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リブラ星夜祭 8
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散々褒め言葉を頂いて、宴もお開きになった。
帰り際もしつこいくらいアルファルドをよろしく頼みますって頭下げられて……罪悪感が半端ないよ……
帰りの馬車の中。
私はアルファルドと隣で座って、反対側にリタさんが座ってる。
「アート! 本っ当に良くやってくれたよ!! あんたに頼んで大正解さ!」
「いやあ~、お役に立てて何よりです」
「もう! あのバカ女に平手打ち食らわせた時なんてさっ、心の底からスッとしたよ!!」
「考える前に手が出てました」
「いいんだよっ! 拳でも良かったくらいさっ!!」
「は、ハハッ……、それは、ちょっと……」
いや、それやったら顔が変形して歯が無くなってたと思うよ。
なかなか過激な発言のリタさんに苦笑しつつ、隣に座ってるアルファルドに視線を移した。
「大丈夫? アルファルド」
腕組んで座ってるけど、なんだか考えてる感じのアルファルド。
「…俺はなんともない。ただ、お前が奴らに報復されないか心配だ……。それに……ベクルックス辺境伯の名も勝手に使っていたし……」
前を向いて淡々と話してるアルファルド。
あ、なんだ。私の心配してくれてたんだ……嬉しいな!
「ありがとう、アルファルド! でもそれは大丈夫だよ」
「…なぜだ?」
「んー……まず、ベクルックス辺境伯は知り合いだから、名前を使うのは全然問題ないよ」
「…辺境伯が、知り合い……? …お前、平民じゃ……」
アルファルドは驚いた感じで話してるけど、とりあえず無視。そこは掘り下げないでほしいな。
「それに私……売られた喧嘩は百倍にして返すから。特にアルファルドを侮辱した罪は身を持って償ってもらうし」
隣で座ってるアルファルドをジッと見上げる。アルファルドは私を見下ろして複雑そうな様子。
「………お前は……女になった方が強かだな……」
「ハハッ、当たり前だよ! それに『お前に文句言う奴は全員敵だ』って言ったでしょ? 報復が怖くて好きな人も守れないなんて、そんなの考えられない」
見上げたまま言った台詞に、アルファルドの様子が変わったように感じた。
「…アトリクス」
「でもアルファルドが心配してくれて、すっごく嬉しいっ!」
アルファルドに向けてにっこり笑った。
何を思ったのかちょっと間を空けて、アルファルドは組んでた腕を解いて手を伸ばして私の頬に添えてくれてる。
温かい手の平が気持ちいい。
鬱陶しい前髪で表情がわからないのは残念だけど、女の状態なのにこうして自分から触れてくれるのが何気に嬉しいな。
少しは女の子に耐性ついたのかな?
人前でも積極的だったし。
私もアルファルドの大きな手の甲に、自分の手をそっと重ねた。長い指と骨張った手の甲がゴツゴツしてて、男らしさをより感じる。
「ホントさ……、アートには悪いけど、このまま女の子ならね~。今すぐにでも公爵家に迎えるんだけどさぁ」
リタさんは自分の頬に手を当てて、私達のやり取りを見てしみじみ呟いてる。
「………また、それか……」
リタさんのお馴染みのセリフに、アルファルドもげんなりして聞いてる。
「旦那様も正直思ってるだろう? こんな美人で気概も十分あって、しかも旦那様を好いてくれる。……ここまで条件の揃ってる女の子なんてそうはいないよ!?」
「…それは、そうだが……アトリクスは男だ。現実は変わらん」
「はぁ……、そうなんだけどさ……夢くらい見させておくれよ……」
ため息ついて残念そうに目を閉じてる。
何気にアルファルドが嫌がらないで肯定してくれてるのが嬉しいなっ!
