上 下
56 / 58
運び屋『兎』の帰宅

幕後 お仕事を終えて

しおりを挟む
 自分の住む街に戻ってきたユウヒ。
城門前でカバから降りると、カバにお礼を言って召喚を解除した。
警備にあたる警備兵達に挨拶しながら、街中へ歩く。

 報告する必要がある領主邸宅や商業ギルドには向かわず、街中の露天で花を買ってさらにテクテクと歩いていく。

 進んでいった先は墓地だった。

 墓地に着くと、慣れた様子で奥に進み、一つの墓の前に立ち止まる。
花をそえると、ユウヒはその墓の前に座り込んだ。

「アサヒ、生きてたよ」

 ポツリとつぶやくユウヒ。
墓に眠るのはユウヒとアサヒの両親だ。
借金返済のためにユウヒは運び屋の仕事を選んだが、高額の運び屋など需要は高が知れている。
二人で運び屋をやるより早く稼ぎたかったアサヒは別の手段として傭兵という仕事を選んでいたのだった。
傭兵としての仕事を求め、家を出ていったアサヒとは数年会えていなかったのである。

「ムーンも元気だった」

 ユウヒはポツポツと墓に話しかける。
ぴょこんと頭を出してプスプスと話しかけに兎も加わる。
ユウヒの契約している召喚獣と、アサヒの契約している狼は契約を譲り受けたものだった。
元の契約主は、この墓に眠るユウヒの母だ。

「よかったあ」

 大きなため息と共に言葉を吐き出すユウヒ。
病に倒れた母と、治すために全てを注ぎ込んで倒れた父。
今やアサヒは、ユウヒにとってたった一人の肉親であり分身である。
彼の無事を信じていたが、ずっと心配しているのだった。

「あれれ」

 溜まっていた心配が水滴としてあふれ、こぼれる。
何度も拭うが、止まらない。
その様子を見て、兎がぷすぷすとユウヒを鼻先でつついた。

「アリス、大丈夫。アサヒも大丈夫だったね」

 河馬・梟・亀はユウヒが受けつぎ、狼はアサヒが受け継いだ。
兎に関しては、二人で受け継いでいる。

兎との契約は常に家族と一緒にいること。
一緒にいる対象はユウヒだけではなく、兎が家族とみなしている者。
この世の中で兎が家族とみなしていたのは4人いたが、今では半分になっていた。

 落ち着くまでしばらくの間、ひとしきりその場で涙を流すユウヒ。
兎もその横でユウヒに寄り添うように体をつけて座っている。
涙が止まり、乾くまでの間そこでじっとしていた。

 しばらくして、ふっと顔を上げて立ち上がるユウヒ。

「今度はアサヒとこれるといいな」

 墓に声をかけて、その場を立ち去っていった。


 墓地を出て、今度は領主邸宅に向かうユウヒ。
門に到着すると、門番と挨拶を交わす。

「こんにちは」
「怪しいものはいないな、通ってよし」

 お互い笑い合って門を通してもらうユウヒ。
以前梟に催眠術をかけられて通してしまった門番ともこの通り軽口を叩ける関係になっていた。

 そのまま邸宅内に入るとメイドの案内で、まずは領主の執務室に向かう。
そこには領主と、以前海中に取り残された女商人がいてユウヒを出迎えた。

「おお、兎、無事だったか」
「ユウヒ、大丈夫だった?」

 女商人は勢いよくユウヒに抱きつき涙ぐむ。

「大丈夫だよ、心配性だなあ、お姉さんは」

 それをみながら領主はユウヒに問いかけた。

「どうだった、容疑は晴れたか」
「あ、多分大丈夫です」
「スムーズに解放されたのならもっと早く帰ってくるだろう? 何があった?」

 領主に聞かれて隣街で起きたことを一通り話すユウヒ。

 森を荒らした件は問題ないこと。
荒らしたところを綺麗にしながら山小屋に兵士達を送り届けたこと。
山小屋には以前女商人を海底に沈めた男と、隣街の領主夫人に薬を届けていた商人がいたこと。
ゴリラのゴーレムがいたが、山賊っぽい人たちを捕まえたこと。
アサヒがいたこと。

 相変わらず要領を得ない会話を二人が辛抱強く聞き出して、一通りの内容を聞いた。
そしてその上で、領主はユウヒに向かって軽く頭を下げる。
合わせて女商人も頭を下げた。

「すまんな、容疑を晴らしてもらうだけのつもりが、色々と助けてもらったようだ」
「船を沈めた連中を捕まえてくれたのね。薬をこれから広めていくのに助かるわ」
「お仕事しただけだから大丈夫。アサヒにも会えたし」

