それらすべてが愛になる

青砥アヲ

文字の大きさ
上 下
21 / 59

経営企画課の面々3

しおりを挟む
 ◇◇◇◇

 そして翌週の木曜日。
 前日の水曜に資料の提出を終えて、お疲れさま会兼清流の歓迎会が開かれた。

 忙しさで歓迎会が遅れたことを謝られたけれど、清流としてはこうして開いてもらえただけで嬉しいことだ。

 未知夏が選んだのは和風居酒屋のお店で、着いて行くとそこは大きな複合商業施設に挟まれた古い雑居ビルの前だった。
 1階の店舗が酒屋で、地下へと続く階段を降りると暖簾の掛かった引き戸があり、そこを開けるとまるで隠れ家のような空間が広がっている。
 1階の酒屋の息子が開いたお店で、全国の珍しいお酒と料理がリーズナブルな値段で楽しめるのだという。

 席に着いて飲み物を注文すると、飲み物とお通しの2品がすぐに並べられた。

「姐さんって、元秘書課なだけあって良い店いっぱい知ってますよね」
「ふふふ、いかにもな高級店より、こういう隠れ家的な雰囲気で良いものを出す店の方がウケがいいのよ。今日は歓迎会だから個室取ったけどカウンター席もおすすめ。焼き場が見えるし店主も面白い人なの」

 乾杯をして清流も1杯目のレモンサワーで喉を潤すと、シュワっと爽快な炭酸が弾けた。
 このお店のレモンサワーは甘すぎず、むしろ少し苦みが効いている。

 これは料理に合いそうだなと思い、さっそくお通しで出された鴨肉の燻製に箸をつける。軽く表面が炙られた鴨肉は、口に入れた瞬間に脂が溶け出してきた。

 次に、見た目にも綺麗な茄子の翡翠煮。
 少し甘めの味付けが清流の好みで、お通しだけで未知夏の言葉を裏づけるには十分な美味しさだった。

「未知夏さんって、前は秘書課にいたんですか?」
「そうよ。私は加賀城くんと同期入社であっちは営業戦略部、私が総務部の秘書課配属だったの。当時は秘書課は総務の下だったのよね」

 今から4年前に秘書課が経営企画部傘下に置かれ、未知夏はそのタイミングで引き抜かれたということらしい。

「今いるメンバーは全員、他部署から引き抜かれてきてるのよ。唯崎くんは元法務部、舞原くんは元情報システム部よね?」
「そうそう。俺、第一志望だったIT業界が全落ちして、ダメ元で受けたココが受かっちゃって」

 舞原はあっという間に1杯目のジョッキを空けると、すぐさま2杯目の生ビールを注文する。

「うちの社内システムってめちゃくちゃ使いづらくて、当時の情シス部長に改善案提案したんですけど鬱陶しがられて干されてたんすよね。
 で、俺が3年目のときにいきなり加賀城部長に声掛けられて、俺が提案したシステムを上に通す代わりに経営企画課に異動しろって。ま、拒否権なんてなかったですけどね、引き抜きっていうかほとんど拉致」

 舞原は笑いながら、店員からジョッキを受け取る。

「でも、なんだかんだで楽しいっすけどね。こういうの何ていうんでしたっけ、捨てる神あれば拾う神あり?」
「……人間万事塞翁が馬?」
「あ、それそれ!」

 清流ちゃん詳しいね、と言いながら舞原は豪快にビールを煽った。

「あの、経営企画って加賀城さんが作った部署なんですか?」

 清流は今まで何となく疑問だったことを口にする。
 いくら部長とはいえ、そんなに次々よそから人を引き抜いたり、自分のように外部から連れてきて入社させたりと簡単にできるものなのか不思議だったからだ。

「まぁそうとも言えるかもね……
 私たちが入社して2、3年目の頃ってさ、会社の業績はかなり下降気味だったの」

 主力であるアパレル部門ではそれなりのシェアを誇っていたものの、他社の値下げ攻勢とそれによって消費者の購買行動が変化し、年々シェアと利益を下げていた。
 社長を含めた経営層は、他社を追随して値下げを行う傍ら不採算部門は打ち切り、浮いた資金で他業種の買収をさらに進める方へと舵を切ろうとしていた。

 そこに待ったをかけたのが当時営業戦略部にいた洸で、高級ラインの独自ブランドを立ち上げて、競合他社と差別化を図ることを提案した。

 今後、業界の規模はさらに縮小していくという見方が定説な中で、洸の提案は当然反発された。
 が、『シェアが下がるなら一人当たりの購入単価を上げるしかない、薄利多売を繰り返してもパイを食い合うだけで市場は崩壊する』と訴えて、提案を押し切った。

