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グレオルは部屋に入って、しばらく人払いを命じた。
従者や衛兵が怯えるような表情をしていたので、よほど自分の顔がひどいらしい。
誰もいなくなった部屋で、思い切り壁を殴った。
ドっ!という音と主に、骨に響く痛み。
二度三度殴って、息を吐き出す。
言葉が出てこない。
怒りと、後悔、自己嫌悪で体の中がパンパンになっていて吐きそうだ。
(……何をした、俺は)
たった一言、好きだと言われてその気になって、デイルを犯した。
ここでグレオルは思い違いをしていた。
彼にとって自分は敵だ。ただの好きな男ではない。
好きだという一言ですらくれたのは、彼の意志じゃない、薬でおかしくなっていたからだ。
薬漬けで男に犯され、途中で少しばかり正気になったのだろう彼が、自殺しようと思いついたのも頷ける。
どんな状況かも分からない上に、自分が正気を失う恐怖。敵の前で何か決定的な失敗をする前に、永遠に口をつぐんでしまえば、大切なものを守れる。
(それを――!)
デイルに全く思いもしなかった女性の影があったというだけで、嫉妬にかられて、何度も執拗に抱いた。
自分の思いだけ押し通して、なにひとつデイルを慮ってやらなかった。
(汚らわしい)
彼の国以上に、醜悪なのは自分だ。
レイリーが逆恨みかと聞いたのは、さすがだ。
副官は何でもお見通しだ。
自分への憎悪で、カディラルへ侵攻しようとしている。
それがいいことなわけがない。ただ、大義名分は揃ってしまっている。
せめて。
彼の大事なものを取り戻してやることしか、今は贖罪を思いつかない。
じっとしていられず、部屋の中を歩き回っていると、急に扉が開いた。
「入室を許可していない」
岩も貫きそうなグレオルの眼光に一切動じず、レイリーはさっと扉を閉めた。
「考える時間はあったはずですが?」
「ああ、まったく、足りない」
「そうですか」
いつもの硬い表情で、レイリーはソファーに座った。
「カディラルへの虚偽報告は今城から出ました。これから計画の変更と、間諜の説得を同時に進めます。どなたか文官と騎士を貸してくれませんか、デイルにつけます」
「……お前は、いつも冷静だな」
「主従二人で頭に血を上げていられないでしょう。貴方が無駄な時間を過ごしている間に、私が処理しなければ」
「あれを聞いて何も思わないのか!」
「思うに決まってる」
ふと顔を上げたレイリーの目は、怒りに染まっていっそ温度がなかった。グレオルすら、圧倒され、無意識に息を呑んだ。
「言っておくが、ずっとお前にも怒っている、グレオル」
「……悪かった」
何も言えず、ありきたりに謝るしか出来ない。それでもすっといつもの顔に戻ったレイリーは、手にしていた紙束をローテーブルに並べ始めた。
「謝る暇があるなら、動いてください。時間がないのは変わりません」
「……どうしてそう、冷静になれるんだ?」
たまに、自分とは違う生き物のように見える幼馴染。
今はうらやましくてしかたがない。彼の言う通り、グレオルは今無意味に歩き回っていただけだ。無駄な時間。
ふっと、レイリーは吐息で笑った。
「貴方がそういうひどい顔で何も手につけず歩き回るような主君だからです」
「……おい」
「私だってそうしたいのは山々ですが、情けない王太子を見ているとそんな場合ではないと急き立てられます。なので、カディラルを攻め滅ぼしたいなと思っている暇もないのです」
「……俺よりもっとひどいことを言っていないか?」
「現実的な作戦まで立てていません。時間がなかったので。こちら、侵攻計画書です。これをもとに、国王陛下へまずはご報告を」
「は、」
いつの間に。
当たり前だと言わんばかりに、レイリーは分厚い紙束をグレオルに突き出した。
「何年貴方の幼馴染をやっているとお思いですか」
従者や衛兵が怯えるような表情をしていたので、よほど自分の顔がひどいらしい。
誰もいなくなった部屋で、思い切り壁を殴った。
ドっ!という音と主に、骨に響く痛み。
二度三度殴って、息を吐き出す。
言葉が出てこない。
怒りと、後悔、自己嫌悪で体の中がパンパンになっていて吐きそうだ。
(……何をした、俺は)
たった一言、好きだと言われてその気になって、デイルを犯した。
ここでグレオルは思い違いをしていた。
彼にとって自分は敵だ。ただの好きな男ではない。
好きだという一言ですらくれたのは、彼の意志じゃない、薬でおかしくなっていたからだ。
薬漬けで男に犯され、途中で少しばかり正気になったのだろう彼が、自殺しようと思いついたのも頷ける。
どんな状況かも分からない上に、自分が正気を失う恐怖。敵の前で何か決定的な失敗をする前に、永遠に口をつぐんでしまえば、大切なものを守れる。
(それを――!)
