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第5章 国王と貴族院

閑話 貴族院外の動き

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「急げ! 早急に調べるのだ!」

「はっ!」

 慌ただしく走り回る兵士達に、城の廊下で会話していた二人の貴族が眉を顰める。

「なんだ、何処の兵だ? 騒がしい」

「ジャルバ卿の子飼いのようですぞ」

「ジャルバ卿の? あの落ち着いた方が珍しい」

 貴族は驚いたように目を開いた。

「ええ。どうやら、貴族院で決まった話に起因するらしいのですが」

「あの、ウォーク家とその派閥を巻き込んだ大兵団結成の話ですな? 王国の情勢を左右する大仕事が一人の貴族の口一つから始まったと、既に大変な騒ぎになっているようだ」

 そう答えると、もう一人の貴族は僅かに声を潜める。

「それが、多少ジャルバ卿の思惑から外れてしまっているらしいのです」

「なんと。それだけの大風呂敷を広げておいてそれは情けない」

「いやいや、それが陛下や他の貴族は黙らせたらしいのですよ。ですが、くだんの古竜はそうはいかなかった。古竜は自らの意思で戦地に向かうと宣言し、ジャルバ卿は更に一歩踏み込む為に自身も向かうと公言したようです」

「何故ジャルバ卿が行かねばならんのか」

「ジャルバ卿は古竜に何かがあっては危険であると主張していますので、敢えて一緒に出向き古竜を自前の兵で厳重に保護するといったつもりのようです」

 そう言われ、貴族は目を見開いた。

「成る程。つまり、古竜を厳重に保護するという名目で砦の奥に封じ、自身が用意した大兵団で全ての手柄を掻っ攫うつもりか」

「そうでしょうな。いや、あの僅かな間によくもそれだけ頭が回るものだと、会議に出席した貴族達の間でも大変な話題になっておりますよ」

「ジャルバ卿。やはり、王国貴族の筆頭の地位は揺るがないものでしょうな」

 このようにして、ジャルバの名声は瞬く間に広がっていた。だが、当の本人はそれどころでは無かった。

 歩幅も広くズンズンと王城内を歩き、城外へと出る。お付きの兵士達も慌てて付いていくが、ジャルバは振り返りもせずに先頭を歩いた。

 兵士達はいつに無いジャルバの様子に戸惑い、ヒソヒソと小声でやり取りをし合う。

「ど、どうされたんだ、ジャルバ様は」

「王国の危機に、私財を投じて大援軍を送るらしい」

「なんと……王国の窮地についにジャルバ様が立ち上がられたのか」

「それはどうか分からんが、もしこれで王国が救われたなら、ジャルバ様は新たな英雄として語り継がれるだろう」

「うむ。そうなれば、ウォーク家に代々仕えてきた我らも……」

「ああ」

 頷き合う兵士の会話は、まるでさざ波のように静かに広まっていき、ジャルバの預かり知らぬ内に士気の向上に影響を与えていた。

 馬車に乗り込んだジャルバは更に街中を進む。

 そして、王都の中心部に位置する巨大な敷地を有した屋敷に入り、付いてくる執事や兵士を振り返った。

「我が領地とバジ家、ネビュロス家、エプーサ家に声を掛け、引っ張れる傭兵団を片っ端から帳簿に纏めよ! 半年でいくら掛かるかも試算せねばならん! ウォーク家の力を見せつける時だ! 巻き込める貴族は皆巻き込め!」

 ジャルバが怒鳴ると、執事や兵達は素早く動き出す。その中の一人、白髪の高齢な執事がジャルバに歩み寄り、一礼した。

「ジャルバ様。例の資産は……」

「全て注ぎ込む。王国が滅んだ場合の保険など、最早必要が無い」

 力強く断言したジャルバのその言葉に、執事は嬉しそうに笑い、再度深々と一礼する。

「ジャルバ様の御覚悟、しかとお聞き致しました。そして、その見事な決断に心よりの敬意を」

「爺。初めてそんな殊勝な態度を取ったな」

 ジャルバが目を丸くしてそう言うと、執事は我が子を見る親のように慈愛に満ちた顔で頷いた。

「死ぬ前に、ようやく私が望んだ最高の主人に会うことが出来ました。ジャルバ様こそ、栄えあるウォーク家の誇りです」

 そう言い残し、執事は歩き去る。その背中を見送り、ジャルバは鼻を鳴らした。

「大袈裟な。金など大した価値は無い」

 ジャルバはそう呟くと、自らも軍の編成の為に歩き出す。

 自身の価値観が一日にして大きく変わったことに、ジャルバは気付いてもいなかった。





「え? 四週間で準備出来るの?」

 僕が驚いてそう言うと、セーレも何度か頷いてみせる。

「そうなんですよー。二週間で自分の土地に帰れるらしいんですけど、早いですよねぇ」

「ものすごく早いと思うけど、そんなものなのかな」

「あれ? シオン様はどうしたんですか?」

「ジャルバさんの動きについて王様に聞きに行くって言ってたよ」

 そう答えると、セーレは考えるように頭を傾ける。

「うーん、私にはジャルバ様が悪いことを考えているようには思えないのですが」

「え? でも、何度も僕を見て邪悪な笑みを浮かべていたよ? ジャック・ニコルソンみたいな」

「ジャック?」

「そうそう」

 僕の例えに悩むセーレ。地球ジョークは通じなかったようだ。
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