最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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 耳を疑って、ミズリィはイワンを見つめた。

「どういうことですの」
「平民だからね、よくあることだ」
「よくあることですって」

 そんな悪行が学院には『よくあること』なのか。

「何故?生徒会は?教師の方々は知らないのですか」
「知ってるさ。もちろん」
「あなたも知っていて、見て見ぬふりをしていたの」
「ああ。だって、スミレだけじゃない、他の平民も。何なら少し成績がいい男爵令息も、数少ない他国の留学生も、いじめられたり無視されたり……」
「どうしてですの!?」

 スミレがいつの間にかぽかんとミズリィを見ていた。
 イワンは冷静に、怒るミズリィを見ていた。

「君は本当に優しい。けれど、君みたいな人間ばかりじゃない。いや、むしろそっちのほうが少ないね」
「イワン、あなたの言い方では悪い人間ばかりと聞こえますわ」
「間違いでもないね」

 ひょいと肩をすくめ、イワンはもう冷めてしまっただろうお茶を飲む。

「……スミレ、君はテストのあと、エヴァーラ嬢に難癖をつけられたんだろう」
「え!?」

 どうして、とまた同じようなことを言いかけた。
 けれど、迷うような表情のスミレを見て口を閉じる。
 しばらくして、スミレは小さく頷いた。

「あなたは見ていたの?」
「いや、噂を聞いただけさ。エヴァーラ嬢がさっきみたいに大声を出してスミレを詰っていたって。理由は、まあ、想像ついたさ」
「どんな理由だというの?」
「エヴァーラ嬢はあと一歩及ばず、下位グループに入ってしまった」
「そうだったの?」

 張り出される成績順位表に、コースの全員の名前が載る。
 一通り眺めて確かめる人は多いらしい。

「それぞれ上位中位下位のラインは、もちろん点数順。エヴァーラ嬢は、その成績が不満だった。気持ちはわかるよ、自分より4点しか違わないその前のヒンゴ嬢が、中位グループで成績をつけられるのだからね」
「けれど、4点とはいえ、エヴァーラ嬢の力不足……」
「普通ならそう考えるさ。けれど、エヴァーラ嬢はこう考えた――平民が分を弁えず好成績なんて取るからだ」
「……!?」

 ぎょっとした。
 そんな、理屈が通らないことを思う人間なんているのだろうか。

 けれど、驚いたのはミズリィだけで、言ったイワンも、彼女に難癖をつけられていたというスミレも、何も不思議なことはないという顔だった。

「スミレはいつも上位にいる。他の平民出身は、下位グループか、中位でも下の方だからね。……本人を前にどうかと思うけど、生意気に見えるっていう奴らも多いんだ」

 僕はそんなことどうだっていいんだけどね、とイワンが苦笑すると、スミレは分かったというように頷いた。
 ミズリィは、衝撃で言葉が出てこない。

「そ……んな、なんて……」
「いじめなんてそんなものさ。本当にどうだっていいことを理由に、気に入らないからと言って絡んだり怒ったり、それこそ無視だってするし、酷いときには、私物を壊したり隠したり、ね」

 意味ありげにイワンはミズリィとスミレを交互に見た。スミレは、そっと顔を背ける。

「……?」
「スミレ、君の口から言ったほうがいい。見ての通り、ミズリィ嬢はあんなブサイクたちとは違うから。誤解も解きなよ」
「……」
「スミレ――教えてください」

 何を言いたいのか、ミズリィを拒む理由は。
 じっと、祈るように見つめれば、スミレは一度小さく頭を下げた。

「――数々の非礼をお詫びします」
「そんな、非礼だなんて」
「いいえ。……外套を、新しく贈ってくださると言われたときに、頭が真っ白になってしまって。公爵令嬢から、平民の私にプレゼントなんて。畏れ多いですし……」

 ちらりと、気まずげにスミレは目を背けた。

「なにかの、罠かと思いました」
「罠だなんて。なぜ……あ」

 そうだ、虐められているといったではないか。

「ご好意を、素直に信じられなくて、本当に申し訳のないことをいたしました。ごめんなさい」
「許してあげてくれミズリィ。……君はペトーキオだ、貴族なら、君の意志を無下にする人なんていないはずだ」
「ええ、そうね」
「……たぶん、君が考えていることは僕が言いたいことと違う気がするが、今はいいや。でも、平民なら事情は全然違うんだ。ノブレス・オブリージュ……君はスミレを哀れみたいのか?」

「!?哀れみだなんてそんな――」
「施しだという意味になってしまうんだよ。そもそも、スミレが繕い物をしていた理由、エヴァーラだか誰だか僕は知らないが、外套を無理やり引き裂かれでもしたんじゃないのか」