 二人が言葉を聞いて顔を上げると、ユウヒが軽く微笑む様子が見てとれた。
その様子を見た女商人が微笑みながら話しかける。

「兄妹なのね、よかったわね」
「うん、ムーンにも会えたし、いろいろ嬉しかったよ」
「ムーン?」
「アサヒの召喚獣。銀月狼」
「ムーンウルフってまたすごいのを召喚獣にしてるのね」
「うん、ムーンはすごくかっこいいんだよ」

 今度こそ笑顔で話すユウヒに領主が話す。

「こんな風に笑えるのだな。よかったな、兄妹と会えて」
「はい」
「アサヒ、だったか?彼はどうするのだ?」
「隣街に傭兵の報酬もらいにいくみたいです。仕事があるといいなあ」
「隣街も人手は足りてないだろうし、仕事は見つけられそうだが。もし仕事がなくてこちらの街に来たのであれば、私のところにくるように伝えてくれ」
「お仕事くれるんですか?」
「商隊の護衛とか、いくらでも仕事はあるからな」
「わかりました。アサヒにあったら言っておきますね」

 珍しく元気よく答えたユウヒに、領主は言いにくそうに追加の頼みを切り出そうとした。

「それと、もう一つ頼みたいことがあ」

 その言葉を言い終わるか否かの時に、ドアが荒々しくノックされた。

「お父様! ユウヒが帰ってきているのですよね!」
「あー、入りなさ」
「失礼します!」

 領主が入室の許可を出し切る前に食い気味にドアを開ける領主令嬢。
先ほどユウヒを執務室まで案内したメイドに手を引かれながら、中に入ってくると声を上げた。

「ユウヒ、無事ですか!?」
「あ、大丈夫だよ、ほら」

 ユウヒから令嬢に近づいていき、令嬢の手を取った。
令嬢はユウヒの体をペタペタとさわり無事を確認する。

「よかったですわ……容疑者として隣街に運ばれてしまったと聞いて不安でしょうがなかったんですの」
「あ、うん、あってるかな」

 運んだのが自分自身だが、文字面としてはあっている。
涙ぐむ令嬢を目の前にして、ユウヒから令嬢に話しかけた。

「心配させちゃったかな?」
「当たり前ですわ! 友達ですもの!」
「そっか、そうだね。友達だもんね。心配かけてごめん」
「いいですわ、いいですわ。無事だったんですもの」

 二人がお互いを思い、声を掛け合うシーンの横では、必死に声を抑えながら号泣する領主とそれにそっとハンカチを差し出す女商人の姿があった。

 令嬢との再会、領主への報告を終えて、領主執務室を退去するユウヒ。

「また来てくださいね」
「ああ、今度は仕事じゃなくてな」
「また商業ギルドに行くからその時にお話ししましょう」

 令嬢と領主、女商人の3人に見送られて執務室を後にするユウヒ。
ユウヒの顔には笑顔が浮かんでいた。


 ユウヒは領収邸宅を出ると、今度は真っ直ぐに商業ギルドに帰る。

 商業ギルドのロビーでは、容疑者として隣街に行ってしまったユウヒの身を案じ帰りを待つギルド長や受付嬢、顔見知り達の商人の姿があった。
城門で挨拶をした衛兵がいち早く商業ギルドにユウヒの帰還を知らせていたため、今か今かと帰りを待っているのだった。

 そんな風に待たれていると露とも知らないユウヒが商業ギルドのドアを勢いよく開けた。
ロビーにいるみんなの視線が集まる。

「ただいま」

 ユウヒの声は、商業ギルド内の歓声にかき消された。
そんな中、受付嬢がユウヒに駆け寄る。

「ユウヒ、大丈夫なの!」
「大丈夫だって言ったじゃん」
「あなたの大丈夫は、信用できないのよう」

 その場で泣き崩れる受付嬢の背中を大丈夫と言いながらたたくユウヒ。
ギルド長もユウヒに声をかける。

「大丈夫だったかい?」
「うん、大丈夫。あ、アサヒと会ったよ」
「なんだって! 本当かい? 無事だった?」
「うん、元気だった。お父さんとお母さんにもさっき話してきたよ」
「そうか、よかった」

 遠い目をするギルド長。
妻を救うために命も含めて全てを投げ打った昔の友人に思いを馳せる。
ギルド長が友と約束した双子の無事を見守ることは、飛び出していってしまったアサヒについては約束を果たせていない。
アサヒの消息はずっと気がかりだったのだ。

