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禁術(4)
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こんなのあんまりだ、と思う反面、ちょっとは誇らしくもあり、なんだか複雑なイルゲだった。
「せっかく会えたのに、寂しいよオハイニ……」
「あーはいはい」
「待っててくれよ、俺がいない間に他の人と仲良くなっちゃダメだよ」
「アタシの勝手だろ」
「ダメだよ!俺というものがありながら!」
「あーもーウザい!早く行け!」
スネを蹴られ、渋々愛しい女から離れた。
それを遠巻きに見ているのは、彼女に言い寄っている男だった。
そういう男はごまんといる。彼女は移り気で、けれどその奥深いところで抱えたものは男たちを惹きつけてやまない。
ゼルという冒険者崩れの男は彼らのうちのひとりで、少し関係が深いらしいが、羨ましくない。ないったらない。
「なんでお前と一緒にいかなきゃなんねえんだ……」
ゼルは嫌だという顔を隠さない。わかりやすくていいと思う。
聞き飽きたとオハイニは呆れ顔だ。
「仕方ないだろ、今腕が立つ奴で適任なのはアンタしかいないんだから」
イルゲが知り合いの魔術師を尋ねるために、また荒れ地の外に行く。その護衛に選ばれたのがゼルだった。
ようは腕はあるが暇人だということなのだが、ゼルはそれだけで喜んでいるらしい。かわいげがあるではないか。
だが、ゼルをオハイニから引き離せたとしても、彼女のことだ。
「オハイニ、本当に浮気はダメだからね」
「浮気にならないでしょ。でも本当に忙しいからそういうのは今はいいわ」
はあ、と疲れたようなため息をつく彼女は、早く帰ってきなさいね、と嬉しいことを言う。
「早くしないとアタシら餓死することになるよ」
「……責任重大だな」
心に刻んだ。
そうやって茶番をしている間に、向こうでもやっていた別の話は終わったらしい。
西の村の村長のロドリゴという老人は、やり手のようだった。この荒れ地で一番の権力を持っているに違いない。
行商人の、黒い肌をした方とにこやかに出立前の挨拶をしているが、その内容はゾッとしないものだった。
「今後がアリましたら、よろしく。おたがいによい取引ができればと思いますヨ、後があればデスが」
「ええ、ぜひとも。良いお付き合いになればいいのですがなあ」
「……なんだあれ」
さすがにゼルも不穏当さを感じたらしい。
けれど、そばで見守っているリュケーはまるで聞いていないかのように、にこにこと笑顔を崩さない。いっそ不気味だ。
「……商人っておもしろいな」
「おもしろいか?」
ゼルは同意してくれないらしい。
彼らを取り巻いている人間たちも、三者三様の反応だ。東の村長は冷や汗を流しながら言葉を発せず、領主であるグランヴィーオは使い魔の少女ラクエを抱きかかえたまま、無表情。
この領主も何を考えているか分からないのも怖い。魔術師として最悪の力と特質を持っていると知ったのはつい昨日のことだった。
来た時にはギチギチの荷物が載っていた馬車も、ほとんど空になっている。そのうちの一つに乗り込むと、程なくして出発した。
「行ってくるよー!」
幌から顔を出して手を振ると、村の面々は手を振り返してくれた。会ってわずか数日なのに、親切である。
御者は冒険者たちが請け負ってくれた。
そのうち当番が回って来ると思うが、まずはのんびりと揺られるだけだ。
「今回も有意義でした」
行商隊の主であるリュケーは満足そうに息をつく。
「ハハ、なかなか良い村でシタ。来たかいがあるというものデス」
異国風の商人の方も、さっきは異様な雰囲気で西の村長とやり合っていたくせに、ホクホク顔である。
「不思議なのは、何故アノような傑物がこんなところにいるのかということデスが」
「どうやら混乱の時代に追われた貴族という話です」
「今度はお酒でも持っていきまショウか」
西の村長に興味があるらしく、異国の商人アフマドはそんなことをつぶやく。
「アレは、気づかれていましたネ」
「ですねえ。どこまでかは分からないのですが……」
リュケーも目は細めている。
「一言も魔鉱石のことはおっしゃられませんでしたね、あんなにカマをかけたから、逆に警戒された気もします」
「ブッ……」
ゼルが、むせた。
イルゲも尻の座りが悪い。まあ、イルゲは昨日事情を知ったばかりなのだが。
あの人のいい顔で、リュケーは微笑んだ。
「ああ、大丈夫ですよ。多分ロドリゴさんはアフマド様が魔鉱石のことを私から聞いているのは分かってますから」
「えっと……何故?」
深刻なほどのやり取りの真っ最中に、ただの知り合いを乗せてくるとはちょっと配慮が足りないなとは思っていたのだ。
何者なのか、アフマドという異国の男は。
「商人というのは嘘ではないので、そう警戒されないデくださイ」
「はあ……」
「秘密は守りますヨ。大事なお客様になる予定デスので」
「それをロドリゴ村長に秘密にして何かいいことがあるんですか?」
回りくどい。イルゲもその手の知り合いがいないとは言わないが、輪をかけている。
「パフォーマンスですヨ。私が秘密にしているのを彼が理解するのか、そして……もしあっさり彼が魔鉱石のことを話すようナラ、信用に値しないと私は判断したことでショウ。どこの馬の骨とも分からない人に一番の秘密を教えるとは愚かデス」
「商人は秘密が大好きなんですよ」
「分かるような分からないような……商人ってみんなそうなのか?」
ゼルが頭をかきながら、うんざりとしたようだった。
「そういうわけではないですけど……」
「これは、この大陸のすべての価値観をひっくり返す取引デスヨ」