リタさんは思い付いたみたいにバッと目を開いて、前のめりで私に話してきてる。
「アート! もういっそ男でも構わないからさっ。旦那様をよろしく頼むよ!」
その勢いと圧がすごくて、思わず引き気味に背もたれに頭をつける。
「え? えーっと、それは……どういう……」
「…リタ。…怒るぞ……」
「……はいよ」
シュンとしてまた座席に座り直した。
ま、色々あったけど楽しかったなぁ……お祭りの雰囲気も味わえたし。
これで旅行も終わりだね。
馬車に揺られながら、来たときよりも距離を短く感じた。公爵邸のある森まで帰ってきた。
◇
「えっと……、もしかして……また?」
「………あぁ、まさか……こうなるとは思わなくてな」
もう時間も結構過ぎてて、着いた頃にはすっかり夜中になってた。
帝都のお屋敷同様、ここの公爵邸もとにかく物がない。
広さも部屋数もあるのに、必要最低限しか使える部屋がなくて……
元々私が男として来ると思ってたから、もちろんアルファルドはまた一緒に寝るつもりでいたんだよねー。
それもおかしいんだけどさ。
すぐお風呂に入って疲れを癒やして、持ってきた女物の寝間着に着替えた。これも新しく用意してて、真っ白なフリル付きのパジャマ。
案内された部屋はやっぱりアルファルドの部屋で、同じく机とベッドしかない……
ソファーもここには置いてないから、本当に寝る場所はただ一つ。
ガウン姿のアルファルドと寝間着姿の私が、ベッドの前で二人で立ち尽くしてる。
ちょっとリタさんの悪意も感じるけど……
「…男に戻れないのか?」
隣のアルファルドが私に向かって質問してきてる。
いや、戻れるけどさ。
せっかく女になったんだから、もう少しこの姿でアルファルドと一緒にいたいよ。
「このアイテムは時間が来ないと外れないの。だから、明日の朝にならないと男には戻れない……」
「…………そうか」
「アルファルドが嫌なら、私はその辺で寝るから大丈夫! 枕だけ貸してくれれば……」
ま、あの様子じゃ色々無理があるよねー。
女の子が苦手みたいだし……
今まで頑張ってくれたから、このくらいに留めておかないとね。
ベッドまで歩いて脇に座ると、2つあった枕の一つを手に持った。
「…そんなこと、させられるか」
フッと燭台の火を消すと、アルファルドもベッドに近づいてくる。
持ってた枕を取り上げられて、また元あった位置まで戻されちゃった。
「あっ……」
「…もっとそっちにいけ。寝るぞ」
「~っ!」
アルファルドが私を押すみたいにベッドの中心部まで移動させて、その隣で自分もドサっと横になってる。
うう……、それだけでドキッとしちゃうよ。
別に何かを期待してる訳じゃないけど、やっぱり本来の自分をアルファルドに見て触れてもらいたいって気持ちがすごく大きい。
私もベッドに横になって、アルファルドの隣に並んで寝転んだ。
真っ暗な部屋に、外で鳴いてる鳥の声と虫の音が響いてて……
また二人で天井を見ながら、沈黙が続いてる。
こんなに近い距離で寝てるのに、手も出してこない。
そりゃそうだよね。アルファルドにとって私は男で、友達なんだから……
今日一日だけで、たくさん触れてもらえたし抱きしめてもらったのに、もっともっとアルファルドに触りたい。
ダメだな……
女に戻ってると、女でいることの欲求がすごくて……ミラに戻るのは今回限りだから、今しかできないことしたいと思っちゃうんだ。
自分の体ごと横向けて、思い切って天井見てるアルファルドに話しかけた。
「アルファルド……」
「……なんだ」
「だ……、抱きついても……いい?」
「……」
勇気を出して言ったのに返答はなくて……、嫌なのかと泣きそうになっちゃう。
でも正面向いてたアルファルドが体勢を私の方に向き直した。
それから腕を伸ばして私の背中を引き寄せて、自分の胸元に押し付けるみたいに抱き寄せられる。
