それらすべてが愛になる

青砥アヲ

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経営企画課の面々1

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 そして翌日の月曜日。
 清流は維城商事への初出社の日を迎えた。

 初日は人事部主催のオリエンテーション、2日目と3日目は終日研修で、洸に連れられて配属先の経営企画課へと案内されたのは4日目のことだった。

 本社ではどこの部署も広いフロアスペースにオフィスデスクが置かれているが、経営企画部だけは例外で、企画課、秘書課ともに中規模の会議室くらいの広さの一室がそれぞれあてがわれていた。
 これは部長である洸の意向が反映されているらしい。

 経営企画課のメンバーは、洸を含めて男性三人、女性一人だった。
 部長席はガラスパーティションで区切られた個室になっていて、清流の紹介をし終えた洸は「あとは頼んだ」と言い残してその中へと戻っていく。

 自分はどこの席に座ればいいのか迷っていると、ショートボブの女性がこっち、と手招きしてくれた。

「初めまして工藤清流です、今日からよろしくお願いします」

 手招きしてくれた女性は、細身のパンツスーツを着こなしていて、すらっとしたスタイルの良さが際立っていた。改めて挨拶をしながら、清流は少し見惚れそうになりドキドキする。

「あんまり固くならないでね、私は榊木未知夏さかきみちか。うちの課に女の子が来るなんて久しぶりだからすっごく嬉しいのよ!ねえ、清流ちゃんって呼んでいい?私のことも未知夏でいいから」

 未知夏は終始にこやかに接してくれて、清流も自然と笑顔になる。

「うちの会社はオープンスペースを謳ってるから、明日以降は出社したら好きなところ座ってねって言いたいところだけど、あいにくうちの課はこの広さしかないから席が限られてるのよね」

 経営企画課の部屋は、席と席の間がゆったりめにスペースが取られているせいもあって、席は6席しかない。
 その代わりにというべきか、壁際には資料を収納するためのキャビネットが所狭しと置かれていた。

「フリーアドレスっていったって、1週間ちょいで1周しちゃいますもんね。あ、俺は舞原颯《まいはらはやて》。ほら、唯崎さんも挨拶挨拶!」

 清流の前に座るのが舞原で、その舞原は自分の隣りに座る眼鏡の男性の肩をバシバシと乱暴に叩く。
 カタカタと目にも止まらぬ速さでキーボードを打っていた手がその衝撃で止まり、ズレた眼鏡のフレームを指で直した。
 唯崎と呼ばれた男性は、舞原の振る舞いに慣れているのか眉を寄せるだけで何も言わず、目線だけを清流に向けた。

唯崎奏馬ゆいざきそうまです、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします…」

 細いフレームの奥の目は、冷ややかとまではいかないがあまり感情が見えない。
 唯崎はそのまま目の前のノートパソコンに視線を戻すと、再び何事もなかったかのようにキーボードを打ち始める。

「あー、唯崎さんはこれが通常モードだからあんまり気にしないでね?いやあ、でもほんと新しい子が来てくれた助かったよ」

 そう言って向かいに座る颯がニコニコと話しかける。

 欠員が出て以降は、それまで課の最年少だった舞原に一番皺寄せがきていたため、清流の加入を真っ先に歓迎したのが彼だった。

「やっっとこの地獄の日々から解放されるー!」

(じ、地獄…?)

 歓迎されているのは嬉しいけれど、舞原から発せられるワードの不穏さに、清流の不安感が一気に増した。

 舞原と未知夏から、経営企画課の仕事内容や資料の取り扱い方、共有環境へのアクセスなどのレクチャーを受けた後、「早速だけどこれよろしくね!」と前任者の引継ぎ書と大量の資料を手渡された。

 今は第一四半期クォーターの決算と、新たな3ヵ年計画の策定が同時進行しており、経営企画課は目が回る忙しさなのだという。
 ちょうど決算が大詰め段階で、資料を作っても各部署から最新版のデータが持ち込まれるたびにアップデートが必要になっているらしい。手渡された資料はそれらのものだった。

「どう清流ちゃん、大丈夫そう?」
「あ、はい、すみませんちょっと量に驚いてしまって」

 ベースの資料は舞原が作成してくれているため作業自体は難しくなさそうだが、渡された資料の厚さと大量の付箋を見て目を丸くする。これ、今日中に終わるんだろうか。

「まあ、どこの部署も良い数字見せたいのは分かるんだけどさ、ちょっとはこっちのことも考えてほしいわよねえ」
「実績が上振れるんならまだマシですけど、下方修正されたときはマジ最悪ですからね。資料の流れ変わるっつーの」
「何か分からないところがあったら何でも聞いてね」
「…はい、ありがとうございます」

 清流は配布されたノートパソコンを開くと、資料の1枚目をめくり仕事へと取り掛かった。

◇◇◇◇

「お、終わったぁ……」

最後の数値を打ち込み保存ボタンを押して、清流は達成感と疲労で一気に脱力した。

時計を見るともうすぐ22時。
未知夏と舞原はそれぞれ21時前後に、唯崎もその少し後に退社していて、部屋には清流一人だった。

未知夏と舞原が手伝おうとしてくれたけれど、初めて任された仕事は最後までやり遂げたかったため、お礼を言いつつも先に帰ってもらっていた。
とりあえず今日中に終わってよかったとほっとすると同時に、ぐう、とお腹が鳴る。

「お腹空いた…家に何かあったっけ」

冷凍庫の中に作り置きのおかずがあったかを思い出す。
残ったいくつかを合わせれば夕食分ぐらいにはなりそうだ。ちょうど食べ切ってしまおう。

(加賀城さんの言う通り、仕事に慣れるまではなかなか大変かもしれないな)

部長席のあるパーティションの向こうには、洸の姿はない。
共有の予定表を見ると、昼過ぎに客先での打ち合わせが何件も入っており、最後が21時半になっている。おそらくそのまま直帰の予定なのだろう。

帰る準備を始めながらバッグの中のスマートフォンを手に取ると、1件のメッセージの通知。メッセージを開くと、洸からだった。

『これから帰る。あんまり遅くなるなよ』

簡潔な一文。送信されたのは20分ほど前だ。

休憩もほとんど取らずノンストップで仕事をしていたからか、着信があったことに気づいていなかった。
清流は少しだけ考えて『これから帰ります』とだけ打って送信ボタンを押す。

(一応、心配してくれてるのかな…?)

これから帰るとか、そんな何気ない報告をする相手が今までなく、したことがない。
こういうやり取りも何だか照れくさくて、すぐにアプリを閉じてスマートフォンをバッグへと投げ入れる。

これから繰り返せば、だんだんと慣れていくのだろうか。

そんなことを思いながら、大急ぎで片づけをしてオフィスを後にした。
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