上 下
38 / 59

6-2 モルドペセライ帝国

しおりを挟む
 南東にあるスコット領から北にあるジュノ辺境伯領まではこのヴォルアレス王国を縦断する旅となる。馬での移動でも三日は要する。状況が状況だけに大人数で行けば時間がかかるため、オリヴァーは少数だけ引き連れてジュノ辺境伯領へ向かった。

 ルドルフが隣国へ留学すると聞いたときは、国内では足りない自分の支持勢力を伸ばすために他国を利用するのかと思ったが、まさか戦争を仕掛けようとしているとは想像していなかった。祖父が出兵した戦争ではかなりの被害が出たと聞く。今でこそジュノ辺境伯のおかげで和平は保たれているけれど、国内のことを詳しく知っている王子が情報を流せば帝国が勢いづくのは当然だ。戦争となれば騎士達だって駆り出される。隠居しているけれど劣勢になれば祖父だって呼ばれるかもしれない。

 騎士が出兵するとなると、今は下積みをしているアレクシスだって戦場に向かうこととなるだろう。オリヴァーはぎゅっと手綱を握りしめる。自分が知っている未来とはかけ離れてしまった。自分の行動が何を引き起こすのか、もう分からない。

「オリヴァー様、お待ちしてましたよ」

 ジュノ領にある城へ到着すると出迎えのはバルナバスだった。

「……なんでお前がここにいるんだ。王都で騎士団に入ったんだろう?」

「さすがに実家に危険が迫っていれば戻りますよ。嫡子ですし」

「お前がここにいるってことは……」

 アレクシスもいるのだろうか。オリヴァーがパッとバルナバスから目を逸らすと、噴き出すような笑いが聞こえる。

「アレクシス殿下は王都ですよ」

 考えを読まれたようにそう言われて、オリヴァーは「聞いてないっ!」と怒鳴る。必死になって否定したのが余計に可笑しかったのかバルナバスは腹を抱えて笑っていた。



 バルナバスに案内されてジュノ辺境伯の執務室に入る。バルナバスの父とあって一見爽やかな雰囲気があるけれど、しっかりと鍛えられた体は屈強な戦士を彷彿とさせる。オリヴァーの姿を見るなり、ジュノ辺境伯は立ち上がった。

「お待ちしておりましたスコット侯爵令息。ご足労頂きありがとうございます」

 ぴしっと礼儀正しく挨拶する様は出会ったばかりのバルナバスを思い出した。

「どうぞオリヴァーとお呼びください、辺境伯」

「ではオリヴァー殿。どうぞそちらにおかけください。バルナバス、お前も一緒に」

「分かりました」

 ジュノ辺境伯に促されてオリヴァーはソファーに腰かける。

「早速ですが、エッカルト様から帝国の話はお聞きになりました?」

「帝国の動きが活発になってきているのと、それに第二王子が絡んでいるということしか聞いてません」

「それでは時系列順に話をしましょう」

 先の戦争が終わってからジュノ家では帝国に間者を放って様子を伺っていた。いくらヴォルアレス王国が勝利し和平を結んだとは言え、彼らは虎視眈々とヴォルアレス王国の土地を狙っていた。彼らは最初小さな国だったが、地続きの国を侵略して大きくなった経緯がある。敗北した程度で簡単に引き下がったりなどしない。

 数年前に流行り病が蔓延してから帝国は不作が続いていた。首都でも死者が発生するほどの病で、ヴォルアレス王国からも援助を出していたがそれだけでは足りなかったようだ。民の不満を逸らすため病はヴォルアレス王国から持ち込まれたと嘘の情報を流布して王国へのヘイトを集めていた。

 そんな中、王国の王子が留学に来たのだから、民は余計に反発した。タイミングも読めずに訪問するなんて、やはり頭が悪いな、とオリヴァーは内心で貶したけれど、ルドルフは武闘派であるオールディス伯爵と接触して上手く帝国で立ち回っていた。

「うまく情報を小出しにしているみたいですが、全て流れるのも時間の問題でしょう」

「早急に動く必要がありそうですね」

「ええ。オールディス伯爵も武器を集めていると情報が入っています。すぐに開戦はしないでしょうが、帝国内の状況も踏まえたら開戦する可能性は高いと言えます」

 祖父はどうして自分にジュノ辺境伯の所へ行けと言ったのか。祖父から剣術を教えてもらったと言っても、多少腕に自信があるぐらいで本職とは相手にもならない。スコット領とジュノ領を行き来して情報の伝達だけを任せるつもりだったのかもしれないし、オリヴァーがこの現状を知ってどう動くのか見たいだけなのか。