「――!」
「…お前は、男の時だと言わないことを……女だと求めてくる」
「……うっ」
アルファルドって鋭いな……
まぁ、そうだよね。アトリクスだと男だし、出来ることが限られてるから、どうしてもこうした接触を避けちゃうけど。
本来のミラの姿なら今まで我慢してたこともできちゃうから、歯止めが効かなくなるんだ。
「…それは、なぜだ?」
そんなの言えない。
ホントは自分が女だって言いたい。
でもそんなことしたら、今まで築いてきた友情を壊してしまう。
やっと心を開いてきてくれてるのに、本当の事を知ってアルファルドが傷付く姿を見たくない。
アトリクスがいなくなったら、アルファルドの側にいて慰める人間が誰もいなくなる。
――わかってる。
今、必要なのはミラじゃない。
ゲームのストーリーが終わるまで、私が自分の気持ちを抑えていればいい。
ただ、それだけなのに……
「さぁ、なんでだろう。私にも……わからないや……」
誤魔化しながら、アルファルドの胸に手を添えた。
答えにもなってない返答だけど、それ以上何も言えなくてそのまま黙ってた。
しばらく無言で抱き合ってたけど、珍しくアルファルドの方から口を開いた。
「…祭りの時は、すまない……お前を、楽しませてやりたかった。だが、ひどく……不快な思いをさせてしまった……」
「――っ」
「…今日は助かった。お前のおかげだ……」
あぁ……、やっぱりアルファルドって、無口で不器用で無愛想で……必要なことすらも、全然話してくれないのに……
だからこそたまに言ってくれる言葉が、すごく心に響いて……たまらなく嬉しい。
「私は大丈夫。……アルファルドの役に立てたなら、それでいいの。それにアルファルドが庇ってくれてすごく嬉しかった……嫌な思いなんて何もしてない。今だけでも、あなたと一緒にいれた時間がとても楽しくて、何より幸せだった……」
「――」
そう……、今だけだから……
避けないで受け入れてほしい。
多くを望まないから、せめて貴方の腕の中で女でいる幸せを感じたいんだ。
「…帰るのか」
「え……?」
「…やはり、湖に、帰るのか……」
「へ??」
いきなり話が逸れて、疑問符が浮かんだ。
湖……?
なんの話??
「…お前はアトリクスじゃなくて、…女神なんだろ?」
頭の上から見当違いな言葉が出てきて、思わず目を丸くしちゃう。
「ブッ、ハハハハっ……!!」
もう大爆笑だよ!
アルファルドは真剣に言ってるけど、ここでその話がまた出てくるとは思わなくて、涙が出るくらいお腹抱えてしばらく笑ってた。
「は、ハハッ……あー……ご、ごめん……アルファルドっ」
「………もういい」
すっかり不貞腐れたアルファルドは反対側向いて寝ちゃってる。
手で涙を拭きながら横になってるアルファルドに話しかけた。
「ハァ……、お前って純粋すぎっ」
「……」
「だから好きなんだよな」
「……」
「ごめんて、馬鹿にした訳じゃないんだ。許してくれよ」
「……」
「ねぇてばぁ!」
完全に無視されてるし。
いいもん。そんな事でへこたれてるようじゃ、アルファルドに付き合っていけないから。
私に背中を向けて寝ちゃってる。
広くて大きな背中……でも、寂しさも感じる。
あの女狐にあれだけ酷く言われて、大丈夫だったのかな?アルファルドって何も言わないけど、繊細で傷つきやすいから。
その背中から前に腕を回して、自分のおでこをアルファルドの背中にくっつけた。
「お前の気持ちが嬉しかった。……あんな女の言うことなんて気にするな。俺は誰よりもお前が大好きだ……」
「……」
「アルファルドが沢山話してくれて嬉しいんだ……お前の考えてる事を、俺も共有出来て……笑ったり泣いたり怒ったり……そんな当たり前のことを俺は望んでる……」
無視されてても拒絶はされてない。
