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日常をお届け(4)
しおりを挟む村に戻ると、ゼルは領主の館に向かった。当然リリアも一緒に戻る。
ロドリゴと、トールまでもが来ていて、ゼルが鉱山からの話を説明する。
あの場ではリリアは知らなかったのだけれど、どうやら、枯れたと思っていた鉄鉱石の鉱脈が新たに発見されていたらしい。
それを、領主が、1日で掘った。……掘ったらしい。
効率を考えた結果、領主がひとりで魔法で掘ったほうが早いとか。
到着したときに聞いた音は、地中で掘削していた音だったのだ。
「……なるほど、では人員を見繕い送るとするかの」
だいたい掘れたようなので、土を掻き出し、それから鉄鉱石の選別に入る。
村人は慣れたもので、以前より量が少ないためすぐに終わるだろうということ。
……話は理解できるのに、どこか頭がそれを拒んでいるリリアだった。
「俺の仕事は終わり!じゃ、そういうことで」
「ああ、助かった。あとティーゴの爺さんが、」
「あーーーー聞こえないぜ!」
トールの言葉の途中で走り出したゼルは、部屋をものすごい勢いで出ていった。
「……そのうち強制徴集かかるだろうから意味無いぜ」
ふっとトールが鼻で笑い、それからリリアに向き直った。
「ところで、ウーノとかいうやつは?」
「えっと……鉱山で作業を見たそうにしていたからお世話になることにしたの」
リリアはともかく、ウーノについては村で受け入れてもらえないだろうか。
「領主様たちも問題はなさそうだったので……お願いします、あの子、私に拾われてからは自由がほとんどなかったわ。彼についてはせめて領内で自由に暮らせるよう取り計らってもらえないかしら」
トールとロドリゴは顔を見合わせた。
それからそれぞれため息をつき、
「……ったく、調子狂う」
トールが頭を掻きながら、呆れたような声を出した。
「……お前の処遇が決まった」
「え?……はい」
遅かれ早かれ、処罰は免れないだろうと思っていた。
いきなりだったが、今までが安穏としすぎだったのだ、ようやくと言ったほうがいい。
トールはぼそりと言った。
「領主の従者だ」
「……はい?」
「ヴィーオの従者だ、身の回りの世話とかするやつ。分かるよな?」
「え、ええ、……え?」
「その顔、本当にお前ヴィーオを殺しに来たあいつと一緒か?」
「同一人物ですわ……ですから、その、いいのです?処罰は……」
襲った人物に、その側仕えというのはとんでもない間違いではないだろうか。
「言っとくが、あれの扱いは死ぬほど大変だぞ」
「今度こそラクエ殿も油断はすまいて。次こそ、裏切れば死よりも恐ろしいことが待ち構えていることだけは忘れてはならぬ」
「……肝に銘じますわ」
ロドリゴの厳かな言葉に、気圧されて思わず息を呑む。
使い魔だという少女は、あれで神の一種だという。リリアがグランヴィーオを害したときは、偶然が重なってうまく動けなかったとか。
もう二度とあんなことは起こさせないと、恐らく警戒しているだろう。
だけれども……これは、温情どころではない。
「いいのですが、その、私は……」
「領主様に懲罰の意思がないのでは、現段階で誰も裁くことはできぬのでな……しかたあるまい」
「言っただろ、あれの従者っていうのは生半可で務まらないからな、それ自体が罰みたいなもんだ」
「ありがとうございます……」
まだ、ぼうっとしている。
許されてはいけないのに、許されてしまった。
まだ心が追いつかない。
良いこと、なのだろうか。
どこかで罰せられることを期待していたリリアには、失望感もじわりと湧き出てくる。
「ウーノにも聞いておいてほしいが、希望がなければ同じく従者扱いだ。……ふたりいればなんとかなるだろ」
トールの続く言葉の、最後のボソリと呟かれた意味はよく分からなかった。
「?ええ、ウーノに伺えばいいのですね?」
「ああ、何かあったらいつでも言ってくれ」
「かしこまりました……失礼、いたします」
ふらりと足を動かしたリリアに、トールが何故かついてきた。
応接室から出て廊下に立ったけれど、そっと肩を叩かれ、トールに腕を引かれた。
逆らわずついていくと、少し行った先、人気のない物置の近くで立ち止まる。