 祖父は何かを試すような人間ではない。信頼のおける人物に伝令を任せたかったのだろう。けれどオリヴァーとしては自分が下手に動かなければルドルフが帝国に行かなかったことを考えると、何としても戦争を止めなければと使命感が生まれる。

「分かりました。俺がルドルフ殿下の所へ密偵として入り込みます」

「は?!」

「ちょ、ちょっと! オリヴァー様、何を考えてるんですか!」

 親子そろってそんなに驚くとは思わず、オリヴァーは僅かに身を引かせる。

「俺だったらきっと向こうも受け入れるでしょう。今、あの人に近づける人物は限られているはずです」

「あまりに危険ですよ、それは」

 オリヴァーが裏切っていると知れば、今度こそルドルフは自分を殺すかもしれない。けれどオリヴァーは何としてでも帝国との戦争を止めたかった。

「危ないと思ったら引きます。辺境伯、万が一を考えて向こうに入り込んでいる密偵を数人教えてもらえますか。俺もルドルフ殿下の後を追って帝国に留学することにしたと言えば、あちらは喜ぶでしょう」

 ついでに目を覚まして、これまでの行いについても謝罪すればルドルフは受け入れるはずだ。辺境伯は「一先ず、エッカルト様とスコット侯爵に話をします」と言って、この場では返事を貰えなかった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悲嘆の森に住まうもの

なずとず
BL
孤児として生まれ、運び屋として不安定な暮らしを続けていたユウは、2年前にこの街へ来て安定を手に入れる。 街のそばに在る、鬱蒼とした暗い森。そこには、森の隠者とも呼ばれるエルフが住んでいた。 褐色のエルフ、シャンティは、ユウを受け入れ、彼に仕事を与え、そして溺愛する。ユウが、かつて愛した人間の子孫だったから。少なくとも、ユウはそう思っている。 長い時間を生きるが故に、たくさんの別れに胸を痛めているシャンティ。幸せになって欲しいと願う一方で、あくまで過去の人を愛しているのだということに、複雑な気持ちになりながら、彼の元へと通うユウだったが――。 森に住む褐色でふわふわしたエルフのシャンティと、彼がかつて愛していた人の子孫、ユウが愛を育むお話です。 20歳の青年×200歳以上年上のエルフになります。シャンティがユウを溺愛しています。 お話は攻め視点で進みます。性描写は有りますが、軽いものです。 このお話でのエルフは、人間の姿をした全く違う生き物、のような存在です。美しい化け物みたいなものです。 少し重めの設定ですが、全体的にはハッピーな流れになります。 ・一部 暴力的、合意の無い性行為、流血表現が含まれます ・具体的な描写はほぼないですが、攻め、受け共に相手以外との性的関係があった描写があります ・流れはハッピーへ向かうのですがダークファンタジー系なので、全体に流れる空気は暗いです ☆短編など追加していきます。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。 女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。 平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。 そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。 いや、だって、そんなことある? あぶれたモブの運命が過酷すぎん? ――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――! BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。

虐げられた王の生まれ変わりと白銀の騎士

ありま氷炎
BL
十四年前、国王アルローはその死に際に、「私を探せ」と言い残す。 国一丸となり、王の生まれ変わりを探すが見つからず、月日は過ぎていく。 王アルローの子の治世は穏やかで、人々はアルローの生まれ変わりを探す事を諦めようとしていた。 そんな中、アルローの生まれ変わりが異世界にいることがわかる。多くの者たちが止める中、騎士団長のタリダスが異世界の扉を潜る。 そこで彼は、アルローの生まれ変わりの少年を見つける。両親に疎まれ、性的虐待すら受けている少年を助け、強引に連れ戻すタリダス。 彼は王の生まれ変わりである少年ユウタに忠誠を誓う。しかし王宮では「王」の帰還に好意的なものは少なかった。 心の傷を癒しながら、ユウタは自身の前世に向き合う。 アルローが残した「私を探せ」の意味はなんだったか。 王宮の陰謀、そして襲い掛かる別の危機。 少年は戸惑いながらも自分の道を見つけていく。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...