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「いった……」

 大きく膨らんだ後頭部を摩りながら体を起こすと、ばさりと布の擦れる音が聞こえた。パッと目を開けて目下を見るとぺたりとした布団が足にかかっていた。足を滑らせて後頭部を強打したはずなのに、どうして布団の中にいるのか。肌寒くて体を震わせるとやたらとボロい服を纏っていた。

 さすがに可笑しい。辺りを見渡すとそこそこ広い部屋ではあるもの物が少ない。簡易的な勉強机は年季が入っているのかささくれ立っているし、建物自体もそう新しくない。隙間風が多くベッドに座っているだけだと言うのに寒くて震えが止まらなかった。

 部屋の壁に埃の被った鏡を見つけてその前に立つと……。

「は? 誰?」

 自分の知らない顔がそこにはあった。

 まだ幼さを残す丸みを帯びた頬にくりっとした大きい目。鼻は少し低めだが白い肌に黒い癖のある髪の毛がよく映える。唇は赤く薄くピンク色の頬は男なのか女なのかよく見ないと間違える人も多いだろう。不愛想でニキビが多く米粒のような目と団子のような鼻。人に顔を見られたくなくて前髪を伸ばしていた俺の顔とは打って変わって、にこりと微笑めば誰もが破顔しそうなかわいらしい顔つき。

「男……、なんだ、よな」

 二十六年の人生、男として育ったせいで自身が男であることを疑ったことはないが、ちらりとズボンのゴムを伸ばしてみると立派とは言い難いがちゃんと股間にはモノがくっついていた。ホッとしてもう一度鏡を見る。

「女の子に間違えられそうな顔だなあ……」

 どうしてこんなことになってしまったのかは分からないが、以前の俺より断然ましであることは間違いない。こんな顔をしていれば人生もイージーモードだろう。とりあえずここがどこなのか調べる必要がある。よくある転生物だったらこの辺りで使用人なんかが出てきて、俺が上級貴族の息子だったりするのだが……。どうやらそんなことはなさそうだ。

 建付けの悪い扉を開けると長い廊下に出た。この部屋の主は屋敷の中でも奥のほうに部屋があったようで、無人の廊下を進んでいくとギシギシと板の軋む音が響いた。

「あら、坊ちゃん。今日はお早いですね」

 階段を上がってきたおばさんが俺を見るなりにそうに笑顔を向ける。

「……おはよう」

 挨拶ぐらいはしておいたほうがいいかと思うと、「具合でも悪いんですか?」と手を伸ばしてきた。反射的にそれを避けようとすると「大丈夫ですか?」と今度は真剣な表情で俺に近づいてきた。一体、何がなんだか分からない俺は困惑して彼女を見る。なんでもいいからこの場をやり過ごさなければ。

「き、記憶がないんだ」
「……へ?」
「朝、目が覚めたら記憶が無くなっていた。俺が誰なんだかも分からない」

 あながち間違ってはいない。別の世界からやってきたと言ってもきっと信じてもらえないだろう。記憶喪失ですら信じてもらえるか疑わしいところだが、中年の女性は悲しそうに顔をしかめて、

「昨日、頭を打って気を失ったと聞いています。何度も医者を呼べと言ったのに、旦那様が呼ばないから……」

 と言った。どうやら記憶喪失は信じてもらえたようだ。確かに後頭部にはでかいコブができていた。

「あなたのお名前はユーリッシュ・アシュラン。二十年前にお父様のルイズ・アシュラン様が国王陛下から男爵位を賜った男爵令息でございますよ」
「だん、しゃく」

 聞いたことはあるけれど、ポッと浮かぶのはジャガイモだ。まさか自分が十歳ぐらい若返った挙句、貴族になっているなんて誰が想像できるだろうか。
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