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第一章
第三話 同期
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「お前、新入社員か?」
二、三分ほど経過して、ようやく痛みが引いてきたのだろう。男は怒りを隠すことなく問いかけた。
「……はい。今日入社の青柳聖也と申します」
自分がやらかしてしまったことに対する罪悪感から、震えた声で答えた。
彼は二十代半ばの長髪の男だった。釣り上がった鋭い目付き。細身ながら肩幅のある体にピシッとしたスーツ姿。身長は俺より少し高い。百八十はあるだろうか
この人が俺と同じ部署の先輩になったらどうしよう。
入社初日に先輩社員を扉で打った新人として不名誉なスタートを切るのは間違いない。
「お前、ホテル経験者か?」
名乗ったにも関わらず「お前」と呼び続ける男。相当怒っていることがわかる。
俺が肯定すると、男は大きくため息をついた。
「ホテル業やってりゃわかるだろ。常に周囲には細心の注意を払うべきだ。俺がもし客だったらお前、即刻クビだぞ」
間違いない。
これは明らかに俺の不注意から起こった過失だ。なんなら今すぐ帰れと言われてもおかしくない。
「本当に申し訳ありませんでした」
再度深く頭を下げた。
俺は今まで何をしてきたんだ。自分の能力に自惚れて浮かれていたとしか言いようがない。
「ったくよ。こんな奴と同じ部署とか勘弁してほしいもんだな」
言いたい放題な彼の言葉をただただ受け入れる。
しかも彼の言葉からして、同じ部署に配属されるのだろう。俺も勘弁してほしい。靴磨きでも皿洗いでも何でもするから他の部署に異動させてはくれないだろうか。
俺が弱気になっていたその時、新たな声が聞こえてきた。
「あー、見つけた! 二人とも、こんな所で何をしてるの? オフィスに来てって書いてたでしょ」
高く透き通る女性の声に引かれるように顔を上げる。
最初に目に入ったのは、大きく張った胸元だった。
白いブラウスとスーツのように真っ黒な制服がサイズ感を無視してピチピチに張っている。
まずい、と思い咄嗟に目線を持ち上げる。
メリハリのある目鼻立ち。細く自然な眉。ふっくらとした唇。それらのパーツが形の良い輪郭に綺麗に並んでいる。有り体に言えば、美人でスタイルの良い女性だった。
「青柳聖也くん」
心地のよい声に思わず背筋が伸び、有り余った気力を吐き出すような返事をした。
大き過ぎた声が廊下に反響し、女性は困ったように笑った。
「元気なのは良い事だけど、そこまで気を張らなくていいわよ」
「す、すみません」
恥ずかしい。社会人一年目じゃないんだから、元気の良さなんて求められてはいないのだ。
女性は先程まで俺に文句を垂れていた男に目を向ける。
「じゃあ君が赤井漣くんね」
「……はい」
頭に疑問符が浮かぶ。
何故この男も名前を確認されているんだ?
その答えはすぐに彼女から齎された。
「よし。じゃあ、新入社員の説明会をするからついて来てね」
もしかしてこの男……。
赤井と呼ばれた男に目を向ける。赤井は明らかに俺から目を逸らした。
「お前、新入社員か?」
先程赤井に投げかけられた質問をそのままぶつける。
「だ、だったらなんだよ」
赤井は明らかに動揺しつつ、ぶっきらぼうに答えた。
この野郎。俺はてっきり先輩の頭を扉で殴ってしまったと思っていたが、どうやら違ったらしい。
こいつも俺と同じ、今日入社の同期になる男だったのだ。
先程までの会話を思い出し、だんだんと怒りが湧き上がってきた。
「お前さっき先輩面してたよな?」
「してないが。お前が勝手に勘違いしただけだろ」
「いいや、明らかにしてたね。俺が新入社員か確認したのもその為だったんじゃないのか」
「だとしてもお前が俺に怪我を負わせた事実は変わんねえだろ!」
「変わるね。そもそもお前があんな場所にぼーっと突っ立ってたのが悪いんだ」
「なんだと?」
「やるか?」
「ちょっと、なんで喧嘩してるの! 早く来なさい!」
一触即発のタイミングで女性の声が介入し、俺たちは掴んだ胸ぐらから手を離す。
舌打ちを交えて睨み合っていると、女性からさらに催促の声が届く。
