子を交互に眺めつつ、洸は持ってきていた鞄から1枚の書類を取り出した。
「ところで早乙女さん、都筑麻由子《つづきまゆこ》さんという女性をご存知ですよね?」
その名前を聞いて佐和子ははっと顔を上げ、ようやく洸と目が合った。
その目の奥には驚愕と、畏怖と、怒りを孕んでいる。
さあ、化けの皮を剥がして晒してしまえばいい。
綺麗にほどした化粧の下に隠したその本性を。
「都筑…?いえ知りませんが」
「ご主人はそうでしょうね。以前私との縁談が組まれた女性です」
清流と再会した料亭で洸がお見合いをしていた相手で、維城商事のグループ子会社と取引のある会社の娘だ。
洸の父親である駿と麻由子の父親が大学時代に所属していたラグビー部の先輩後輩の仲とかで、断り切れず受けた縁談だった。
「……私も、そのような方は存じませんわ」
「嘘ですね、これまでさんざんやり取りしてるじゃないですか」
洸が鞄から取り出していた文書を佐和子の目の前に置く。
佐和子と麻由子のメールの内容をプリントアウトしたものだった。
そこには佐和子から都筑麻由子宛てに、洸の婚約者が工藤清流であること、彼女の過去に関すること、それを利用すれば二人を別れさせることができ貴女の恨みも晴らせる…といった複数回に渡るやり取りの内容が書かれている。
「氏原崇史というフリーライターを彼女に紹介したのもあなたですね。あぁ、こちらはもう氏原とも接触済みですから否定は結構です。時間の無駄ですので。氏原は都筑麻由子から『維城商事の御曹司に関して面白いネタがある』と持ちかけられたと吐きましたよ。都筑さんが清流になりすまし戸籍を不正に取得したことも本人に確認済みです」
氏原の話から都筑麻由子の名前が上がり、彼女に接触したのは洸だ。
初めはしらを切っていたが、来栖が氏原との会話を録音しておりその音声データを麻由子の父親に聞かせると言うと、最後は泣きながら白状した。
『お断りされてショックでしたけど、仕方ないって思っていました。私はそれから何度かお見合いしたけれど上手くいかなくて…。しばらくしてお父様から洸さんが他の人と婚約したらしいって聞きました。相手がどんな人なのか知りたくなって、でもお父様も分からないとだけで…そんなとき、突然早乙女さんから連絡がありました。
洸さんを迷惑をかけたり傷つけるつもりはなかったんです。ただ、あんな子に負けたのかと思ったら悔しくて!だって洸さんには全然相応しくないもの』
おとなしく反省していれば手心を加えてもいいかと思っていたが、その選択肢は消えた。寄り添うふりをして話をすべて聞き出しながら、会話はすべて録音もしてある。
彼女の件は後で対応するとして、先に片をつけるべきは佐和子のほうだ。
佐和子は料亭の女将と随分親しそうだった。
あの日の洸の縁談相手を知るのはたやすく、女将に探りでも入れさせて麻由子が洸に未練があると知り利用しようと考えたのだろう。
「あなたはメールで指示を出すだけで氏原との連絡はすべて都筑さんにさせた。そうすればご自分は安全だと思いましたか?」
隣りに座る叔父の久志は、おろおろと佐和子と洸の顔を見比べている。
おそらく彼には、いったい洸が何の話をしているのかいまいち理解できていないに違いない。
ずっとテーブルに目を落としたままで表情の読めなかった佐和子が、顔を上げる。
時間を掛けてゆっくりと息を吐くと、笑顔を作って目の前に置かれた文書をすっと洸の前に突き返した。
「……その都筑麻由子さんという人とやり取りした相手、このメールの相手が私だという証拠は何かあるのかしら?」
「……はい?」
「『早乙女佐和子』と名乗る人と電話やメールをしたのは事実なんでしょうけど、それが私自身だという証拠は何もないわけでしょう?誰かが私の名前を騙って都筑さんを利用して、加賀城さんと清流を貶めようとしたのかもしれないじゃありませんか」
(この期に及んで……)
すごい神経の持ち主だ、と洸は内心呆れるとともに感嘆する。
怒りというのはエネルギーを使うものだ。
洸が大きく溜息をついて天井を見上げたのを、佐和子がほくそ笑むように見ているのを、目の端で捉える。
(……清流は一人でこんな環境で暮らしていたのか)
洸はようやく、本当の意味で理解できた気がした。
意のままに支配しようとする叔母、頼りにならない叔父。
まるで針のむしろだ。
清流の両親が亡くなったのが10年前。
自分が気ままな大学生活を謳歌していたとき、清流が一人でどんな気持ちで暮らしていたのかを想像すると、無性にいたたまれなくなる。
助けてやりたかった。
考えても仕方のないことだけれど、そう思う。
「お話は以上かしら?でしたらそろそろ、」
「……まだ、話は終わってませんけど?」
洸は突き返されたメール文書を、テーブルに叩きつけるようにして押し返した。
「おそらくあなたは気にもされていないでしょうが、メールにはヘッダ情報が付随しているんですよ。この『Received』の部分の読めばメールが送信されてきた経路が分かります。
細かいことは理解できないでしょうから省くとして、肝心なのがこの送信者側のメールサーバのIPアドレスです」
洸が示してた場所を佐和子が怪訝そうに眉を顰める。
「それが何か?それが分かったところで、」
「ええ、個人の特定まではできません。が、今回は清流の戸籍を都筑さんが不正に入手したという明確な法令違反があるので、こちらが法的措置に動けば都筑さんは少しでも自身の罪を軽くするためにこのメールを証拠として提出するでしょうね。報酬に関するやり取りも残っていますし。『早乙女佐和子』なる人物を特定するためにプロバイダの開示請求をすれば、個人情報はすぐに分かります」
洸はうんざりしたような気持ちで淡々と説明を続ける。
「複数回に渡るメールはすべて同一のIPアドレスです。おそらく自宅のパソコンを使用していたんでしょうけど、初歩的なミスでしたね」
法的措置、という言葉に久志は再び狼狽えはじめ、佐和子の表情はみるみる色をなくしていく。
「あなたにとっては、こちらが氏原崇史に辿り着くことのは想定外だった。
清流がすべてを隠したまま姿を消すはずだと思っていたし、それを疑わなかったから」
清流が最後に残していった手紙を洸がテーブルに置くと、佐和子の目が大きく見開かれ、信じられないものを見るような目で見つめた。
自分が不利になるようなこと、損をするようなことをあえてする理由が、佐和子には分からないだろう。
―――最後に、すべてを明かして姿を消した理由。
その清流の真っ直ぐさを、佐和子は永遠に理解できないに違いない。
そう思うと目の前の女性が途端に哀れに思えてきた。
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