「よかったな、アサヒも無事で」
「うん、よかった。借金返せたら、一緒に運び屋やるって約束してきたよ」
「そうか、それはよかったな」

 その一言を絞り出してギルド長も喋れなくなってしまう。
泣き崩れる受付嬢と言葉が出ないギルド長に、もう一度ユウヒが声をかけた。

「大丈夫だよ、ただいま」

 二人は涙ながらにユウヒに頷き返すのであった。


 ひとしきり商業ギルドの受付で話した後、自室に戻ったユウヒはベッドに身を投げ出した。

 カバや梟、亀に兎。
友達と一緒に運び屋のお仕事での配送履歴を思い出す。

「いろんなお仕事やったな」

 人も手紙も空気も運んだ。
ついにはアサヒとも会えた。
運び屋の仕事にとても満足感を感じていた。

「これからも、いろんなものを運びたいな」

 呟いて、目を閉じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私の愛した召喚獣

Azanasi
ファンタジー
アルメニア王国の貴族は召喚獣を従者として使うのがしきたりだった。 15歳になると召喚に必要な召喚球をもらい、召喚獣を召喚するアメリアの召喚した召喚獣はフェンリルだった。 実はそのフェンリルは現代社会で勤務中に死亡した久志と言う人間だった、久志は女神の指令を受けてアメリアの召喚獣へとさせられたのだった。 腐敗した世界を正しき方向に導けるのかはたまた破滅目と導くのか世界のカウントダウンは静かに始まるのだった。 ※途中で方針転換してしまいタイトルと内容がちょっと合わなく成りつつありますがここまで来てタイトルを変えるのも何ですので、?と思われるかも知れませんがご了承下さい。 注)4章以前の文書に誤字&脱字が多数散見している模様です、現在、修正中ですので今暫くご容赦下さい。

異世界八険伝

AW
ファンタジー
これは単なる異世界転移小説ではない!感涙を求める人へ贈るファンタジーだ! 突然、異世界召喚された僕は、12歳銀髪碧眼の美少女勇者に。13歳のお姫様、14歳の美少女メイド、11歳のエルフっ娘……可愛い仲間たち【挿絵あり】と一緒に世界を救う旅に出る!笑いあり、感動ありの王道冒険物語をどうぞお楽しみあれ!

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

異世界に行けるようになったんだが自宅に令嬢を持ち帰ってしまった件

シュミ
ファンタジー
高二である天音 旬はある日、女神によって異世界と現実世界を行き来できるようになった。 旬が異世界から現実世界に帰る直前に転びそうな少女を助けた結果、旬の自宅にその少女を持ち帰ってしまった。その少女はリーシャ・ミリセントと名乗り、王子に婚約破棄されたと話し───!?

固有スキルガチャで最底辺からの大逆転だモ~モンスターのスキルを使えるようになった俺のお気楽ダンジョンライフ~

うみ
ファンタジー
 恵まれない固有スキルを持って生まれたクラウディオだったが、一人、ダンジョンの一階層で宝箱を漁ることで生計を立てていた。  いつものように一階層を探索していたところ、弱い癖に探索者を続けている彼の態度が気に入らない探索者によって深層に飛ばされてしまう。  モンスターに襲われ絶体絶命のピンチに機転を利かせて切り抜けるも、ただの雑魚モンスター一匹を倒したに過ぎなかった。  そこで、クラウディオは固有スキルを入れ替えるアイテムを手に入れ、大逆転。  モンスターの力を吸収できるようになった彼は深層から無事帰還することができた。  その後、彼と同じように深層に転移した探索者の手助けをしたり、彼を深層に飛ばした探索者にお灸をすえたり、と彼の生活が一変する。  稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。 『箱を開けるモ』 「餌は待てと言ってるだろうに」  とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。

天満堂へようこそ 5

浅井 ことは
キャラ文芸
♪¨̮⑅*⋆。˚✩.*・゚ 寂れた商店街から発展を遂げ、今やTVでCMも流れるほどに有名になった天満堂薬店。 その薬は人間のお客様は、天満堂薬店まで。 人外の方はご予約の日に、本社横「BAR TENMAN」までお越しください。 どんなお薬でもお作りします。 ※材料高価買取 ※口外禁止 ※現金のみ取り扱い(日本円のみ可) ※その他診察も致します ♪¨̮⑅*⋆。˚✩.*・゚

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

三度の飯より犬好きな悪役令嬢は辺境で犬とスローライフがしたい

平山和人
恋愛
名門貴族であるコーネリア家の一人娘、クロエは容姿端麗、文武両道な才女として名を馳せている。 そんな彼女の秘密は大の犬好き。しかし、コーネリア家の令嬢として相応しい人物になるべく、その事は周囲には秘密にしている。 そんなある日、クロエに第一王子ラインハルトとの婚約話が持ち上がる。王子と婚約してしまったら犬と遊ぶ時間が無くなってしまう。 そう危惧したクロエはなんとしても婚約を破棄し、今まで通り犬を飼える立場になろうと企む。

処理中です...