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配送履歴#5 配達物『容疑者』

第29話 無実を証明する情報提供

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 隣街領主邸宅の塀沿いにある告知版前には人が群がっていた。
告知版は領主が何かを伝えたい時に触れ紙を貼って置く場所である。
現在は流行病に効く薬の報奨金についての触れ紙が貼ってあるくらいだ。

 衛兵が新しい告知があることを街中に大声で伝え、今まさに告知が貼られようとしている。
街の住人達は、興味津々といった感じで告知版を見守る中、衛兵の手によって貼られた紙にはこのように書かれていた。

『山賊についての情報提供求む。ゴブリン、クラッシュヒポポタマスの使役者などについての情報については特別支給も行う』

 領主名義でなされた告知に住民達はざわつく。

「山賊退治についに領主様が乗り出したのか」
「あんな山の中通る物好きなんて放っておけばいいのにねえ」
「山賊が魔物を使うってのは聞いたことがないな」
「山にはしばらく行かないほうがいいかもしれないねえ」

 口々に触れ紙や山賊についての言葉を交わす住民達。
そこにある兄妹が通りかかった。

「お兄ちゃん、新しいお触れが出てるみたいだよ」
「そうか、何のお触れだろうな」

 山小屋で助けられた兄妹である。
妹救出後、何とか工面したお金を配達代金として支払って住んでいるこの街に帰ってきていたのであった。

 人混みの外から告知版にお触れが出ているのをみた兄妹は、人をかき分けるようにして告知版に近づくとお触れを読む。

「えーと、なになに? 山賊の情報提供か。ゴブリンとクラッシュヒポポタマスの使役者?」
「ねえ、お兄ちゃん、これって」
「どうだろう、山賊が使っているのかもしれない」
「でも、略奪はともかく、森を荒らしている、って」

 瞬間、先日のカバ体験が二人の脳裏によぎる。

「……」
「……」

 鳥肌が立ち、ゾッとする二人は無言で自身の体を触り抱える。
その様子をお互いみて、同じ思い出を共有していたことを確かめるとぽつりと呟いた。

「荒らしてたな」
「うん、荒らしてた」

 少しフリーズ気味の二人だったが、兄が何とか立ち直り会話を再開する。

「ゴ、ゴブリンに襲われたのももしかしたら山賊の仕業かもしれない」
「そ、そうだねお兄ちゃん、カバ荒らしてたよね」

 お互いの顔を見合わせる兄妹。
おそらくカバはあの運び屋のことであろうことは二人とも容易に想像がついた。
そしてそのことを報告することで報酬を手に入れられることにも気づいてしまった。
しかし、兄は恩人でもある運び屋を密告することに良心を痛めている。

「領主様のところに報告に行くか……助けてもらったしやめた方がいいかな」
「うん、でも運び屋さんが山賊じゃないってことを説明しないと」
「! そうか、その通りだ。決して報奨金が欲しいわけじゃないよな」
「そうだよ、お兄ちゃん。お金に目が眩んで恩人を売るわけじゃない」

 兄の良心が揺らぐ。

「ぐっ、いやユウヒの無実を証明するためにだな」
「私たちの金欠が運び屋さんのせいなんて思わないわ!」
「そうだな、行こう! ユウヒの無実を証明するために!」
「行こう!」

 ユウヒの無実を晴らすため、そしてユウヒに支払った金貨五十枚を少しでも回収するために、兄妹は領主邸宅の入り口に向かうことを決めた。


 告知板は領主邸宅の壁近くにあるため、そのまま壁沿いにぐるっと回るとすぐに領主邸の門に着く。
兄が門番に声をかける。

「あの、山賊の情報についてなんですが」
「さっき告知出たやつについてか? 早いな。どんな情報だ?」
「ゴブリンはわからないですが、クラッシュヒポポタマスの使役者については心当たりがあります」
「ほう、それは貴重な情報だな。しかし何でそれを知っているのだ?」

 門番に問われ、言葉に詰まる兄。
あたりには同じように情報提供して小金をせしめようとする人々が増え始めていた。
門番は情報提供者をふるいにかける役目も持っているのだ。

 しかし競争相手が増える様子を見て一刻を争うと考えた妹が発言する。

「私たち、カバに乗ったことがあるんです」
「クラッシュヒポポタマスに? 乗る? 正気か?」

 門番の認識では断じて騎乗用ではなく、暴れ回り周りを踏み潰していく災害の一種である。
あまりに正しい認識に裏打ちされた門番の発言に言葉を詰まらせる妹。
彼女の脳裏に命綱無しの爆走カバ体験がよぎり、体からは汗が出て震えだす。
妹の体を支えて兄が門番に話した。

「正気じゃない」
「?」
「じゃなかった、乗っていた人に乗せられたんです」
「使役者にか!? その怯え様……嘘ではない様だな」
「はい、嘘ではありません」
「嫌なことを思いださせた様ですまない」
「い、いえ、大丈夫、大丈夫です」
「領主様は山賊退治に尽力してくださる。中に入って詳しく教えてくれ」

 言うと門番は中に通して、邸宅の離れに二人を案内する。
離れに向かう途中にも門番は二人に話しかける。

「アレに乗せるとは拷問だな。山賊も酷いことをするものだ」
「はい、いえ、はい」

 拷問だと思ったが、山賊ではない、酷い。
説明をうまくできずによくわからない相槌を打つ兄を連れて、離れにある会議用の小さな個室に案内した。

「ここで待ってくれ。情報を聞く者が間もなくくるはずだ」

 二人を椅子に座らせると、門番はその部屋を出ていく。
兄妹は顔を見合わせて話す。

「なんかユウヒを山賊扱いで説明しちゃったか?」
「仕方ないわよ、情報伝える人に説明しなおせば大丈夫! な、はずよ」

 嘘をついているつもりはない兄妹。
部屋に入ってくる情報を聞く人に今度こそはちゃんと伝えようと二人でうなずきあった。
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