 経営企画部が発足したのはブランドの立ち上げプロジェクトが始動した翌年で、そのタイミングで洸も営業戦略部から経営企画部に異動になったらしい。

「ということは、経営企画部はもともとそのプロジェクトのためだったんですか?」
「プロジェクトが失敗すれば、上は部門ごと切り捨てるつもりだったんじゃない?加賀城くんも、もし失敗すれば辞める覚悟だったらしいわよ。雑誌のインタビューでは『成功することは分かってた』とかドヤ顔で答えてるけど、それぐらい賭けてたみたい」

 洸には『海外でヒットすれば逆輸入されて国内で売れる』という見立てがあった。
 無名だった日本映画が海外で評価されるとその後国内でヒットするように、海外で人気が出れば国内の購買層が動くと予測したのだ。

 国内の高品質の繊維や生地を作るメーカーと組んでデザイナーに依頼し、海外バイヤーや展示会へと売り込み、国内よりも先に海外でブランドを展開した。
 それが海外のショーで高く評価されヒットしたことが、日本展開での後押しとなって売上も予想以上に伸びたのだった。

 このブランドは今や維城商事に欠かすことのできない主力ブランドで、高級路線に縁のない清流でも名前だけは聞いたことのあるくらい有名だ。そのブランドが確立されるのにこんな経緯があったなんて、想像もしなかった。

「でも面白いわよね。現社長は他業種に事業を拡大して成功して、その息子はいわば原点回帰、服飾部門で業績回復させたんだから。まぁその辺りでいろいろ衝突することもあるみたいだけど」

 ブランド事業は洸が信頼する人員に任せて完全子会社化され、洸は本社に残って現在の経営企画部を新たに発足させたのが4年前のこと。
 これだけの事業を成功された御曹司である洸に異を唱える者はおらず、そのタイミングで未知夏と唯崎が、その翌年に舞原が経営企画課に引き抜かれたらしい。

 話題が途切れたタイミングで、刺身の5点盛りと串焼きの盛り合わせが運ばれてきた。

「けど部長って全然隙がないですよねー、何か弱点とか知ってます?」

 舞原が串焼きを取って頬張りながら冗談まじりに言う。

「弱点?何それ、加賀城くんに勝負でも挑む気なの?」
「梅干しとわさび、エシャロットが食べれないと聞いたことありますね。あと旬を外れたトリュフが嫌いとか」
「唯崎さん、それただの嫌いな食べ物じゃないっすか…っていうか最後だけ急にセレブだし」

 舞原がこれ美味いよ、と清流の取り皿に串焼きを置いてくれる。ねぎまのタレとベーコンのトマト巻きだ。

「でもちょっと分かるわ、意外と味覚が子どもよね」
「確かに、オムライスとかパンケーキとか好きですもんね?」

 未知夏の言葉につられて、清流も思いついたことを何の疑問もなく口にしていた。
 一瞬その場が止まったような沈黙が流れて、他の三人の視線が自分に注がれる。

(…あ、しまった!)

 清流はすぐにうっかりしていたことに気づいたものの、すでに遅かった。

「部長がオムライス?俺、初耳かも、清流ちゃん何で知ってんの?」
「え、えーっと何ででしたっけ…?」

 一度口から出た言葉は訂正できない。
 途端に喉の渇きを覚えてレモンサワーを流し込むも、慌て過ぎたのかむせそうになった。

「その話なら雑誌のインタビューに載っていた気がしますよ。この前榊木さんが工藤さんに見せていた雑誌、それで工藤さんも覚えていたんじゃないですか?」

 舞原からの追及をどう誤魔化そうかと焦っていると、思わぬところから助け舟が出てきた。唯崎だ。

「あぁ、あの雑誌!結構プライベートなことも載ってたんだ」
「俺たち写真ばっか見て記事読んでないですからね」

 そう言って未知夏と舞原は追加の飲み物を注文した。
 新年度になってから飲み会自体も久しぶりらしく、自他共に認めるお酒好きだという二人は些かテンションが高い。お酒の入ったグラスもハイペースで空いていった。

(……あの雑誌に、そんな内容は載っていないはず)

 なのにどうして、唯崎は嘘を言ったのだろうか。
 清流は正面に座る唯崎の顔を盗み見るが、唯崎は淡々と鯛の刺身を食んでいる。

 場の話題はすでに別の話へと移っていて、清流はその理由が分からないまま残っていたレモンサワーを飲み干した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

久我くん、聞いてないんですけど?!

桜井 恵里菜
恋愛
愛のないお見合い結婚 相手はキモいがお金のため 私の人生こんなもの そう思っていたのに… 久我くん! あなたはどうして こんなにも私を惑わせるの? ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 父の会社の為に、お見合い結婚を決めた私。 同じ頃、職場で 新入社員の担当指導者を命じられる。 4歳も年下の男の子。 恋愛対象になんて、なる訳ない。 なのに…?

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...