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第1章 生贄の娘

生贄の娘

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 母竜の思惑に気が付いた僕は、困惑するセーレを眺めて口を開いた。

「じゃあ、セーレには人間の料理を持って来てもらおうかな」

「りょ、料理……? あの、私達が食べるもので良いのでしょうか……」

「いいよ。ちゃんと味付けしてね。美味しい料理だったら嬉しいな」

 僕がそう言うと、セーレは嬉しそうに顔を上げた。

「は、はい! 任せて下さい! 私のお母さんは料理が上手で……」

 と、元気になった筈のセーレの声が徐々に小さくなっていき、顔から血の気が引いていく。

「……だ、ダメです。わ、私は生贄として選ばれたから……」

「え、何で?」

「……生贄の娘が生きて帰ったことが昔あったらしく、その後、村は古竜に滅ぼされたという伝承が……」

 生贄の娘が怖くなって逃げてきた、ということか。

「じゃあ、セーレがそのまま帰ると、村人から責められるの?」

 聞き返すと、セーレは肩を震わせて首を左右に振った。

「……こ、殺されます! 殺されて、またこの神殿の前に置かれて……」

「……それは嫌だなぁ。そのお母さんはどうにか味方になってくれないのかな?」

 顔を顰めてそう呟くと、セーレは眉根を寄せて自らの体を両手で抱いた。

「お、お母さんは私の味方になってくれるでしょうが、多分その時は二人とも……」

「殺されるって? それも嫌だなぁ」

 僕は溜息を吐いて頭を悩ませる。

「……どうしたもんかなぁ。このままセーレを匿っても、多分新しい生贄の子が来るんだろうし……」

 暫く考えいたが、何となく神殿の入り口を眺めて閃いた。

 そうだ。原因に働いてもらえば良いのだ。どうせ僕がどんな対応をするか見ていることだろう。

 そう決めた僕は、神殿の入り口に向かって歩き出す。

 すると、入り口のそばにいたセーレが息を呑んだ。怯える姿に悲しい気持ちになりながら、僕は出来るだけ優しい声で呟く。

「ちょっと退いてね」

 慌てて傍に退いたセーレに苦笑しつつ、のっしのっしと神殿の入り口から顔を出した。

「母さん! ちょっと来て!」

 そう叫ぶと、珍しく困ったような母竜の声が頭の中に響いて来た。

『ば、馬鹿者……そのように我を呼ぶなど、威厳が……』

「威厳なんて元から無いよ」

 言い返すと、母竜は諦観の念を発しながらも、動く気配をみせた。

 数秒して大地には小さな黒い影が現れ、瞬く間に広がっていく。

 風が巻き起こり神殿が軋むような音を立てる。

「な、なにが……」

 セーレが泣きそうな声を出して床に座り込むのを横目に見て、笑う。

「あんまり怖がらないようにね。見た目とは違って優しいから」

 僕の言葉にキョトンとするセーレだったが、神殿の前が暗くなったことに気が付いて停止した。

 直後、大地を揺らして母竜が舞い降りた。

 地鳴りと暴風と共に現れた母竜の巨体に、セーレは背中から倒れて目を丸くする。

『……何用か』

 母竜は不機嫌そうにこちらを上から見下ろしてきた。僕は怒ってますとアピールするべく、眉間に皺を寄せて母竜を見返す。すると母竜は顎を上げて僕から視線を外した。

『なぜ怒る?』

「母さん、人間に迷惑をかけてきたんでしょ? だからセーレがこんな怖い目に合う羽目になったんだから」

 僕の台詞に、母竜は少し体を屈めて神殿の中を覗き込んだ。

『セーレ?』

「この子だよ。可哀想に、震えてるじゃないか」

『人間はいつも震えている』

 失神しそうなほど怯えるセーレを見て、面白くなさそうに母竜はそんな感想を口にした。僕はそれに地面を脚でポコポコ叩いて怒りを表現する。

「母さんの前だと皆そうなるんだよ」

『……ぬぅ』

 釈然としない様子の母竜に、更に畳み掛けた。

「だから、責任をとってもらいます」

『……責任?』

「……責任?」

 僕の台詞に、奇しくも母竜とセーレの台詞が重なったのだった。

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