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入学式編 6

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 親睦会が終わって、明日からようやくアカデミアに通う事になる。
 帰りにしばらく宿屋に立ち寄って自分の荷物を回収しつつ代金も払った。


「ちょっとアート!これは多すぎよ!!」
「これは俺の気持ちだから…貰ってくれると嬉しいな」

 入り口から入った厨房横のカウンターで女将さんのシアさんに別れの挨拶をしてた。
 
 通常の宿代の倍は入ってる袋に、シアさんが受け取るのを躊躇してた。
 
「でも…」
「またお世話になるかもしれないし…本当はもっと渡したかったんだけど…」
「いや、十分過ぎよ!」
「うん。じゃあちゃんと受け取ってね!」

 戸惑うシアさんに畳み掛けるようにニコリと笑うと、無理やり袋を手に握らせた。

「ここのビーフシチューは絶品だからまた食べに来るよ。その時はよろしくね」
「…アート。ありがとう…」
「お礼を言うのはこっちだからさ。また来るよ!」
「いつでも待ってるわ」
「うんッ!」

 自分の荷物を肩に担いで、入り口へと向かって扉の前で最後に手を振ってから宿屋を後にした。







 ◇






 宿屋から帰ったその足でそのまま寮へと入った。

 これも六階建ての建物で、見上げるくらい大きい。普通のお屋敷とは違って横長に広がってる。
 茶色のレンガ造りで1~3階が一学年、4~6階が2学年で振り分けられる。
 木で出来たお洒落な扉を開けると、エントランスホールはかなり広くて、そのすぐ脇に寮母さんがいる事務所みたいな部屋がある。ここで外出許可とか貰うみたい。

 魔法アカデミアから歩いて数分の場所に建てられたこの寮はもちろん男女で別れてて、女子寮はアカデミアを挟んで反対側に併設されてる。

 大体の貴族が一人に限り侍女や侍従の入室を許している。だから二人部屋なのに中も区切られてて、とても広い作りになってる。

 ま、私には全く関係ない話だけどね。
 




「よろしくな!オクタン」 
「…うん!んと…アート君と一緒で…良かったよ!」

 結局はアルファルドと同室は無理だったし。
 だからオクタンと同じ部屋にしてもらった。オクタンも貴族としては珍しく付き人がいないみたいで、この部屋でも問題ないみたい。

 そう、私が割り当てられたのはたぶん一階の1番質素な角部屋。付き人用の部屋とかついてない、本当に生徒2人分だけのスペース。

 広めの部屋にベッドが2段になってて、机が窓際の左右に一つずつで一応浴室は完備してる。
 これだけでもありがたい…貴族としては全然足りてない最低限の設備だけど。

 レグルス様とルリオン様の部屋は最上階にある特別室になるから、もっと豪華な部屋になる。

 クローゼットみたいなのも左右にあるからお互いの物置場に決めた。
 ここで便利なのがスタンピードの前に回収したアイテム。
 【隠れ蓑】っていう風呂敷みたいな特殊な布地で、包んだ物を見えなくさせるもの。
 これにシリウスの衣装や愛刀デュランダル、ロストアイテムを包む。
 もし誰かが部屋に侵入した時に見つからないようにするためのアイテム。
 これを回収するためにわざわざダンジョンに入ったんだから。


 
「んと、アート君…サークルって…決めた?」

 一通り荷ほどきができたのか、左右で決めた自分の椅子に座ったオクタンが話しかけてきた。

「ん?サークル??あぁ、そういえばそんなのあったなぁ」
「少ししたら…サークルの勧誘も、始まるから…」
「オクタンは何か入りたいサークルがあるのか?」

 壁面にあるクローゼットに収納し終えた私は、ベッドの下に座ってオクタンに向き合う。
 上の段がオクタンの寝床。これも入ってきてすぐに決めた。

 そう、この魔法アカデミアはサークルが存在する。必ず何かのサークルに属さないといけない決まり。
 講義が始まってしばらくすると、先輩方のサークル勧誘活動も始まる。

 椅子に座ったオクタンは考え込むように首を傾げてる。

「ん……と、エルナト教授の…魔法学研究会が、いいかな…って」
「エルナト先生の?」
「うん…。ねぇ、…あの、アート君はその、何で…エルナト教授と…仲が、良いの…?」

