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In vino veritas1
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工藤清流が経営企画課に配属されて、2ヶ月が過ぎた頃。
その日、経営企画課の空気はいつになくピリついていた。
(まあ、原因はあの人だよねえ…)
舞原は自分の真正面に座る清流にそっと目を向ける。
その隣りでは、同じパソコン画面を覗き込む事業推進部の倉科課長の姿があった。
「えーっと、では議題2の内容をこちらに差し替えでいいですか?」
「あぁ、部内での優先順位が変わったから変更したい。役員会議の方の調整も頼みたいんだが」
週1で開催されている役員会議のアジェンダを組んで、時には資料作りを手伝うのも経営企画の仕事だ。
以前は舞原が議事録と合わせて担当していたが、今はすべて清流に任せられている。
「分かりました、アジェンダの調整ができるか確認してみますね」
倉科課長の言葉を受けて、清流がメモを取ってから内線をかける。
今回のように、直前になって議題の変更や追加を持ち込まれると少し厄介だ。
参加者は多忙な役職者ばかりで決められた会議時間を伸ばすのは難しく、他の発表者と調整して時間を捻出しなければならない。舞原はこの調整が毎回憂鬱だった。
電話先で折衝を続ける清流に心の中でエールを送りつつ、舞原はガラスパーテーションへと視線を移す。
普段は下げられていることが多いブラインドが上がっていて、中では難しい顔で仕事をする経営企画部部長の姿が見えた。
(あー、あれは相当苛立ってるなぁ…)
洸と倉科は、端的にいえば仲が悪い。
舞原が見る限り、初めは倉科の方が洸に対してあからさまに当たりが強かった。
年次が下にも関わらず、早々に部長職に就いたことに快く思っていなかったのだろうと勝手に想像するが、洸もそれを分かった上で軽くいなしていた。
それが最近はどういうわけか、洸の方が倉科を敵視しているように見える。
洸の考えに反して企業投資の話が進み、役員会議での承認間近なところまで来ているせいか、それとも。
「倉科さん、どうにか調整がつきそうです。ただ財務部の担当者と連絡がつかなくて…なので最終的に20分くらいになるかもしれませんが」
「ありがとう。ある程度根回し済みだからそれくらいあれば十分だ。あとついでで悪いんだが、前年同期比のデータに平均伸び率と競合比を追加して、このフォーマットで出してもらえないか?」
「分かりました、いつまでに、」
清流は続く言葉を最後まで言うことができなかった。
パーテーションの向こう側にいたはずの洸が、倉科の差し出したファイルを取り上げてしまったからだ。
「人の部下を勝手に使うなって、以前も言いませんでしたっけ。それともそんなことも覚えていられないほど多忙なのでしょうか、事業推進部は」
「ちょっと、加賀城さん!」
「ええ忙しいですよ。元はといえば経営企画、いえ加賀城部長が難癖をつけてこられたからなんですが、ご自分の発言をお忘れですか?」
狼狽える清流を挟んで、笑顔対笑顔。
「あ、あの!倉科さん、お昼休み明けにはお渡しできると思うのでそれでもいいですか?」
「じゃあ13時ごろに取りに来る。よろしく頼む」
「来なくていい」
「ちょっと!」
倉科は加賀城の言葉を無視して、部屋を出て行った。
「工藤、こっちのチェック作業が先だ」
「それはできません、倉科課長に頼まれた方が先ですから。あとそのファイル返してください」
清流は洸の手から資料の入ったファイルを取り戻すと、仕事がありますのでと言って椅子をくるりと回転させて洸に背を向けた。
部長がやり込められている。
なかなか面白い光景だ、と舞原はパソコンの画面越しに眺めるも、笑ったことがバレたらどんな火の粉が飛んでくるか分からない。
あくまでもこの場では傍観者に徹して、カタカタとキーボードを打つ。
