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「師匠!よろしくお願い致します!」

 いつも通り騎士団の訓練所にやって来たアイシャ。
 そしていつものノルマをこなし、汗を拭いていた。

「アシュリーちゃんお疲れ様~」
「俺、最近アシュリーの店行ったけど、結構賑わってるのな。アシュリーちゃんがいなくて残念だったけど」

 顔見知りの騎士達が話かけてくる。

「お疲れ様です。ご来店ありがとうございます。あそこは界隈でも人気のお店ですから」

 騎士達の稽古も終わり、皆片付けをしている。

「え?なんだよ、俺も誘えよ!アシュリーちゃん、今度俺も食べに行くからね」
「お前、ちょうど非番だっただろ?仕事帰りに寄ったんだよ」

 騎士団と言っても騎士の身分は様々だ。爵位のある者、伝で入っている者、実力でのしあがって来た者。
 
 このリアンタールの騎士団は2つに別れている。
 ギルバートは騎士爵を持っているが、元々は実力でのしあがってきた庶民の出だ。
 このリアンタールでは近隣諸国との和平協定を何百年も結んでおり、面だった戦も起きてはいないのだが、海に面している国だけに外からの敵も多い。
 よって騎士団は陸と海の二分制だ。
 ギルバートはその内の陸の軍団を率いている。



「師匠、お話があります!少しお時間を頂けないでしょうか?」

 少し稽古をつけてもらい、アイシャは終わり際に早速ギルバートに話してみることに。

「ここで話せ」

「師匠と二人きりで話したいんです!お時間は取らせません」

 
 面倒そうに話すギルバートに、アイシャはくってかかる。

 こんなに人が沢山いるところで話すことは出来ない。
 

「え、何?もしかして、ギルバート団長に……」
「嘘だろ!?二人きりって、おい!!」
「アシュリーちゃんがぁぁ!!」

 騎士達が口々に話しているが、周りの声などどうでもいい。

「俺は忙しい。お前に構ってる暇はない」

ではありません。いくつか聞きたい事があるだけです」

 しばらく睨み合っていたが、ギルバートがため息を吐き、歩いていく。

「……来い」

「はい!」

 アイシャは足早に進むギルバートの後ろに、遅れまいと走って着いていく。

 他の騎士達がざわめきながら二人を見送っていた。



 ギルバートが連れて来たのはこの前と同じ場所だった。
 ガゼボにドカッと座ると、腕を組んで

「で、何だ?手短に話せ」

 アイシャは座ることなく、立ちながらギルバートと向かい合う。

「はい。質問が2つございます。アーサー様の事についてですが、ご婚約者様などはいらっしゃるのですか?」

「……それはいない」

「では、もう1つ。アーサー様は正妃様の他に、側妃や妾などは望んでおられるのですか?」

 アイシャは鋭くギルバートを見ながら、質問を繰り出す。

 これが一番重要な質問だからだ。

「王太子ともなれば、必要になってくるだろう。周りが黙っていない。あいつは望んでないと思うが」

 ギルバートは淡々と話すが、アイシャはそれを聞いて静かに目を閉じる。
 
「──わかりました。質問は以上です。お手間を取らせました」

 アイシャは深くお辞儀をする。
 きっとここに来るのは今日が最後になると思った。そしてもう、二度とこの人と会うこともないだろう。

「師匠、(色々と)ありがとうございました」

 心の中で今までの感謝を述べる。長い間ではなかったが、学ぶことも多かった。

 
 アイシャは顔を上げ、ギルバートを見ることもなく、そのまま踵を返し足早にその場を後にする。



 答えがわかった以上、ここにいる必要はない。
 むしろ危険だ。
 アーサーは幼い頃からティアーナを捜し、そして好意を抱いている。
 だがやはり、王太子である以上、一人の相手に絞ることは無理みたいだ。

 一刻も早く遠くへ移ろう。
 下手に一緒にいる時間を作るのは執着が増して、良い事ではない。

 急いでティアーナに知らせないと。
 先を急ごうと走り出そうとすると、急に腕を取られる。

「なっ!?」

 後ろを振り返ると、ギルバートが少し怖い顔をして立っている。
 
「さっきの質問の意図はなんだ?」

 腕を振り払おうとするが、力で敵う相手ではない。
 ギリッと腕に力が籠められる。痛みに顔を歪めるが、気付かれないように平静を装おう。

「聞いた通りの意味です。うちのお嬢様も色々と不安なのですよ……知っていることが少ないですから」

 なるべく気取られないように、普通に話す。ギルバートの腕の力は相変わらず強いが、アイシャは自分の体の力を抜いた。
 警戒していると思わせてはいけない。
 慎重にこの場を抜けなくては。

「そこじゃない。お前の表情だ。俺は色々な人間を見て来たからわかる。さっきのお前の顔は何か覚悟を決めた時のものだ」

 核心をつかれ、心拍数が上がる。
 油断した。いや、ギルバートを侮っていた。
 人の感情の機敏など然程も興味もなさそうに澄ましているのに、意外なところでちゃんと見ているものだ。
 
 アイシャはフッと笑ってしまう。

「何が可笑しい?」

「いえ、失礼しました。師匠がそんな風に見ていてくれたなんて意外で」

「誤魔化すな」 

「本心です。ただ私は、お嬢様に先ほどの事を申し上げるのが心苦しくて、踏ん切りをつけるためにその様な表情をしたまでです」

「どういうことだ」

「お嬢様はお相手となる方に、自分以外は見てほしくないと思っているのですよ。ですからご本人ではなく師匠に聞き、それからお嬢様に申し上げようと思っていたのです」

 本心も混ぜて言ってみたので、説得力はあるだろう。
 
 睨むことなくギルバートの瞳を真っ直ぐ見る。
 







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