恍惚とアフマドは目を閉じた。
「これ以上ないほどうまく行っていマス。神よ」
「せっかく会えたのに、寂しいよオハイニ……」
「あーはいはい」
「待っててくれよ、俺がいない間に他の人と仲良くなっちゃダメだよ」
「アタシの勝手だろ」
「ダメだよ!俺というものがありながら!」
「あーもーウザい!早く行け!」
スネを蹴られ、渋々愛しい女から離れた。
それを遠巻きに見ているのは、彼女に言い寄っている男だった。
そういう男はごまんといる。彼女は移り気で、けれどその奥深いところで抱えたものは男たちを惹きつけてやまない。
ゼルという冒険者崩れの男は彼らのうちのひとりで、少し関係が深いらしいが、羨ましくない。ないったらない。
「なんでお前と一緒にいかなきゃなんねえんだ……」
ゼルは嫌だという顔を隠さない。わかりやすくていいと思う。
聞き飽きたとオハイニは呆れ顔だ。
「仕方ないだろ、今腕が立つ奴で適任なのはアンタしかいないんだから」
イルゲが知り合いの魔術師を尋ねるために、また荒れ地の外に行く。その護衛に選ばれたのがゼルだった。
ようは腕はあるが暇人だということなのだが、ゼルはそれだけで喜んでいるらしい。かわいげがあるではないか。
だが、ゼルをオハイニから引き離せたとしても、彼女のことだ。
「オハイニ、本当に浮気はダメだからね」
「浮気にならないでしょ。でも本当に忙しいからそういうのは今はいいわ」
はあ、と疲れたようなため息をつく彼女は、早く帰ってきなさいね、と嬉しいことを言う。
「早くしないとアタシら餓死することになるよ」
「……責任重大だな」
心に刻んだ。
そうやって茶番をしている間に、向こうでもやっていた別の話は終わったらしい。
西の村の村長のロドリゴという老人は、やり手のようだった。この荒れ地で一番の権力を持っているに違いない。
行商人の、黒い肌をした方とにこやかに出立前の挨拶をしているが、その内容はゾッとしないものだった。
「今後がアリましたら、よろしく。おたがいによい取引ができればと思いますヨ、後があればデスが」
「ええ、ぜひとも。良いお付き合いになればいいのですがなあ」
「……なんだあれ」
さすがにゼルも不穏当さを感じたらしい。
けれど、そばで見守っているリュケーはまるで聞いていないかのように、にこにこと笑顔を崩さない。いっそ不気味だ。
「……商人っておもしろいな」
「おもしろいか?」
ゼルは同意してくれないらしい。
彼らを取り巻いている人間たちも、三者三様の反応だ。東の村長は冷や汗を流しながら言葉を発せず、領主であるグランヴィーオは使い魔の少女ラクエを抱きかかえたまま、無表情。
この領主も何を考えているか分からないのも怖い。魔術師として最悪の力と特質を持っていると知ったのはつい昨日のことだった。
来た時にはギチギチの荷物が載っていた馬車も、ほとんど空になっている。そのうちの一つに乗り込むと、程なくして出発した。
「行ってくるよー!」
幌から顔を出して手を振ると、村の面々は手を振り返してくれた。会ってわずか数日なのに、親切である。
御者は冒険者たちが請け負ってくれた。
そのうち当番が回って来ると思うが、まずはのんびりと揺られるだけだ。
「今回も有意義でした」
行商隊の主であるリュケーは満足そうに息をつく。
「ハハ、なかなか良い村でシタ。来たかいがあるというものデス」
異国風の商人の方も、さっきは異様な雰囲気で西の村長とやり合っていたくせに、ホクホク顔である。
「不思議なのは、何故アノような傑物がこんなところにいるのかということデスが」
「どうやら混乱の時代に追われた貴族という話です」
「今度はお酒でも持っていきまショウか」
西の村長に興味があるらしく、異国の商人アフマドはそんなことをつぶやく。
「アレは、気づかれていましたネ」
「ですねえ。どこまでかは分からないのですが……」
リュケーも目は細めている。
「一言も魔鉱石のことはおっしゃられませんでしたね、あんなにカマをかけたから、逆に警戒された気もします」
「ブッ……」
ゼルが、むせた。
イルゲも尻の座りが悪い。まあ、イルゲは昨日事情を知ったばかりなのだが。
あの人のいい顔で、リュケーは微笑んだ。
「ああ、大丈夫ですよ。多分ロドリゴさんはアフマド様が魔鉱石のことを私から聞いているのは分かってますから」
「えっと……何故?」
深刻なほどのやり取りの真っ最中に、ただの知り合いを乗せてくるとはちょっと配慮が足りないなとは思っていたのだ。
何者なのか、アフマドという異国の男は。
「商人というのは嘘ではないので、そう警戒されないデくださイ」
「はあ……」
「秘密は守りますヨ。大事なお客様になる予定デスので」
「それをロドリゴ村長に秘密にして何かいいことがあるんですか?」
回りくどい。イルゲもその手の知り合いがいないとは言わないが、輪をかけている。
「パフォーマンスですヨ。私が秘密にしているのを彼が理解するのか、そして……もしあっさり彼が魔鉱石のことを話すようナラ、信用に値しないと私は判断したことでショウ。どこの馬の骨とも分からない人に一番の秘密を教えるとは愚かデス」
「商人は秘密が大好きなんですよ」
「分かるような分からないような……商人ってみんなそうなのか?」
ゼルが頭をかきながら、うんざりとしたようだった。
「そういうわけではないですけど……」
「これは、この大陸のすべての価値観をひっくり返す取引デスヨ」
恍惚とアフマドは目を閉じた。
「これ以上ないほどうまく行っていマス。神よ」
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