 椅子に座りながらもじもじしてるオクタン。多分聞きたくてしょうがなかったんだろうなぁ。

 オクタンてホント可愛い。小さいし髪も赤毛でふわっとしてて愛玩動物みたいで癒やされる~。

 座ってたベッドにボフッと横たわりながら顔だけオクタンの方を向いた。

「……知りたいか?」

 意地悪い笑顔で聞くと、オクタンは躊躇した後に神妙な顔でコクリと頷いてる。

 やっぱ素直で可愛いね!

「んー……、とりあえず秘密だな!」
「えっ…?!」
「ハハッ、まぁ…知り合いかな?先生には世話になってるし…父兄みたいな感じなんだ」

 ベッドの上を向いて目を閉じながら話す。
 オクタンはワタワタしてるけど、本当のことは言えない。
 匂わせるくらいで十分。

 オクタンは椅子の上でこっちを伺いながら複雑な顔をしてる。
 迷宮に彷徨いはじめてるオクタンが面白くて思わずククッと笑みが出た。

 


 ◇



 

 そう……アルファルドは寮通いじゃなかった。  

 あの日、合格発表でエルナト先生の教授室に招かれた時にお願いしたんだけど──。



「先生!筆記試験で首位になったから、俺のお願い聞いて下さい!」
「……そうでしたね。何でも仰って下さい。ただし、私の出来る範囲のものですがね」

 テーブル挟んで私の正面の椅子に優雅に座ってるエルナト先生が、お茶のカップ片手に私に向かって微笑んでる。
 
「アルファルドと……ドラコニス公爵のアルファルドと同室にして下さい!」

 私は飲んでいたお茶もテーブルに置き意を決して、エルナト先生に頭を下げながら必死にお願いした。
 
「──…」
「……?先生??」

 しばらく返事が無くて、下げてた頭を少し上げて先生を見た。

 エルナト先生はよほど想定外のお願いだったのか、意味がわからないみたいで片手を口元に当てて困惑してた。

「何故……ドラコニス公爵なのですか?…あなたと、何も接点がないと思うのですが?」

 アルファルドの名前を出したのが意外過ぎるのか、そのまま首を傾げて考え込んでる。

 まぁ、そうだよね。
 私とアルファルドって、先生からすれば全く関わりないし…むしろ何で知ってるのかも疑問だよねー…。
 授業で少しかじったくらいかな?

「えー…っと、まぁ…色々諸事情がありまして……、とにかくアルファルドと同室になりたいんです」
「──…」

 座りながら頬をポリポリ掻いて、エルナト先生から視線を逸らした。
 全然説明にもなってない回答だけど、こんなの細かく説明なんてしてられないし。
 長年私といるエルナト先生は、こうやってうやむやにする時にどう対処するのか心得ているから。

「ふぅ……あなたのことですから、今はそこまで深くは聞きませんが……ドラコニス公爵と同室は無理です」
「──えっ?!何でですか!?」
「なぜなら、……彼は寮生活では無いからです」
「なっ…!!」

 そう、アルファルドはまさかの自宅通いだったんだよぉぉーー!!

 全く知らなかったし。ゲームでもアルファルドの場面はいつも裏庭とか物陰からそっと…とかだったから、まさか寮生活じゃないなんて思わなかった!

「うわぁ~!!何のために筆記試験頑張ったんだよ!意味ないじゃんッ!!」

 椅子の上で頭を抱えて絶叫する私に、エルナト先生は真正面から呆れた眼差しを向けてる。

「……ご自身の為に頑張ったのでは?」
「あ…いや、そうなんですが……ハ、ハハッ……」

 動揺のあまり思わず漏れた本音に、エルナト先生からは白い目で見られる。

 うぅ…、こんなことなら筆記試験頑張らなきゃ良かった…。

 その後もエルナト先生の巧みな話術で、アルファルドとの関係を根掘り葉掘り聞かれそうになるところを、どうにかこうにか躱すのに宿屋へ帰る頃には疲れ果ててしまった。

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