それがわかるから何も悲しくない。
アルファルドの背中に回した腕に力を込める。大きな背中に隙間もないくらい自分の体をぴったりくっつけた。
「…っ」
「ありがとう、アルファルド……おやすみ……」
そのまま瞳を閉じて、早くなったアルファルドの心臓の音を聞きながら、知らない間に眠りについてた。
散々褒め言葉を頂いて、宴もお開きになった。
帰り際もしつこいくらいアルファルドをよろしく頼みますって頭下げられて……罪悪感が半端ないよ……
帰りの馬車の中。
私はアルファルドと隣で座って、反対側にリタさんが座ってる。
「アート! 本っ当に良くやってくれたよ!! あんたに頼んで大正解さ!」
「いやあ~、お役に立てて何よりです」
「もう! あのバカ女に平手打ち食らわせた時なんてさっ、心の底からスッとしたよ!!」
「考える前に手が出てました」
「いいんだよっ! 拳でも良かったくらいさっ!!」
「は、ハハッ……、それは、ちょっと……」
いや、それやったら顔が変形して歯が無くなってたと思うよ。
なかなか過激な発言のリタさんに苦笑しつつ、隣に座ってるアルファルドに視線を移した。
「大丈夫? アルファルド」
腕組んで座ってるけど、なんだか考えてる感じのアルファルド。
「…俺はなんともない。ただ、お前が奴らに報復されないか心配だ……。それに……ベクルックス辺境伯の名も勝手に使っていたし……」
前を向いて淡々と話してるアルファルド。
あ、なんだ。私の心配してくれてたんだ……嬉しいな!
「ありがとう、アルファルド! でもそれは大丈夫だよ」
「…なぜだ?」
「んー……まず、ベクルックス辺境伯は知り合いだから、名前を使うのは全然問題ないよ」
「…辺境伯が、知り合い……? …お前、平民じゃ……」
アルファルドは驚いた感じで話してるけど、とりあえず無視。そこは掘り下げないでほしいな。
「それに私……売られた喧嘩は百倍にして返すから。特にアルファルドを侮辱した罪は身を持って償ってもらうし」
隣で座ってるアルファルドをジッと見上げる。アルファルドは私を見下ろして複雑そうな様子。
「………お前は……女になった方が強かだな……」
「ハハッ、当たり前だよ! それに『お前に文句言う奴は全員敵だ』って言ったでしょ? 報復が怖くて好きな人も守れないなんて、そんなの考えられない」
見上げたまま言った台詞に、アルファルドの様子が変わったように感じた。
「…アトリクス」
「でもアルファルドが心配してくれて、すっごく嬉しいっ!」
アルファルドに向けてにっこり笑った。
何を思ったのかちょっと間を空けて、アルファルドは組んでた腕を解いて手を伸ばして私の頬に添えてくれてる。
温かい手の平が気持ちいい。
鬱陶しい前髪で表情がわからないのは残念だけど、女の状態なのにこうして自分から触れてくれるのが何気に嬉しいな。
少しは女の子に耐性ついたのかな?
人前でも積極的だったし。
私もアルファルドの大きな手の甲に、自分の手をそっと重ねた。長い指と骨張った手の甲がゴツゴツしてて、男らしさをより感じる。
「ホントさ……、アートには悪いけど、このまま女の子ならね~。今すぐにでも公爵家に迎えるんだけどさぁ」
リタさんは自分の頬に手を当てて、私達のやり取りを見てしみじみ呟いてる。
「………また、それか……」
リタさんのお馴染みのセリフに、アルファルドもげんなりして聞いてる。
「旦那様も正直思ってるだろう? こんな美人で気概も十分あって、しかも旦那様を好いてくれる。……ここまで条件の揃ってる女の子なんてそうはいないよ!?」
「…それは、そうだが……アトリクスは男だ。現実は変わらん」
「はぁ……、そうなんだけどさ……夢くらい見させておくれよ……」
ため息ついて残念そうに目を閉じてる。
何気にアルファルドが嫌がらないで肯定してくれてるのが嬉しいなっ!
