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ペア演習後編 2

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 両手をそのままアルファルドの胸につけて、グイッと体を離させた。

「ち、近い! 近すぎだ! お前は、距離感がおかしいんだよ!」
「はっ……、お前、耳まで赤いぞ?」
 
 目を細めて笑いながら頬に触れてた手をすぐ上にずらして、赤くなってる私の耳を指の腹で擦るみたいに撫でてる。

「んっ」

 突然のゾクッとした感覚に、思わず喘ぎに似た甘ったるい声が微かに漏れちゃう。
 予想外の自分の声にビックリして、慌ててアルファルドから離れて距離を空けた。

「や、めろってば! もう、次行くぞっ、次ぃ!」

 くるりとアルファルドに背を向けて歩き出す。

 は、恥ずかし過ぎる!!
 耳弱いんだよ、私。ちょっとしたじゃれあいで感じるなんて……もうやだ、最悪……
 
 泣きたい気持ちになりながら項垂れて歩いてると、後ろからアルファルドも追ってくる。

「…アトリクス、待て!」

 ハァ……、そろそろ現界だよね。
 正直側にいるのがすごくツラい……。アルファルドが自分の事好きだってわかってて、でも、どうにもできないのに……何かを期待してる自分がいる。
 どうしてもそれ以上を求めようと心が裏切るんだ。

 こんな時、自分がやっぱり女なんだって自覚して自己嫌悪にかられちゃう。
 したくないけど、少し突き放して一線引かないと駄目だな。このままだとアルファルドの為にもならないし、こんなの友情とは違うよね。
 あまりに近すぎると、いざ離れる時に悲しい思いをさせちゃうかもしれないし、そうならないくらい適度に距離を保ちたいからな……
 
「アトリクスっ!!」

 自分の考えに没頭し過ぎて周りが全く見えてなかった。前方から現れたモンスターが私を目掛けて飛びかかってきた。

「――なっ!」

 私が避ける前に、アルファルドが私の身体を慌てて引き寄せてる。
 モンスターがすぐ脇の崖下へと落ちていって、バランスを崩した私とアルファルドも崖の縁から足を踏み外した。

「…バカッ、離せッ! アルファルド」

 咄嗟にアルファルドだけでも、助けようと身体を崖側に向かって押したのに、アルファルドは落ちてく私を追いかけるみたいに手を伸ばして飛び込んできた。

 ウソでしょ!?
 ダメだよアルファルド!

 私達はそのまま真っ逆さまに崖から急降下してしまう。

「バカヤロー! なんでついてくるんだよっ!」
「……」

 断崖絶壁から急降下して、身体にかかる風圧と耳に痛いくらい風の音がうるさい。
 アルファルドは私を抱きしめて離そうとしない。しかも地表側に背中を向けてて、自分を犠牲にしてるみたいに私を庇おうとしてる。
 私はアルファルドの両脇から手を出して、地表に向けて風魔法を最大限使いながら落下スピードを落としている。
 地面まであと数十メートル。

 こんな時、エルナト先生みたいにちゃんとした攻撃魔法使えればいいのにぃ!!

 ジャングルみたいな密林が迫り、自分よりもアルファルドが無事に着地出来るかしか頭になくて、アルファルド越しに更に両手を下に向けて、風魔法を最大限に発揮しながら落下スピードをどんどん軽減させていく。

 私はどうなってもいいけど、アルファルドだけは絶対助けないと!!
 自分の魔力を風魔法へと注ぎ、補助魔法で落下速度をどんどん落としてく。  

 地面が間近に迫ってて、木々が乱立する森の枝をバキバキと音を立てて、折りながら木の葉が舞い上がる地表へと落下した。
 アルファルドは私を護るようにずっと抱きしめてて、私はアルファルドを守ることだけに必死で補助魔法を使い続けた。




「ハァ、ハァ……! アル……、ファルド!?」

 地表に着いて、バッとアルファルドを確認する。
 アルファルドは目を閉じて私を庇うように抱きしめてて、私は起き上がって両手でアルファルドの頬を包んだ。

「あ……アルファルド……? や……だ……嫌だっ……! アルファルド!!」

 私のせいだッ!
 私が余計なことなんて考えなければ、こんな事にならなかったのに!!

 落ち葉の上に横たわってるアルファルドがピクリとも動かなくて、血の気がサァー……と引いて身体がガクガク震えてくる。
 
 ダメだ! パニックになるなっ! しっかりしろ! 落ち着け……、落ち着けッ!!

 深呼吸して私は震える手で自分の腰に差し込んであったハイポーションの瓶を取り出して傾けて、自分の口に含んだ。
 そのまま、アルファルドの頬に手を添えて顔を上に上げる。自分の口をアルファルドの唇に当てて、ハイポーションを一気に流し込んだ。
 
 飲んでっ! お願いっ!!
 
 ゴクリと飲み込んだアルファルドに私は安堵の息を呑む。唇を離してアルファルドの様子を確認する。

「――アル……ファルド?」

 横たわってるアルファルドが僅かに瞳を開けて、無事でいてくれた事に心底安心する。

「……う」

 もう涙腺が決壊したみたいに泣きじゃくって…嗚咽を漏らしながら横たわってるアルファルドの胸に縋りついた。

「アルファルドッ! ッ……バカッ……! なんで、俺なんて……庇うんだよ!!」
「…アト……リクス……?」

 アルファルドの胸に縋りつきながら、私の泣き声だけが森の中に響いてて、アルファルドも私の頭に手を伸ばして撫でながらもう片手は背中を撫でてくれてて……しばらく二人で、ずっとそうしてた。

「……ふッ、……っく……! アル、ファルド……大丈夫、か?」
「…俺は、平気だ」
「ふっ……! うぅ……! 良かった……! お前が……、無事で、本当に……良かっ……!」

 やっぱり涙が止まらない。

 それくらい、アルファルドを失うかもしれない喪失感に耐えられなかった。
 ボロボロと頬を伝う涙を止める事なんてできなくて、子供みたいに泣きじゃくりながら、何度もアルファルドが生きてることに感謝した。
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