清流の意思が変わらないと見ると、洸はため息を吐いて部長席へと戻り、カシャンッとブラインドが下げられる音がした。
その日、経営企画課の空気はいつになくピリついていた。
(まあ、原因はあの人だよねえ…)
舞原は自分の真正面に座る清流にそっと目を向ける。
その隣りでは、同じパソコン画面を覗き込む事業推進部の倉科課長の姿があった。
「えーっと、では議題2の内容をこちらに差し替えでいいですか?」
「あぁ、部内での優先順位が変わったから変更したい。役員会議の方の調整も頼みたいんだが」
週1で開催されている役員会議のアジェンダを組んで、時には資料作りを手伝うのも経営企画の仕事だ。
以前は舞原が議事録と合わせて担当していたが、今はすべて清流に任せられている。
「分かりました、アジェンダの調整ができるか確認してみますね」
倉科課長の言葉を受けて、清流がメモを取ってから内線をかける。
今回のように、直前になって議題の変更や追加を持ち込まれると少し厄介だ。
参加者は多忙な役職者ばかりで決められた会議時間を伸ばすのは難しく、他の発表者と調整して時間を捻出しなければならない。舞原はこの調整が毎回憂鬱だった。
電話先で折衝を続ける清流に心の中でエールを送りつつ、舞原はガラスパーテーションへと視線を移す。
普段は下げられていることが多いブラインドが上がっていて、中では難しい顔で仕事をする経営企画部部長の姿が見えた。
(あー、あれは相当苛立ってるなぁ…)
洸と倉科は、端的にいえば仲が悪い。
舞原が見る限り、初めは倉科の方が洸に対してあからさまに当たりが強かった。
年次が下にも関わらず、早々に部長職に就いたことに快く思っていなかったのだろうと勝手に想像するが、洸もそれを分かった上で軽くいなしていた。
それが最近はどういうわけか、洸の方が倉科を敵視しているように見える。
洸の考えに反して企業投資の話が進み、役員会議での承認間近なところまで来ているせいか、それとも。
「倉科さん、どうにか調整がつきそうです。ただ財務部の担当者と連絡がつかなくて…なので最終的に20分くらいになるかもしれませんが」
「ありがとう。ある程度根回し済みだからそれくらいあれば十分だ。あとついでで悪いんだが、前年同期比のデータに平均伸び率と競合比を追加して、このフォーマットで出してもらえないか?」
「分かりました、いつまでに、」
清流は続く言葉を最後まで言うことができなかった。
パーテーションの向こう側にいたはずの洸が、倉科の差し出したファイルを取り上げてしまったからだ。
「人の部下を勝手に使うなって、以前も言いませんでしたっけ。それともそんなことも覚えていられないほど多忙なのでしょうか、事業推進部は」
「ちょっと、加賀城さん!」
「ええ忙しいですよ。元はといえば経営企画、いえ加賀城部長が難癖をつけてこられたからなんですが、ご自分の発言をお忘れですか?」
狼狽える清流を挟んで、笑顔対笑顔。
「あ、あの!倉科さん、お昼休み明けにはお渡しできると思うのでそれでもいいですか?」
「じゃあ13時ごろに取りに来る。よろしく頼む」
「来なくていい」
「ちょっと!」
倉科は加賀城の言葉を無視して、部屋を出て行った。
「工藤、こっちのチェック作業が先だ」
「それはできません、倉科課長に頼まれた方が先ですから。あとそのファイル返してください」
清流は洸の手から資料の入ったファイルを取り戻すと、仕事がありますのでと言って椅子をくるりと回転させて洸に背を向けた。
部長がやり込められている。
なかなか面白い光景だ、と舞原はパソコンの画面越しに眺めるも、笑ったことがバレたらどんな火の粉が飛んでくるか分からない。
あくまでもこの場では傍観者に徹して、カタカタとキーボードを打つ。
清流の意思が変わらないと見ると、洸はため息を吐いて部長席へと戻り、カシャンッとブラインドが下げられる音がした。
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