 イワンの慰めるような声に、スミレは頷いた。
 ミズリィは目を見開くしかできなかった。

「換えの外套だってないんだろう。なら繕うしかない。けれど、学院でそんな使用人のようなことをしているのを見られたら、また平民がどうのって言われる。人気のないところでこっそりやっていた理由はそれだね」
「はい。あの、ビリビオ様はどうして」
「まあ、貴族といったって、僕の家の商売相手はピンキリなのさ、泥棒から王様まで、お金持ちならなんでもいい」
「ああ……」

 ようやく、スミレは小さくだけれど、笑ってくれた。
 ミズリィは彼らが何を言っているのか分からず、呆然としていただけだけれど。

「あ、ああ、ミズリィ悪い。僕の家は銀行家だろ、裕福な平民だって顧客なのさ。平民は使用人も雇えない、家族で料理も掃除も、繕い物もしなきゃならないのは知ってる」
「貴族のご令息なのに、お詳しいと思ったんです」
「……そうでしたのね」

 そういえばそうなのだということを、ようやく思い出した。
 平民は、家事と呼ばれる家周りのことも、身繕いや支度も全部自分でやらなければならないということを。

「話を戻すと、平民は卑しいというのが、一部驕り高ぶる貴族たちの常識さ。魔法が使える貴族のおかげで生かされているのだと」
「……そうとも言えるのでしょうね」

 生かしてやっていると、そんな大層なことを言うつもりはないけれど、実際のところ貴族が手を差し伸べて平民を助けているというのは間違いじゃない。

「だから、普通の平民なら、公爵令嬢に新しいものをくださると言われて――実際に言われたのは、そんな破れたものは捨ててしまえ新しいものを恵んでやる、って憐れまれたのだと考えるね」
「そんなつもりではなありませんわ!」
「そうだよ、君はそうなんだ。そういうところが僕は好きだよ」

 イワンはにこりと笑う。

「けれど、よく知らない高位の貴族から、突然新しいものを送ると言われて、それを素直に受け取れる平民はいないよ……そうだな……君がこの前夜会で使ったショール、あれ一つで平民の稼ぎの10年分くらいだって、知っているかい?」
「え!?」
「そうだな……君の感覚で言えば、皇家所有のパレス・ウィンカム、あれをまるごと領地ごと皇后陛下から賜るくらいの感じだろう」
「……!」
「少しはわかった?」
「え……ええ」

 そんなことがあったら、嬉しいよりも、驚きと困惑が大きい。
 皇后陛下は今でも未来でも、さほどミズリィに興味がないようだった。この後のことだけれど、皇太子妃としての教育を受けたときも、講師ばかりに任せて、同じ宮にいても行き帰りのお伺いしか対面できなかった。
 パレス・ウィンカムは皇后のお気に入りの別荘地だ。
 それを、いきなり賜るだなんて。

 スミレは、つまりそんな感覚だったということ。

「悪いことをしたわ……ごめんなさい」
「いいえ!とんでもありません!こちらこそ……」

 スミレは恐縮そうに頭を下げた。

「うん、僕が言いたいことは半分はわかってくれたね」
「半分なのね……」
「だって、もう君はいっぱいいっぱいって顔してる」

 悪い顔でイワンは笑って、さて、と言ってテーブルの上のベルを鳴らした。

 すぐに給仕が戻ってきて、その手にあるトレーには真っ白なポットとカップが載っていた。
 お湯を注ぎ入れ、それをイワンが見てあれやこれやと更になにか注文した。

「……不思議な香りね……」

 先程の手つかずで冷めてしまったティーのような飲み物もだが、香ばしい匂いがする。味は少し癖があるけれど、用意されていた黄色の四角いお菓子を小さく切って口に含むと、その舌に乗るまろやかさと甘さとお茶の香りが混ざり合ってとても美味しい。

「東洋のティーだってさ。今お菓子も用意してもらうよ」
「まあ、不思議な装飾のお店だと思ったら東洋趣味でしたのね」
「この不思議な感じが僕は最近気に入ってね、オデットも来たことがあるって言ってたよ」
「そうですの。今度皆様と来てみたいですわ」
「君はどうだい、スミレ。口には合ったかな」

 スミレは恐る恐る自分の目の前の取っ手のないカップを細い指で持ち上げて、そっと口をつけた。
 軽く目を見張るとおいしいです、とほうっと息をついた。

「じゃあ、お菓子を食べながら、本題に入ろうか」
「え、本題?」
「そうだよ、結局君がどうしたいかって、聞けていないしね」

 スミレと、どうなりたいか。

 イワンの話だと、さほど親しくもない貴族が平民に、とてもではないけれど受け取れないような物を無理矢理押し付けようとしたことになる。

 スミレは困ってしまった。そもそも、貴族にはあまり良い思いはないのだろう、ミズリィは学院でも指折りの貴族で、あの裏庭のときはいい印象はなかっただろう。
 それは、とても残念だと思った。

