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第2章 王女来訪

王女シオン

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「お初にお目にかかります。ルキフェル王国第二王女、シオン・ルキフェルと申します」

 ドレスの裾を指で摘んでお辞儀をするシオン。優雅な仕草である。

 だが、頭を上げてからは少々間が抜けていた。

「……あら? くだんの古竜様は……まぁ! 可愛らしい古竜様!」

 チワワを見つけた女子高生のような高いテンションで声を上げたシオンは、慌てて口を両手で押さえた。

「……大変失礼を致しました」

 冷静さを取り戻したシオンが再度一礼をする中、セーレが急いで僕に声をかける。

「あ、あのドラゴン様、どうぞご安心ください。シオン様はお優しい方でいらっしゃいます。敵対しようということではありません……だから、どうか一言だけでも……」

 もう涙が目から零れ落ちそうな状態のセーレを見て、喋ろうとしてタイミングを逸したことを思い出した。

「……ひとこと」

 場を和ますべく放った僕の一流の冗談に、セーレは目をパチクリと瞬かせた。

 だが、背後で聞いていた兵士達や王女様は驚愕の顔を浮かべている。

「しゃ、喋った!?」

「ルキフェル語に聞こえたぞ!」

「竜の巫女の言葉を復唱したのか!?」

「ま、まさか、今聞いた言葉を即座に覚えたということか!?」

 大騒ぎである。

 若干、頭の良いオウムのような扱いを受けている気がしないでも無いが。

「それで、何で王女なんて人が来たのかな?」

 諦めてそう尋ねると、セーレはパァっと花が咲くように鮮やかな笑みを浮かべた。後ろでは兵士達のどよめきが半端ないが、とりあえず無視しておこう。

 セーレは表情を引き締め直し、その場で床に膝をつく。

「ドラゴン様……ルキフェル王国をお救いください!」

 そして言われた言葉に、僕は頭を傾げて停止した。

 いきなり王女様が来て国を救えと言われても、僕に何が出来るというのか。というか、どのくらいの規模の国なのかは知らないけれど、ドラゴンに国の行く末を託すなと言いたい。

 答えに困っていると、我慢出来ないといった様子でシオンがこちらへ出て来た。

「で、殿下!?」

 悲鳴まじりに王女を止めようとする兵士を片手を上げて黙らせ、シオンはセーレのすぐ隣に立った。

 そして、僕を眺めて頬を染める。

「ああ……なんと可愛らしい……」

「ん?」

「え?」

 小さく漏れたシオンの言葉に僕とセーレが疑問符を上げた。

 すると、シオンは首を左右に振り、美しい微笑を取り戻して頭を下げる。

「古竜様、私から理由を説明させて頂いてもよろしいでしょうか」

「……どうぞ」

 返事をすると、シオンは顔を上げた。頬がだらしなく緩んでいる気がするが、気のせいだろうか。

「こほん……それでは、少々お時間をいただきます……」

 そう前置きして語られたルキフェル王国の過去と現在に、僕だけでなくセーレも聴き入った。

 ルキフェル王国は歴史が古く、以前ここに居たという古竜が住み着いてから建国したという。

 その歴史は千二百年にも及ぶとか。ローマ帝国並みと考えたら驚嘆するより他ない。

 だが、その内情はローマ帝国とは全く違った。

 ルキフェル王国から見て、北には様々な水竜などの脅威が棲む大河が流れており、古竜の住む山が北東にある。

 南東を統一した氏族が古代ルキフェル王国を興してからというもの、この地域では狭い範囲で延々と争いを繰り返し、ルキフェル王国はその中で覇者となったらしい。

 つまり、遠方から領土を広げて来るような強大な国は、大河と竜の棲む山に妨げられて侵攻出来なかったということだ。

 地続きの大陸の中の一国なのに、日本のような島国を思い出させる歴史だった。

 だが、それでも南東を統一した大国である。その国力は強く、経済的にも豊かだった。

 だが、古竜ルティーヤーが姿を消して十数年。状況は変わった。

 山を大きく迂回はするが、東部の小国を併合したベルゼウィード帝国という強大な国が領土を拡げ、ルキフェル王国へと迫ったのだ。

 当初はルキフェル王国サイドも挑戦的な姿勢を示していたらしいが、様々な国と戦い続けて大国となったベルゼウィード帝国には歯が立たず、防衛戦を繰り返しながらその領土を減らしていった。

 僅か二十年で領土の三分の一を失ったルキフェル王国だったが、シオンの父であるアガリー・アレド・ルキフェルが国王となり、それ以上の侵攻を何とか食い止めることが出来ているという。

 しかし、様々な小国を併合して成長した帝国には兵力も資源も負けており、また徐々に国土を失っていっているといった状況らしい。

「……ということで、古竜様にはまたこの山一帯を縄張りとしていただき、そのご威光でベルゼウィード帝国の意識を分散していただけたら……」

 シオンはそう言って、こちらの反応を窺うように見た。

 成る程。つまり、王国の東側にある砦か何かを攻めている帝国に、たまにで良いから僕がいることを見せ付けて威嚇してほしいわけか。

 そうすれば、古竜が傍まで現れると知った帝国は一部の兵を古竜対策に回し、王国攻めが遅延する。

 あわよくば、帝国が撤退してくれたら王国はまた奪われた領土を取り戻すことが出来るかもしれない。

 そんな、第三者の力に頼った他力本願な作戦。そのような策に頼るほど、王国は弱っているのだろう。

 だが、僕はアッサリと首を左右に振ってシオンを見た。

「無理だよ」

 僕はキッパリとそう答えた。
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