果たしてこの職場で上手くやっていけるのか。
そんな不安がさらに押し寄せることになった。
二、三分ほど経過して、ようやく痛みが引いてきたのだろう。男は怒りを隠すことなく問いかけた。
「……はい。今日入社の青柳聖也と申します」
自分がやらかしてしまったことに対する罪悪感から、震えた声で答えた。
彼は二十代半ばの長髪の男だった。釣り上がった鋭い目付き。細身ながら肩幅のある体にピシッとしたスーツ姿。身長は俺より少し高い。百八十はあるだろうか
この人が俺と同じ部署の先輩になったらどうしよう。
入社初日に先輩社員を扉で打った新人として不名誉なスタートを切るのは間違いない。
「お前、ホテル経験者か?」
名乗ったにも関わらず「お前」と呼び続ける男。相当怒っていることがわかる。
俺が肯定すると、男は大きくため息をついた。
「ホテル業やってりゃわかるだろ。常に周囲には細心の注意を払うべきだ。俺がもし客だったらお前、即刻クビだぞ」
間違いない。
これは明らかに俺の不注意から起こった過失だ。なんなら今すぐ帰れと言われてもおかしくない。
「本当に申し訳ありませんでした」
再度深く頭を下げた。
俺は今まで何をしてきたんだ。自分の能力に自惚れて浮かれていたとしか言いようがない。
「ったくよ。こんな奴と同じ部署とか勘弁してほしいもんだな」
言いたい放題な彼の言葉をただただ受け入れる。
しかも彼の言葉からして、同じ部署に配属されるのだろう。俺も勘弁してほしい。靴磨きでも皿洗いでも何でもするから他の部署に異動させてはくれないだろうか。
俺が弱気になっていたその時、新たな声が聞こえてきた。
「あー、見つけた! 二人とも、こんな所で何をしてるの? オフィスに来てって書いてたでしょ」
高く透き通る女性の声に引かれるように顔を上げる。
最初に目に入ったのは、大きく張った胸元だった。
白いブラウスとスーツのように真っ黒な制服がサイズ感を無視してピチピチに張っている。
まずい、と思い咄嗟に目線を持ち上げる。
メリハリのある目鼻立ち。細く自然な眉。ふっくらとした唇。それらのパーツが形の良い輪郭に綺麗に並んでいる。有り体に言えば、美人でスタイルの良い女性だった。
「青柳聖也くん」
心地のよい声に思わず背筋が伸び、有り余った気力を吐き出すような返事をした。
大き過ぎた声が廊下に反響し、女性は困ったように笑った。
「元気なのは良い事だけど、そこまで気を張らなくていいわよ」
「す、すみません」
恥ずかしい。社会人一年目じゃないんだから、元気の良さなんて求められてはいないのだ。
女性は先程まで俺に文句を垂れていた男に目を向ける。
「じゃあ君が赤井漣くんね」
「……はい」
頭に疑問符が浮かぶ。
何故この男も名前を確認されているんだ?
その答えはすぐに彼女から齎された。
「よし。じゃあ、新入社員の説明会をするからついて来てね」
もしかしてこの男……。
赤井と呼ばれた男に目を向ける。赤井は明らかに俺から目を逸らした。
「お前、新入社員か?」
先程赤井に投げかけられた質問をそのままぶつける。
「だ、だったらなんだよ」
赤井は明らかに動揺しつつ、ぶっきらぼうに答えた。
この野郎。俺はてっきり先輩の頭を扉で殴ってしまったと思っていたが、どうやら違ったらしい。
こいつも俺と同じ、今日入社の同期になる男だったのだ。
先程までの会話を思い出し、だんだんと怒りが湧き上がってきた。
「お前さっき先輩面してたよな?」
「してないが。お前が勝手に勘違いしただけだろ」
「いいや、明らかにしてたね。俺が新入社員か確認したのもその為だったんじゃないのか」
「だとしてもお前が俺に怪我を負わせた事実は変わんねえだろ!」
「変わるね。そもそもお前があんな場所にぼーっと突っ立ってたのが悪いんだ」
「なんだと?」
「やるか?」
「ちょっと、なんで喧嘩してるの! 早く来なさい!」
一触即発のタイミングで女性の声が介入し、俺たちは掴んだ胸ぐらから手を離す。
舌打ちを交えて睨み合っていると、女性からさらに催促の声が届く。
果たしてこの職場で上手くやっていけるのか。
そんな不安がさらに押し寄せることになった。
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