リタさんは思い付いたみたいにバッと目を開いて、前のめりで私に話してきてる。
「アート! もういっそ男でも構わないからさっ。旦那様をよろしく頼むよ!」
その勢いと圧がすごくて、思わず引き気味に背もたれに頭をつける。
「え? えーっと、それは……どういう……」
「…リタ。…怒るぞ……」
「……はいよ」
シュンとしてまた座席に座り直した。
ま、色々あったけど楽しかったなぁ……お祭りの雰囲気も味わえたし。
これで旅行も終わりだね。
馬車に揺られながら、来たときよりも距離を短く感じた。公爵邸のある森まで帰ってきた。
◇
「えっと……、もしかして……また?」
「………あぁ、まさか……こうなるとは思わなくてな」
もう時間も結構過ぎてて、着いた頃にはすっかり夜中になってた。
帝都のお屋敷同様、ここの公爵邸もとにかく物がない。
広さも部屋数もあるのに、必要最低限しか使える部屋がなくて……
元々私が男として来ると思ってたから、もちろんアルファルドはまた一緒に寝るつもりでいたんだよねー。
それもおかしいんだけどさ。
すぐお風呂に入って疲れを癒やして、持ってきた女物の寝間着に着替えた。これも新しく用意してて、真っ白なフリル付きのパジャマ。
案内された部屋はやっぱりアルファルドの部屋で、同じく机とベッドしかない……
ソファーもここには置いてないから、本当に寝る場所はただ一つ。
ガウン姿のアルファルドと寝間着姿の私が、ベッドの前で二人で立ち尽くしてる。
ちょっとリタさんの悪意も感じるけど……
「…男に戻れないのか?」
隣のアルファルドが私に向かって質問してきてる。
いや、戻れるけどさ。
せっかく女になったんだから、もう少しこの姿でアルファルドと一緒にいたいよ。
「このアイテムは時間が来ないと外れないの。だから、明日の朝にならないと男には戻れない……」
「…………そうか」
「アルファルドが嫌なら、私はその辺で寝るから大丈夫! 枕だけ貸してくれれば……」
ま、あの様子じゃ色々無理があるよねー。
女の子が苦手みたいだし……
今まで頑張ってくれたから、このくらいに留めておかないとね。
ベッドまで歩いて脇に座ると、2つあった枕の一つを手に持った。
「…そんなこと、させられるか」
フッと燭台の火を消すと、アルファルドもベッドに近づいてくる。
持ってた枕を取り上げられて、また元あった位置まで戻されちゃった。
「あっ……」
「…もっとそっちにいけ。寝るぞ」
「~っ!」
アルファルドが私を押すみたいにベッドの中心部まで移動させて、その隣で自分もドサっと横になってる。
うう……、それだけでドキッとしちゃうよ。
別に何かを期待してる訳じゃないけど、やっぱり本来の自分をアルファルドに見て触れてもらいたいって気持ちがすごく大きい。
私もベッドに横になって、アルファルドの隣に並んで寝転んだ。
真っ暗な部屋に、外で鳴いてる鳥の声と虫の音が響いてて……
また二人で天井を見ながら、沈黙が続いてる。
こんなに近い距離で寝てるのに、手も出してこない。
そりゃそうだよね。アルファルドにとって私は男で、友達なんだから……
今日一日だけで、たくさん触れてもらえたし抱きしめてもらったのに、もっともっとアルファルドに触りたい。
ダメだな……
女に戻ってると、女でいることの欲求がすごくて……ミラに戻るのは今回限りだから、今しかできないことしたいと思っちゃうんだ。
自分の体ごと横向けて、思い切って天井見てるアルファルドに話しかけた。
「アルファルド……」
「……なんだ」
「だ……、抱きついても……いい?」
「……」
勇気を出して言ったのに返答はなくて……、嫌なのかと泣きそうになっちゃう。
でも正面向いてたアルファルドが体勢を私の方に向き直した。
それから腕を伸ばして私の背中を引き寄せて、自分の胸元に押し付けるみたいに抱き寄せられる。
「――!」
「…お前は、男の時だと言わないことを……女だと求めてくる」
「……うっ」
アルファルドって鋭いな……