トールはいつものようになんとなく不機嫌そうだ。逆にこの顔に安堵してしまう。
「……爺様の前では言い難かったからな、俺から言いたいことがある」
「おっしゃって」
罵倒か、あるいは殴られるか。
それくらいは甘んじて受けるつもりだ。
彼はあの時とくに、怒りを抑えるほうが殺すより難しいと顔に書いてあった。
けれど、軽く息をついて、いつもの調子で話し始めた。
「ヴィーオの従者って話だが、覚えていてほしいことがある。絶対、あいつから離れるな」
「……え?」
「世話とかはどうでもいいんだ、一番の目的はなんでもいい、あいつについていくこと、どこに行くにしてもだ」
「意味がよくわかりませんわ」
「……簡単に言えば、俺は、あいつがいつここを出て行くか分かったもんじゃないと思ってる」
「え?」
「前に家出したことがあってな」
言い方は軽いが、何か気がかりがあるのだろう、トールは眉根を寄せている。
「……あいつが、何を考えているかいまだによく分からねえ」
「ええと……つまり、私は領主様の監視役と?」
脱走、という簡単な話ではないようだ。
トールは、領主が本当にこの地を見限ってどこかへ去っていくという予感をしている。
それはなぜなのか、日が浅いリリアにはわからないことだが、トールはふざけているようでもない。
「……ちっと違うな……なんていうか……重石?」
「おもし?」
「ヴィーオがお前を少なからず好意的に見てるのは分かる」
「え、ええ」
ちらりと、村で流れている噂を思い出して気まずくなる。トールはリリアの様子には気づかず、とつとつと語る。
「よく分からんが、あいつは異様に身内に甘い。で、元恋人の妹でそっくり?だとかいうお前には相当気を許しているからな、つまり、連れ回すのも邪魔だとは思わないはずだ。ウーノもだ、妙に気にかけてるだろ?」
「ええ」
「だから、ずっと一緒にいろ。それだけでヴィーオが突然消える可能性が低くなる」
リリアは言ってはなんだが、それほど戦いの事も知らないし、元令嬢であるから身軽に動けるものでもない。
たしかに、それをそばに置くと自然に行動も鈍くなる。
「理屈は、なんとなくわかりましたわ。ですが、本当にそれだけでグランヴィーオ様をここに縛り付けることが出来ると思うの?」
それに、リリアはここに来て間もない。思い入れもない。
本当にこの地を去りたいと思う彼に、すがりつくような真似をするより、自由にいてほしいと思う。
それくらいは、グランヴィーオを思うようになったし、罪滅ぼしのひとつくらいにはなると。
トールは驚いたようだ。
「……本気になったあいつを引き留められる奴なんていないだろう」
諦めたように、トールは目を瞑った。
「そのとき、できればお前がヴィーオについていければいいと思ってる」
「え?」
「……またどこぞでダンジョンを作られても困ると思っただけだ」
「――……ああ」
つまり、本当に簡単に言えば、心配しているのだろう。
「ふふ」
「何がおかしい」
ムッとしたトール。
「だって、貴方、思ったより色々考えてるんだもの」
「思ったよりは余計だ。俺だって……ああもう、お前もなんなんだ、これ以上わけのわからん奴はごめんだぞ」
「私はそこまでじゃないわ。あのときは……本当に、どうかしていたと、心から反省しているわ」
何かを恨まなければ、どうにかなってしまいそうだった。
何も知らず、真綿にくるまれたように育った自分が、突然の悲劇にただ呆然としている間に、グランヴィーオは自分の怒りを正しい相手にぶつけていて、リリアなどお呼びでなかった。
監獄で真実を知らず泣きながら死ぬか、知ったところでそのまま野垂れ死ねば、きっと最善だった。
生き延びて、恨んでいた相手に温情をかけられ、こんなところで笑っている。
きっと、自分の役割のためにここに生かされた。
(お姉様が見かねて寄越したのかしら)
なら、リリアも応えようと思う。
「約束しますわ。グランヴィーオ様から離れず、ずっと一緒に、ですわね」
「……ああ」
むすっと顔面がこわばっているトールは、つまり恥ずかしいのだろう。
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