デイルに全く思いもしなかった女性の影があったというだけで、嫉妬にかられて、何度も執拗に抱いた。
自分の思いだけ押し通して、なにひとつデイルを慮ってやらなかった。
(汚らわしい)
彼の国以上に、醜悪なのは自分だ。
レイリーが逆恨みかと聞いたのは、さすがだ。
副官は何でもお見通しだ。
自分への憎悪で、カディラルへ侵攻しようとしている。
それがいいことなわけがない。ただ、大義名分は揃ってしまっている。
せめて。
彼の大事なものを取り戻してやることしか、今は贖罪を思いつかない。
じっとしていられず、部屋の中を歩き回っていると、急に扉が開いた。
「入室を許可していない」
岩も貫きそうなグレオルの眼光に一切動じず、レイリーはさっと扉を閉めた。
「考える時間はあったはずですが?」
「ああ、まったく、足りない」
「そうですか」
いつもの硬い表情で、レイリーはソファーに座った。
「カディラルへの虚偽報告は今城から出ました。これから計画の変更と、間諜の説得を同時に進めます。どなたか文官と騎士を貸してくれませんか、デイルにつけます」
「……お前は、いつも冷静だな」
「主従二人で頭に血を上げていられないでしょう。貴方が無駄な時間を過ごしている間に、私が処理しなければ」
「あれを聞いて何も思わないのか!」
「思うに決まってる」
ふと顔を上げたレイリーの目は、怒りに染まっていっそ温度がなかった。グレオルすら、圧倒され、無意識に息を呑んだ。
「言っておくが、ずっとお前にも怒っている、グレオル」
「……悪かった」
何も言えず、ありきたりに謝るしか出来ない。それでもすっといつもの顔に戻ったレイリーは、手にしていた紙束をローテーブルに並べ始めた。
「謝る暇があるなら、動いてください。時間がないのは変わりません」
「……どうしてそう、冷静になれるんだ?」
たまに、自分とは違う生き物のように見える幼馴染。
今はうらやましくてしかたがない。彼の言う通り、グレオルは今無意味に歩き回っていただけだ。無駄な時間。
ふっと、レイリーは吐息で笑った。
「貴方がそういうひどい顔で何も手につけず歩き回るような主君だからです」
「……おい」
「私だってそうしたいのは山々ですが、情けない王太子を見ているとそんな場合ではないと急き立てられます。なので、カディラルを攻め滅ぼしたいなと思っている暇もないのです」
「……俺よりもっとひどいことを言っていないか?」
「現実的な作戦まで立てていません。時間がなかったので。こちら、侵攻計画書です。これをもとに、国王陛下へまずはご報告を」
「は、」
いつの間に。
当たり前だと言わんばかりに、レイリーは分厚い紙束をグレオルに突き出した。
「何年貴方の幼馴染をやっているとお思いですか」
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