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第2章 王女来訪

母竜、怒る

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「……そ、そうですか。やはり、人間の問題は人間が……」

「そんな、ドラゴン様……お願いします。シオン様の願いを……」

 落ち込むシオンと泣きそうなセーレを見て、僕はまた首を振って唸る。

「あぁ、いやいや……なんて言えば良いのかな。今のは僕には無理って話をしたんだよ。だって、僕はまだ飛べないからね」

 そう説明すると、二人は目を丸くする。

「え? そうなんですか?」

「あら……竜の巫女様は空を飛ぶ古竜様の背に乗って帰ったと聞いておりましたが……」

 驚くセーレと戸惑うシオン。二人は僕の小さな羽をジッと見て頭を捻ったりしている。

 僕は羽をパタパタと動かしてみせながら、シオンを見つめる。

「僕は子供だからね。セーレは母さんに送ってもらったんだよ」

 そう答えると、シオンがパッと目を輝かせる。

「お母様が!? それはもしや、昔この地にいたというルティーヤー様のことでしょうか?」

「あ、いや、ルティーヤーさんは死んじゃったみたいだけど」

「し、死んだ? 古竜が、ですか……?」

「古竜みたいな大型のドラゴンも二千年くらいで寿命がくるみたいだね。死ぬ時は竜の谷とかいう地に帰って死ぬらしいけど、僕はまだ見たことが無いなぁ」

 母竜から教えられたことをそのまま語ると、シオンは難しい顔で顎を引いた。

「そうだったのですか……古竜といえど、人間のように寿命があるのですね」

「し、シオン様……っ」

 何気ない一言にセーレが慌てると、シオンは慌てて跪いた。

「も、申し訳ございません! 古竜様を人間と同列に扱うなど……!」

 と、なにやら大ごとになっている。なにを大袈裟なと思ったのだが、神殿の入り口に居並ぶ兵士達までざわざわと騒がしくなっていた。

 いったい、ルティーヤー様とやらは何をしたのだろうか。此処まで怯えられるとはよっぽどだと思うが。

「まぁ、いいや。それで、王女様は今の話を母さんにしてほしいのかな?」

 僕がそう言うと、シオンは冷や汗を流しながら顔を上げる。

「は、はい……その、可能でしょうか?」

「難しい、と思うよ。普段はあんまり怒らないけど、面倒臭がりそうではあるんだよなぁ」

 苦笑しながらそう言うと、シオンはセーレに目を向けた。

「竜の巫女様の協力があっても……」

「い、いえ、シオン様っ! わ、私にはそのような力は……!?」

 急に話を振られたセーレが飛び上がって驚くと、シオンは困ったような眉根を寄せる。

「そうですか……正直、初めての古竜様との対面で、予想以上に上手く対話が出来たので安心してしまっていました」

 シオンはそう口にすると、表情を引き締めて立ち上がり、改めてこちらに頭を下げた。

「誠心誠意、お願いしてみます。どうか、お母様を呼んで下さい」

「わ、私からもお願いします!」

 二人の少女に頭を下げられ、溜め息と共に頷く。

「……まぁ、呼ぶのは良いけどね。期待はしないでね?」

 そう前置きしてから、神殿の入り口に立つ兵士たちに声をかける。

「そこの兵士さん達! 神殿の中に全員入って! あ、馬車も一緒にね!」

 大声を出すと、兵士達は急いで動き出した。慌ただしく馬車を引いて神殿に入ったのを確認すると、恐らくこの様子を窺っているであろう母竜を呼ぶ。

「母さん! ちょっと来て!」

 大きな声でそう叫ぶと、神殿の周りを風が吹き荒れた。

 轟々と吹く風に、馬車を引いていた二頭の馬が怯えて暴れ出す。必死に兵達が馬を落ち着かせようとする中、神殿の前に地響きを立てて巨大な竜が姿を現した。

 地面が揺れ、神殿の中に風が吹き抜ける。

 そのあまりの巨体に、兵士達の何人かは腰を抜かして座り込み、他の者達は後退りをしながら息を呑んだ。

「あ、あれが……古竜……」

 離れた距離にいるシオンですら足が竦み、肩を震わせている。

 セーレは二回目だからか、意外と落ち着いていた。

 僕は二人の横を通り過ぎ、母竜の方へと歩み寄る。

「母さん、ちょっと話を聞いてほしいんだけど」

 僕がそう言いながら神殿の入り口に立つと、兵士達が悲鳴をあげて距離をとった。どうやら、同じ竜ということで反射的に怯えさせてしまったらしい。

 サイズは人間と変わらないのにな。

「母さん?」

 返事が無い母竜に首を傾げ、もう一度呼んでみた。すると、いつになく不機嫌な母竜の声が頭の中に響いてくる。

『……息子よ。我らは古竜である』

「ん? 知ってるよ?」

 何を当たり前なことを。そんな気分で返事をすると、母竜の喉がグルグルとなった。その低く重い威嚇のような喉の音に、実子の僕であっても恐怖心が芽生えそうになる。

 母竜は静かにこちらを見下ろし、目を細めた。

『……古竜とは遥か太古より他に比類無き者であり、最強たる竜族の中でも最も誇り高き存在なのだ。人間などという矮小な存在に良い様に使われるようなことではいかん』

「お願いに来たんだってさ。命令しに来たわけじゃないよ?」

 元人間としてフォローしてみたが、母竜の機嫌は更に悪くなってしまった。母竜の周りに湯気が立ち上るように魔力が漂い始め、近くでそれを見た兵士が悲鳴をあげる。

「ひっ!? な、なんという濃密な魔力……!?」

「か、可視化するなど、信じられん……!」

 恐ろしい恐ろしいと口々に言う兵士達。どうやら、魔力がこういう風に見えるのは異常なことらしい。

「僕も出来るようになったよ!」

 なんとなく自慢してみようと思い、母竜に自分が出来る範囲の魔力操作を披露してみる。

 ふわふわと魔力を広げ、形を変えたり膨らませたりしてみた。

 すると、母竜の目が丸く開かれる。

『なんと……もうそれほど自由自在に……やはり我が息子は天才か』

 そう言った後、すぐに首を左右に振り、目をまた細く尖らせた。

『い、いやいや、今はそんな話をしている訳では無い。息子よ。お前は優し過ぎるのだ。人間とは薄汚く、信用ならぬ存在である。こちらが使うくらいでちょうど良い』

「えー、でも食べ物持って来てもらう約束したけど……」

『ダメだ。食べ物を持ってこないなら焼き滅ぼすとでも言えば良い』

「酷すぎない?」

『それが当たり前なのだ』

「う~ん……」

 僕は羽を下げて唸り、シオンとセーレを振り返った。

「駄目だって。母さん、怒っちゃった」

「えぇっ!?」

「怒っちゃった!?」

 僕の言葉に、二人は顔面蒼白で絶叫した。
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