「わたくしは……」

 スミレをじっと見つめる。
 居心地が悪そうな彼女には悪いことをするかもしれない。
 けれど、心は決まった。

「――スミレ、もしあなたが良ければ、お友達になってくださらないかしら」
「え?……」

 せっかく彼女のほぐれた表情も、さっとまたこわばった。
 それは胸が痛い光景だけれど、ミズリィはどうしても、スミレと仲良くなりたかった。

「すぐには無理かもしれません。けれど、わたくしはあなたのことがもっと知りたいんですの」
「恐れ多いです。ペトーキオ様のご友人になど……」
「できれば、ミズリィと呼んでくださって」
「――」
「まったく、君は人を困らせる天才だったのか?」

 イワンが見かねて、口を挟んでくる。

「大貴族と平民。さっき説明したばかりだよね」
「ええ、わたくしなりに考えましたわ。気軽にお友達なんて、スミレには言えないだろうということくらいは分かっているつもりでしてよ」

 友達。イワンのように対等な人間関係を築こうとするには、平民のスミレには難しいのだろう。

「それでも、わたくしはあなたとお友達になりたいの」
「……どうしてです?私と友達になってもメリットは一つもありませんよ」

 少し眉を寄せて、初めて見るような顔でスミレは低めの声でそういった。

「メリットだなんて。わたくしはあなたのことが好きになってしまっただけですのに」

 ミズリィもちょっとむっとして、唇を尖らせた。
 こんなに好意を受け取ってもらえないのは初めてだ。
 新鮮な気持ちもあったけれど、こう何度も断られるとさすがにほんの少しは傷つくのだけれど。

 スミレは今度は茶色の目を丸くした。

 イワンが、突然笑い出す。

「はははっ、スミレ、君はすごいな!ミズリィを拗ねさせるなんて!」
「えっ、も、申し訳ありませんっ……」
「良くってよ。ほんのちょっと、ですもの」

 つん、と顎を上げると、ますますイワンが笑う。

「スミレ、君の負けだね。本当に心底嫌じゃなければミズリィと仲良くしてやってくれよ」

 もちろん僕ともね、とウインクして、彼はテーブルに残っていたお菓子を頬張った。

「……真面目な話、もうここまで関わってしまったんだ。明日からがちょっと怖いな」

「どういうことですの?」
「これこそたぶん、スミレがミズリィを拒否した本当の理由だろうけど。エヴァーラからスミレをかばって、一緒に帰ってしまったのを大勢に見られてる。噂は広まるよ、スミレがペトーキオ公爵令嬢に膝を折らせて――」
「わたくしが勝手にしたことですのよ!?」
「そう思うのは誰もいないって。ハンカチ一つ落としても誰かに取らせるはずのペトーキオ様が、平民ごときをかばってものを取って……どれだけすごい根も葉もある噂を聞くか、楽しみを通り越して怖いよ本当に」

 今更ながら、自分のしたことに青ざめてしまう。

 なんて馬鹿なのだろう。
 今まで、人を差別することなんて知りもしなかった。いや、知っているはずなのにまったく理解していなかったのだ。

 それが、こんな形でわかる日が来るなんて。
 自分が無意識に傷つけた人はきっと、たくさんいる。
 これが――きっと前世の失敗なのだ。

「ごめんなさい……本当に、なんてことをわたくしは……」
「いいえ、ミズリィ様」

 スミレはきっぱりと言った。
 俯きそうになっていたミズリィとは逆に、今までで一番真っ直ぐな目で、こちらを見つめていた。

「私が撒いた種です。もっとうまくエヴァーラ様にもミズリィ様にも、関わらない方法だってあったはずなんです」
「そんな……悲しいことを言わないで」
「すみません、でも、平民でなんの力もない私の精一杯の戦い方なんです。
 幸い私には魔力があり、今は貧しい家も、私が学院を卒業すればすぐに魔術師としての仕事ができる。家族を救うためになら、何でも我慢してやると、誓っていたんです。
 でも、駄目でした。今日じゃなくても、いつかこんなことは起こっていました。その時、私は耐えられていたか分かりません」

 一度目をつむって、スミレはにこりと笑う。毎朝クラスで挨拶をするときと変わらない。

「ミズリィ様に、裏庭であのときお声をかけていただいのは、きっと幸運でした。
 ほんの数時間で心変わりした不届者ですが、それでもお友達にしてくださいますか?」
「ええ、もちろんですわ!」

 嬉しかった。

 きっと誤解じゃない、ひとりよがりじゃない、友達になれたのだ、スミレと。

 前世では、ただのクラスメイトだった。毎朝ミズリィに一番に挨拶に来たのだって、ただの礼儀だった。それはペトーキオが特別ということで、それ以上の意味はなく、ミズリィはそれを、当たり前だと思っていた。
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