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番外編

ミラとマイア

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「シリウス名誉教授」
「ん?」

 朝、いつも通りアルファルドとアカデミアの回廊を歩いてたら、背後から声をかけられた。
 ピタッと止まって振り返ると、そこには群青色のストレートヘアが綺麗な美少女がいた。

 うわっ、マ……、マイア!

「シリウス名誉教授。お話がありますわ……、少しよろしいかしら?」

 アカデミアの制服に身を包んだマイアはやっぱり美人さんで、教材片手に持ちながらなんだか真剣な顔をして離れた場所に立ってる私を見てた。

「…アトリクス、行くのか?」

 同じく隣で立ち止まったアルファルドが、警戒しながら私を見下ろしてる。

「ん? うん……ちょっと、行って来るな」
「…だが……」
「大丈夫だ。心配いらない」

 アルファルドを見上げて、いつも通りニコッと笑った。
 まぁ、正直な話……行きたくない。
 でも、マイアとはいずれ話さないといけないことはわかってた。

 それでもアルファルドは心配そうな顔で、私の頬に片手を伸ばして触れてくれる。

「すぐに戻るから、先に行っててくれ」

 添えられたアルファルドの手に自分の手を重ねた。アルファルドって心配症だよね。私がマイアと一緒にいたからって、何かある訳でもないのに……
 でも、こうして心配されることが嬉しい。
 
「…あぁ。早めに戻って来い」
「うん。わかった」

 アルファルドが名残り惜しそうに私から離れて、私はマイアに向き合った。

「場所を移しましょう」
「あぁ」

 二人で回廊から庭園の方へと場所を移した。








 ここは、男時代アトリクスの時にもマイアと話した場所。
 庭園の奥の方で、針葉樹が並ぶ白いレンガ道に近い場所だった。
 マイアとの会話は危険だからね。
 一応周りに誰かいないか、辺り一帯を気配探査を張り巡らせる。ひとまず大丈夫かな。

 立ち止まったマイアが真剣な顔で振り返った。

「……で? 俺に話ってなんだ?」

 私も立ち止まって腕組んだままマイアに視線を移した。

「……以前と同じ質問を貴女にいたしますわ。貴女は……、わたくしの従姉妹いとこのミラなんでしょ? 呪いの解けた貴女は、正しくミラですもの」

 まぁ、そうなるよね。
 こんなのは想定内だよ。
 
「以前にも言ったが、俺は関係ないな」
「どうしてですの?! 絶対に貴女はミラだわっ!」

 拳を握りしめて断言するマイア。
 必死に話してるマイアのエメラルドグリーンの瞳は、真っ直ぐ私を見てる。
 
「じゃあ仮に、俺がその子だとして……あんたはどうしたいんだ?」

 問い詰めるマイアは冷淡に見ながら、冷静に話していく。

「わたくしはあの子が心配なの! ミラがいなくなって、ずっとあの子を探してますの。どこかへ行く時も、誰かと話している時も、心の片隅でいつもあの子を探し続けてるっ」

 でもやっぱりマイアは切実に訴えてて……
 私の胸がズキッと痛んだ。
 
「あんたはそうなのかもしれないが、その子は……そうだとは限らないだろ」
「どういうことですの?」
「たとえ仲が良くても、触れられたくないことだってあるんじゃないのか? それをあんたが無理やり暴こうとするのは、お門違いってやつだ」
「……」
「言っとくが、俺は呪いをかけられる以前の記憶は一切ない。あんたもいい加減諦めろ。どれだけ問い詰められても、俺があんたに言えるこもは何もない」

 ごめん、ごめんね……マイア。
 マイアにも正体はバラせないんだ……。特にマイアはルリオン様と婚約もしてるし。
 それに今の私は色んな意味で有名になっちゃったから。私の大切なものを守るためにも、やっぱりミラには戻れない。

 マイアは俯いたまま、手を握り締めてて……思い詰めた顔してる。

「要するに……、わたくしの気持ちは迷惑だと言うことなの? 心配することも、してはいけないの!?」
「…………何度も言うが、俺はあんたの探してる奴じゃない。これ以上の詮索には応じない。他を当たってくれ」

 これ以上の話し合いは意味がないから、私はマイアに背を向けてゆっくり歩き出した。
 
「ミラッ!」
「っ」

 あ……ヤバっ、無意識に止まっちゃったよ。
 そう思った時にはもう遅くて……止まったまま、しばらく沈黙が流れた。

「やはり、そうなのね。貴女の気持ちは……わかりましたわ。貴女には貴女の都合があるものね。わたくしは……ミラが、無事でいてくれれば、それだけでいいの……」

「――っ」

 グッと拳を握りしめて、溢れる思いを押し止めた。
 今度こそ私は振り返らないで、講堂の方まで歩いた。




「…アトリクス」

 回廊の方まで戻って来たら、アルファルドが入口前の廊下のとこで待っててくれた。
 壁に持たれて教材を脇に抱えて腕組んでたけど、私を見つけて体勢を起こしてた。

「っ、アル……ファルド……」

 アルファルド見たら、居ても立っても居られなくて……
 歩いて来た勢いのまま、立ってるアルファルドの体にぎゅうっと抱きついた。

「…! どうした?」
「――って」
「…? …なんだ?」
「誰も……、いない場所まで、連れてってッ……」
「ッ」

 アルファルドはすぐに抱きついてた私を抱え上げて、お姫様抱っこしたまま結構な勢いで廊下を歩き出した。
 いきなりのアルファルドの行動に周りの生徒達も驚いてたけど、そんなこと私は構ってられなかった。
 私はアルファルドの首に抱きついて、ずっと泣くのを我慢してたから。

 アルファルドが連れて来てくれた場所は、私達が活動してるサークル部屋だった。
 シーンと静まり返ってる部屋の真ん中にある四角いテーブルの前まで来て、アルファルドは足で椅子を蹴ってずらしてからそこにドカッと座った。

 椅子に座ったアルファルドの膝の上に乗ったまま、安心して一気に涙が出てきた。

「…何があった? あの女に、何か言われたのか?!」

 泣いてる私を抱きしめながらアルファルドは問い詰めてくる。

「ふっ……、う、違っ……、っく、何も……ないっ……」
「…何もない訳がないだろッ。では、何故泣いているんだ?!」

 答えたいのに、涙が溢れて言葉にならない。
 
 アルファルドを救うために、私が勝手に切り捨てたのに。あんなふうに言われるとすごくツラい。
 自分勝手な私を、それでもまだマイアは心配してくれて……、きっと私の親も弟妹も……、みんな心配してるんだろうなって考えたら、涙が止まらなくなった。
 
「…泣くな、ミラ」

 そう言ってアルファルドが抱きしめて、目元にキスしてくれる。
 
 しばらく、アルファルドの胸に縋りついて泣いてた。
  
「…ミラ、こっちを向け」

 顔を上げて、涙で目元の腫れた顔を上げた。
 アルファルドは心配そうな瞳で私を見つめて……腫れた目元から顔中にキスしてくれる。
 それから私の顎を取って、綺麗なオッドアイをゆっくり閉じながら唇をそっと重ねる。

「……んっ」

 その感触と温もりが嬉しくて、私も夢中になって唇を合わせた。

 ごめんね……、マイア。
 私はさ、もうマイアの知ってるミラじゃない。
 私が全てを捨てて選んだのは、この人だから。
 もう……ミラに戻るのは、アルファルドの前でだけなんだ。


 だから、私のワガママを許してほしい――
 
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