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死せる者の棲む地(2)

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南の村に異変が起こったのは一ヶ月ほど前。
村の外に薪を拾いに行った男がそのまま帰らなかった。
何があったかと捜索隊が組まれ、村の周囲を探し回ったそのうちの一人も行方不明に。
ただならない事態と警戒し、村人は外を出歩かないよう気を付けていた。しかし、やはり閉じこもっているわけにもいかず、村から一歩でも出るときは必ず数人で行くようにと、命じていてもその数人のうち一人がいつのまにか消えていることもあった。
消えた住民は7人。

「1人目が消えたのと同じときに、死霊も目撃され始めたのだ。何か関係があるはずだ」

ロドリゴの家で、エンツィオはやや疲れた顔で話す。

「つまり、死霊の仕業だと?」

ロドリゴが聞き返すと、曖昧に頷く。

「魔物かとも思ったが、ああいうのは襲うだけ襲うか、餌のつもりでしかないだろう。……なにかしらの跡くらい残るはず」
「けど、非物質の死霊も物質に触れるもんじゃないしね。目的とか、そういうのは普通はないよ。あれこそ生きてるものを襲うだけ」

オハイニの言葉に全員が考え込む。
どれもこれも、確かなものはないように聞こえる。
だから、頼ってきたのだろう、最近魔術師を擁した西の村に。

「どれも断定できない。南の村で調査するしかねえだろう」
「来て……くれるのか」

驚いたようなエンツィオ。

「そのためにお前は来たんだろ」

本当に死霊であるなら、魔術師が出ないわけに行かない。南の村に魔術師がいるのはオハイニすら初耳だったらしいが、そのテヌだけであり、彼女は解決策を持たなかった。

「ですが、手助けをする代わりにひとつ」

ロドリゴは、抜け目ない。

「鉱山の鉄鉱石については協力的にお願いしたい。今の作業は続けることを南でも承認くだされ」

エンツィオは渋々というように頷く。

「……カーネリア様も、せっかく掘り出したのならと仰せだ」
「それは良かった」

にっこりとロドリゴが笑う。

「では、グランヴィーオ様。よろしくお願い申し上げますぞ」



村が手薄になるのも良くないが、今は南の村の問題が急務だ。
ベルソンを中心に自警団を残して、オハイニは西の村ではないが魔術師として同行、トールとグリウ、それともう一人自警団のゼルという男を連れて行く。ゼルは流れ者だったらしく、数年前に村に居着いた年かさの男だ。

「オハイニとは久しぶりだなあ」
「ハイハイ」
「なあ、こっち(西)来いよ、ヨリ戻さねえ?」
「ヨリもなにも、アンタとはそんな仲良くなかったはずだけどねえ」
「つれねえなあ」

どうやらそういう仲らしい。
トールがげんなりとふたりを見ているが、どこ吹く風のゼル。
オハイニは若干迷惑そうだが。
同道している南の村長エンツィオと魔術師のテヌは、口数が少なかった。
村のことも気がかりだろうし、グランヴィーオの「脅し」が効いたらしい。……脅したつもりはないのだが。

南の村は、西の村からダンジョンへと向かう延長線上に近い位置だ。途中で道をやや逸れて、1日ほど歩けば辿り着く。
南の村は西の村ができるより前に、そこに村を建てていた。
フラウリアという神――神霊を崇めた団体だ。
昔は大陸の半分が信仰したとも言われる。だが、その神霊の力は徐々に衰えていき、組織としても衰退、最後は神を持たないヴェ・ニロー教に乗っ取られ歴史から姿を消した。
それが10年ほど前で、生き残りがこの荒れ地に流れ着き、村を作ったのだろうという想像はすぐに出来る。

