上 下
27 / 44
第6章 楽しい行軍

森の中

しおりを挟む
 草原を走っていくと、遠くに逃げていく牛の姿を発見した。

「あ、美味しいヤツだ」

 僕がそう言うと、首の後ろからセーレが声を上げる。

「え!? アーマードカウですよ!?」

 セーレの言葉を聞いて改めて牛を確認すると、確かにゴツゴツとした体は鎧のようでもある。

 セーレの反応を見るに、あれは食用では無いのかもしれないが、僕からするとご馳走だ。

「今から捕まえるから、後で焼いてくれる?」

「へ? は、はい。それは大丈夫ですけど……」

「よし。じゃあ、しっかり掴まっててね」

「え? わ、わひゃあっ!?」

 地面に爪の先をめり込ませ、大地を蹴る。グングンと地を蹴るたびに加速していき、アーマードカウとやらに迫る。

「草原は良いね! 楽しい!」

「そ、そそそそう! ですかっ!」

 舌を噛みそうなセーレの返事に苦笑し、アーマードカウへの体当たりを中止した。

 衝撃でセーレが吹っ飛びかねないので、アーマードカウに合わせて速度を落とす。

「よいしょ」

 僕はアーマードカウの斜め横につけて、無造作に前脚の爪で切りつける。

 耳に響く悲鳴をあげ、アーマードカウは地面を転がった。かなりの速度で走っていたので、地面を転がる様子も交通事故のようである。

 ゆっくりとアーマードカウの事故現場から歩き、獲物を確認する。

 アーマードカウは腹を裂かれた状態でエグい感じに死んでいた。

 どうやら、適当に爪で攻撃したら腹に当たったらしい。後、後ろ足も一部が抉れている。

 そんな惨状を見てセーレが怖がるかと思ったが、意外にも自分から地面に降りてアーマードカウの前に移動する。

 そして、傷や飛び出た臓物を確認し、感嘆の声をあげた。

「うわぁ……この魔獣はかなり恐ろしい相手の筈なんですが」

「恐ろしい?」

「騎士様でも一対一では戦わない相手だと聞いていますよ」

 セーレの解説を聞き、首を傾げる。

「……まぁいいや。じゃあ一回戻ってお肉の回収をお願いしようか」

 そう言うと、セーレは笑顔で返事をした。




 パチパチと音を立てて香ばしい匂いを発するアーマードカウに、僕は尻尾をブンブンと振った。

 切り分けられた肉には既に味付けがされている。

「まだかなー」

「もう少しですよ、マナヴ様」

 焼きたての美味しいお肉を想像し、思わずヨダレが垂れてしまった。

 セーレとシオンはそんな僕の横でニコニコと微笑んでいる。

「いや、本当に凄いですな!  僅かな間にアーマードカウを仕留めて来るとは!」

 火に炙られる巨大な肉の向こう側で、ジャルバが上機嫌にそんなことを言った。

 因みに街道の傍では兵達が点々と固まって休憩している。

「もっと沢山いたら皆にも別けられるから良かったんだけどね。もう二頭見つけたけど、遠くて逃げられちゃった」

「いや、普通ならアーマードカウが逃げることなどありえません。この大規模な行軍で殆ど魔獣と遭遇していないのも、古竜様の御威光のお陰でしょうな!」

 普通なら襲い掛かってくるのか、あの牛。てっきり臆病な草食獣的なポジションかと思った。

 と、ジャルバの言葉を聞いていると、セーレが口を開いた。

「お肉が焼けました!」

「上手に焼けた?」

「へ? あ、はい。上手に焼けました!」

 セーレの返答に満足して頷くと、シオンが笑いながら近くの兵に声をかけた。

「お肉を取り分けてください」

「はっ!」

 シオンの指示を受け、綺麗な白い鎧を着た兵士が二人掛かりで肉を運んでくる。

「ありがとう」

「はっ!」

 堅苦しい兵の声に笑いながら、僕は肉を食べた。

 分厚い肉に牙が食い込み、旨味たっぷりの肉汁が溢れる。濃厚な肉の味に、スパイシーな調味料の味が口の中で混ざり合う。

 モリモリと肉を食べていき、気が付けばあっという間に完食してしまった。

「ご馳走様。美味しかったー」

 そう言って長い息を吐いていると、セーレとシオンが丸くなった目をこちらに向けてくる。

「アーマードカウを一体……」

「あの、マナヴ様? ご自分と同じくらい大きな肉を食べられて、大丈夫なのですか?」

 二人に心配そうに見られ、頭を捻る。

 そういえば、倒した牛は普通の黒毛和牛的なサイズである。鎧状の皮などは剥ぎ取ったとはいえ、物理的におかしい。

 でも、お腹が痛いなどの症状は無い。

「んん?」

 僕の胃は宇宙だ、なんて言うつもりはないが、四次元ポケットみたいではある。

 食べた肉が何処にいったのかと悩んでいると、皆が眉根を寄せてこちらを見た。

「あの、マナヴ様?」

「ん、大丈夫。ちょうど満腹くらい」

 セーレにそう答えると、ホッと胸を撫で下ろして笑顔になった。

「それなら良かったです!」

 いや、良かったのか?

 自分のことながら、アバウトなセーレの回答に疑問を抱いた。

 この時は不思議に思う程度だったのだが、明日になると、僕の体には明確な異常が訪れているのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

幼女からスタートした侯爵令嬢は騎士団参謀に溺愛される~神獣は私を選んだようです~

桜もふ
恋愛
家族を事故で亡くしたルルナ・エメルロ侯爵令嬢は男爵家である叔父家族に引き取られたが、何をするにも平手打ちやムチ打ち、物を投げつけられる暴力・暴言の【虐待】だ。衣服も与えて貰えず、食事は食べ残しの少ないスープと一欠片のパンだけだった。私の味方はお兄様の従魔であった女神様の眷属の【マロン】だけだが、そのマロンは私の従魔に。 そして5歳になり、スキル鑑定でゴミ以下のスキルだと判断された私は王宮の広間で大勢の貴族連中に笑われ罵倒の嵐の中、男爵家の叔父夫婦に【侯爵家】を乗っ取られ私は、縁切りされ平民へと堕とされた。 頭空っぽアホ第2王子には婚約破棄された挙句に、国王に【無一文】で国外追放を命じられ、放り出された後、頭を打った衝撃で前世(地球)の記憶が蘇り【賢者】【草集め】【特殊想像生成】のスキルを使い国境を目指すが、ある日たどり着いた街で、優しい人達に出会い。ギルマスの養女になり、私が3人組に誘拐された時に神獣のスオウに再開することに! そして、今日も周りのみんなから溺愛されながら、日銭を稼ぐ為に頑張ります! エメルロ一族には重大な秘密があり……。 そして、隣国の騎士団参謀(元ローバル国の第1王子)との甘々な恋愛は至福のひとときなのです。ギルマス(パパ)に邪魔されながら楽しい日々を過ごします。

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...