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しおりを挟む「ギルが女の子の手を取って見つめ合ってるなんて、これは明日雨でも降るのかな?」
ギルバートと向かい合っている後ろから、急に声をかけられる。
振り返るとそこには、アーサーが護衛を連れて歩いて来ていた。
この場面でアーサーが現れるのは吉なのか凶なのか。
微笑しながら回廊に立っているアーサーは、いつもの目深なフード姿ではなく、煌びやかな貴公子のような白のスーツを身に纏っている。
初めてまともに王太子としての姿を見た。
光輝く青銀の髪に琥珀色の瞳、整った端正な顔立ちに従者を従えている姿は、やはり王族のそれだった。
慌てて礼をとろうとするが、ギルバートに腕を掴まれていてそれも出来ない。
「師匠、離して頂けますか?」
ギルバートはアイシャの腕を掴んだまま離そうとしない。
「ギル、どうしたんだ?君の可愛い弟子が困っているようだけど?」
笑顔で話しかけてくるアーサー。
「コイツが怪しい動きをしたから捕まえた」
「怪しい?」
ギルバートは更に強く力を籠める。
折れてしまうのではないかと思うほどの痛みに眉をしかめる。
これはきっとアザになっている。
「いっ!、師、匠……痛いです」
訴えるが、ギルバートは動かない。
「とりあえず離してあげなよ、女性に乱暴はよくない」
「離したら逃げ出すかもしれない」
「逃げ出すにしても、このメンツを抜けるのはさすがに無理だよ」
アーサーがちらりと周りが見る。
護衛の騎士も二人、秘書官とおぼしき人が一人、そしてアーサーにギルバート。
他の見回りの騎士達も巡回している。アイシャが走って逃げたとしても、すぐに捕まるだろう。
アーサーの言葉に、ようやくギルバートはアイシャの手を離す。
離された腕にはギルバートの握った痕が赤紫色になり、浮き上がっている。
アイシャは痛みに顔を歪め、そっと腕に手を添える。
ようやく手に血が巡る。圧迫されていた腕は痺れてしまっている。離された腕もズキズキと痛む。
「……っ」
手加減というものを知らないのか、この男は。
これが貴族のご令嬢なら大変なことになっているところだ。
騎士というのは女性に優しくするのではなかっただろうか。
仮に女性として見られてないにしても、いくら怪しいからといって、証拠すら無いのにこの仕打ちは酷い。
「ギルが手荒な真似をして悪かったね。大丈夫かい?」
心配そうに声をかけられ、今度こそ礼をとる。
「王太子殿下に謝って頂くなど!ご心配には及びません。私が師匠…ギルバート様に誤解を与える様な言動をしたのがいけないのです」
頭を下げながら弁明する。
とにかく一刻も早くこの場を去りたい。
「そうなの?ギル?」
「………」
ギルバートは無言だった。王太子に向かって失礼な態度だと思うのだが、この二人の仲はそれで罷り通るらしい。
「マーフィー騎士団長!アレクサンダー殿下が聞いておられるのに、その態度はないだろ!」
アーサーの後ろから口を挟んだのは、眼鏡をかけた少し神経質そうな男性だ。
顔はわりと整っていて、ブロンドの髪に緑色の瞳と、貴族としては一般的な外見だ。
「うるさい、目障りだ」
「何ですか!その無礼な言い方は!」
ギルバートが睨みつけると、眼鏡の男は少し怯んだように後ずさる。
「ギルもランスロットもいい加減にしないか。まったく……それで、誤解は解けたのかい?もう遅いし、帰らないとティナが心配するよ?」
二人は相変わらず引かないが、それを無視してアーサーはアイシャに話しかけてくれる。
ティアーナの名前を出す時のアーサーは優しげに目を細めている。
その表現に少しだけ罪悪感が疼く。
ギルバートの行動は乱暴だが、間違ってはいない。直感としては当たっている。
ティアーナを慕っているだろうアーサーから引き離し、逃げ出そうとしているのだから。
だがそれもティアーナを守る為。
「まだコイツには聞く事がある」
どうやらギルバートはまだ納得していないみたいだ。しかし、アイシャもこれ以上引き下がる訳にはいかない。
「師匠、誤解させたのなら申し訳ありません。ですが、疚しいことなど誓って一切ございません」
ギルバートに向き合い、真っ直ぐに瞳を見る。灰色の瞳はひどく冷たい印象で、ギルバートの容姿と相まって一層冷ややかに映る。
しかし睨まれたからと怯んでいては、ここから抜け出せない。とりあえず信じてもらわないと。
「俺の勘は外れない。お前は何か隠しているだろう」
ギルバートがこんなに鋭いとは意外な誤算だった。それとも野生の勘なのだろうか。
この短い間では知らなかった事実だ。
「先ほど申し上げた通りです。隠し事などございません!それでも疑うというのなら、煮るなり焼くなり好きにして下さい!」
最後はギルバートを鋭く射抜くように見る。
お互い睨み合ったまま譲らない。
その二人の様子を見ていたランスロットが後ろからアーサーに訪ねる。
「アレク様、あの方はどなたですか?マーフィー騎士団長に睨まれて一歩も引かない女性がいるとは…」
「あー…ギルの弟子だよ。自ら志願してきた強者らしいね」
「あの女性が噂の……私はてっきり、もっと違う人物を想像しておりました」
「ははっ、確かに。噂だと屈強そうな女性だよね。まぁ、見ていて飽きない二人だよ」
アーサーはどこか楽しそうに二人を眺めている。
当の本人たちはそれどころではないのだが。
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