まぁ、そうだよね。アトリクスだと男だし、出来ることが限られてるから、どうしてもこうした接触を避けちゃうけど。
本来のミラの姿なら今まで我慢してたこともできちゃうから、歯止めが効かなくなるんだ。
「…それは、なぜだ?」
そんなの言えない。
ホントは自分が女だって言いたい。
でもそんなことしたら、今まで築いてきた友情を壊してしまう。
やっと心を開いてきてくれてるのに、本当の事を知ってアルファルドが傷付く姿を見たくない。
アトリクスがいなくなったら、アルファルドの側にいて慰める人間が誰もいなくなる。
――わかってる。
今、必要なのはミラじゃない。
ゲームのストーリーが終わるまで、私が自分の気持ちを抑えていればいい。
ただ、それだけなのに……
「さぁ、なんでだろう。私にも……わからないや……」
誤魔化しながら、アルファルドの胸に手を添えた。
答えにもなってない返答だけど、それ以上何も言えなくてそのまま黙ってた。
しばらく無言で抱き合ってたけど、珍しくアルファルドの方から口を開いた。
「…祭りの時は、すまない……お前を、楽しませてやりたかった。だが、ひどく……不快な思いをさせてしまった……」
「――っ」
「…今日は助かった。お前のおかげだ……」
あぁ……、やっぱりアルファルドって、無口で不器用で無愛想で……必要なことすらも、全然話してくれないのに……
だからこそたまに言ってくれる言葉が、すごく心に響いて……たまらなく嬉しい。
「私は大丈夫。……アルファルドの役に立てたなら、それでいいの。それにアルファルドが庇ってくれてすごく嬉しかった……嫌な思いなんて何もしてない。今だけでも、あなたと一緒にいれた時間がとても楽しくて、何より幸せだった……」
「――」
そう……、今だけだから……
避けないで受け入れてほしい。
多くを望まないから、せめて貴方の腕の中で女でいる幸せを感じたいんだ。
「…帰るのか」
「え……?」
「…やはり、湖に、帰るのか……」
「へ??」
いきなり話が逸れて、疑問符が浮かんだ。
湖……?
なんの話??
「…お前はアトリクスじゃなくて、…女神なんだろ?」
頭の上から見当違いな言葉が出てきて、思わず目を丸くしちゃう。
「ブッ、ハハハハっ……!!」
もう大爆笑だよ!
アルファルドは真剣に言ってるけど、ここでその話がまた出てくるとは思わなくて、涙が出るくらいお腹抱えてしばらく笑ってた。
「は、ハハッ……あー……ご、ごめん……アルファルドっ」
「………もういい」
すっかり不貞腐れたアルファルドは反対側向いて寝ちゃってる。
手で涙を拭きながら横になってるアルファルドに話しかけた。
「ハァ……、お前って純粋すぎっ」
「……」
「だから好きなんだよな」
「……」
「ごめんて、馬鹿にした訳じゃないんだ。許してくれよ」
「……」
「ねぇてばぁ!」
完全に無視されてるし。
いいもん。そんな事でへこたれてるようじゃ、アルファルドに付き合っていけないから。
私に背中を向けて寝ちゃってる。
広くて大きな背中……でも、寂しさも感じる。
あの女狐にあれだけ酷く言われて、大丈夫だったのかな?アルファルドって何も言わないけど、繊細で傷つきやすいから。
その背中から前に腕を回して、自分のおでこをアルファルドの背中にくっつけた。
「お前の気持ちが嬉しかった。……あんな女の言うことなんて気にするな。俺は誰よりもお前が大好きだ……」
「……」
「アルファルドが沢山話してくれて嬉しいんだ……お前の考えてる事を、俺も共有出来て……笑ったり泣いたり怒ったり……そんな当たり前のことを俺は望んでる……」
無視されてても拒絶はされてない。
それがわかるから何も悲しくない。
アルファルドの背中に回した腕に力を込める。大きな背中に隙間もないくらい自分の体をぴったりくっつけた。
「…っ」
「ありがとう、アルファルド……おやすみ……」
そのまま瞳を閉じて、早くなったアルファルドの心臓の音を聞きながら、知らない間に眠りについてた。
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