「私は先に村に知らせてくる。テヌは皆を案内せい」
「はい」
「待った。一人になるんじゃない。アタシも行く」

村の佇まいが見えてきた頃に南の村長がはやって帰ろうとするのを、オハイニが呼び止めてついていく。

「あっ」

出遅れたゼルは切なそうにその背中を見送る。
テヌは一言も喋らず、そのまま歩いて、村長たちに遅れること数分で村にたどり着いた。
オハイニは入口で待っていた。

「南の村長はカーネリアさんに報告しに行くって」
「そうですか。……では、カーネリア様のもとに我々も参りましょう」

カーネリア。名前だけはグランヴィーオも聞いていた。
村をまとめるのは村長のエンツィオだが、実の首長はカーネリアという女だという。おそらく、フラウリア教の司祭かなにかなのだろう。
村の中心を通って、奥に建ったひときわ大きい家に案内される。
途中、広場のようなところに、人の背丈ほどのモニュメントがあった。木で彫られたそれは、半円の三日月にいくつもの針のようなものが刺さった形で、フラウリア教のシンボルだった。

「中へどうぞ」

家にたどり着き、扉を開けてテヌは片手で中を指し示した。
グランヴィーオたちが入ると、そこはいくつかのテーブルがある広めの部屋、そして、その奥に藁で編んだカーテンのようなものが下がっていた。

「こちらだ」

藁のカーテンが持ち上がり、エンツィオが顔を出した。
言われるままに入ろうとして、ふと、グランヴィーオはグリウとゼルを指差した。

「そこで待ってろ」
「あー俺らは待機。りょーかい」

グリウがあっさりと理解し、まだオハイニについていきそうなゼルを腕を掴んで引き止めた。

「ちょ、納得いかねえ……」

藁のカーテン向こう側、窓のない部屋に女がひとり椅子に座っていた。

「ようこそ。私が総代のカーネリアです」

テヌよりも少し年上の、シワが目立ち始めた女だった。生成りのローブに、赤くて金の刺繍が施された細い布を幾重にも肩に巻きつけて、大ぶりの宝石があしらわれたブローチで留めている。色褪せた金髪をゆるく結い上げ、おっとりとした青い目がグランヴィーオとその一行をひとりひとり見ていく。

「こたびは我々のお願いによく答えてくださいました」
「早速だが、消えた村人と、その消えたときの状況と場所を教えてくれるか、軽くでいい」
「お前……御前だぞ」

呻いたエンツィオ。

「いや、アタシらは関係ないし」

オハイニがひらひらと手を振ると、顔を赤くしたエンツィオが何か言う前に、カーネリアはすっと細い手を軽く上げた。

「良いのです、あの方の言う通り。そんなことより、早く村人の安否を調べなければ」
「……承知しました」

肩を落としたエンツィオは丁寧にカーネリアにお辞儀をしてから、こちらに向き直る。

「詳細は向こうで話す」


事件を解決したいのは本当らしく、エンツィオは淡々と情報を教えてくれた。
最初に消えた男は、村の裏手の雑木林で消息を絶った。

「雑木林?」
「そ。枯れかけてるけど、細い木が頑張って根を張ってる」

そういえば、村に入るときに見たかもしれない。
鉱山周辺では枯れた茂みと細い木が数本まばらに生えているだけだから、環境が違うということか。
その雑木林周辺でさらにふたり消えている。血縁関係はないし、村人同士の仲は普通だった。どちらも男。

「本当に村の目と鼻の先で消えてる子供もいるんだね……」

親が目を離したすきに出ていってしまったようだった。

「残る3人も、特に共通点はない。女性が薪がどうしても足りなくて、最初の人と同じように消えて……ただし、もう一人一緒にいた家族は無事。もうふたりは……崖なんてあるんだね」

雑木林の向こう、崖というよりは大きな段差だということだが、その周辺まで行ったのではないかということだ。

「狩りか……深追いしたかね」
「獣が出てるんじゃ、それが犯人ってことじゃねーのか?」

ゼルがヒゲがまばらに生えた口元に手を当てて、思案げに言う。

「雑木林だと視界も悪いし、素早いやつだったり」
「いや、それならひとりやふたりの……痕跡も残るはずだ。全く消えちまうなんてことは獣の仕業だとは考えられん」

エンツィオは歯切れ悪く、しかし否定する。

「……現場に行くしかないな」

グランヴィーオはそう言った。
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