20 / 35
20
しおりを挟む「師匠!よろしくお願い致します!」
いつも通り騎士団の訓練所にやって来たアイシャ。
そしていつものノルマをこなし、汗を拭いていた。
「アシュリーちゃんお疲れ様~」
「俺、最近アシュリーの店行ったけど、結構賑わってるのな。アシュリーちゃんがいなくて残念だったけど」
顔見知りの騎士達が話かけてくる。
「お疲れ様です。ご来店ありがとうございます。あそこは界隈でも人気のお店ですから」
騎士達の稽古も終わり、皆片付けをしている。
「え?なんだよ、俺も誘えよ!アシュリーちゃん、今度俺も食べに行くからね」
「お前、ちょうど非番だっただろ?仕事帰りに寄ったんだよ」
騎士団と言っても騎士の身分は様々だ。爵位のある者、伝で入っている者、実力でのしあがって来た者。
このリアンタールの騎士団は2つに別れている。
ギルバートは騎士爵を持っているが、元々は実力でのしあがってきた庶民の出だ。
このリアンタールでは近隣諸国との和平協定を何百年も結んでおり、面だった戦も起きてはいないのだが、海に面している国だけに外からの敵も多い。
よって騎士団は陸と海の二分制だ。
ギルバートはその内の陸の軍団を率いている。
「師匠、お話があります!少しお時間を頂けないでしょうか?」
少し稽古をつけてもらい、アイシャは終わり際に早速ギルバートに話してみることに。
「ここで話せ」
「師匠と二人きりで話したいんです!お時間は取らせません」
面倒そうに話すギルバートに、アイシャはくってかかる。
こんなに人が沢山いるところで話すことは出来ない。
「え、何?もしかして、ギルバート団長に……」
「嘘だろ!?二人きりって、おい!!」
「アシュリーちゃんがぁぁ!!」
騎士達が口々に話しているが、周りの声などどうでもいい。
「俺は忙しい。お前に構ってる暇はない」
「私のことではありません。いくつか聞きたい事があるだけです」
しばらく睨み合っていたが、ギルバートがため息を吐き、歩いていく。
「……来い」
「はい!」
アイシャは足早に進むギルバートの後ろに、遅れまいと走って着いていく。
他の騎士達がざわめきながら二人を見送っていた。
ギルバートが連れて来たのはこの前と同じ場所だった。
ガゼボにドカッと座ると、腕を組んで
「で、何だ?手短に話せ」
アイシャは座ることなく、立ちながらギルバートと向かい合う。
「はい。質問が2つございます。アーサー様の事についてですが、ご婚約者様などはいらっしゃるのですか?」
「……それはいない」
「では、もう1つ。アーサー様は正妃様の他に、側妃や妾などは望んでおられるのですか?」
アイシャは鋭くギルバートを見ながら、質問を繰り出す。
これが一番重要な質問だからだ。
「王太子ともなれば、必要になってくるだろう。周りが黙っていない。あいつは望んでないと思うが」
ギルバートは淡々と話すが、アイシャはそれを聞いて静かに目を閉じる。
「──わかりました。質問は以上です。お手間を取らせました」
アイシャは深くお辞儀をする。
きっとここに来るのは今日が最後になると思った。そしてもう、二度とこの人と会うこともないだろう。
「師匠、(色々と)ありがとうございました」
心の中で今までの感謝を述べる。長い間ではなかったが、学ぶことも多かった。
アイシャは顔を上げ、ギルバートを見ることもなく、そのまま踵を返し足早にその場を後にする。
答えがわかった以上、ここにいる必要はない。
むしろ危険だ。
アーサーは幼い頃からティアーナを捜し、そして好意を抱いている。
だがやはり、王太子である以上、一人の相手に絞ることは無理みたいだ。
一刻も早く遠くへ移ろう。
下手に一緒にいる時間を作るのは執着が増して、良い事ではない。
急いでティアーナに知らせないと。
先を急ごうと走り出そうとすると、急に腕を取られる。
「なっ!?」
後ろを振り返ると、ギルバートが少し怖い顔をして立っている。
「さっきの質問の意図はなんだ?」
腕を振り払おうとするが、力で敵う相手ではない。
ギリッと腕に力が籠められる。痛みに顔を歪めるが、気付かれないように平静を装おう。
「聞いた通りの意味です。うちのお嬢様も色々と不安なのですよ……知っていることが少ないですから」
なるべく気取られないように、普通に話す。ギルバートの腕の力は相変わらず強いが、アイシャは自分の体の力を抜いた。
警戒していると思わせてはいけない。
慎重にこの場を抜けなくては。
「そこじゃない。お前の表情だ。俺は色々な人間を見て来たからわかる。さっきのお前の顔は何か覚悟を決めた時のものだ」
核心をつかれ、心拍数が上がる。
油断した。いや、ギルバートを侮っていた。
人の感情の機敏など然程も興味もなさそうに澄ましているのに、意外なところでちゃんと見ているものだ。
アイシャはフッと笑ってしまう。
「何が可笑しい?」
「いえ、失礼しました。師匠がそんな風に見ていてくれたなんて意外で」
「誤魔化すな」
「本心です。ただ私は、お嬢様に先ほどの事を申し上げるのが心苦しくて、踏ん切りをつけるためにその様な表情をしたまでです」
「どういうことだ」
「お嬢様はお相手となる方に、自分以外は見てほしくないと思っているのですよ。ですからご本人ではなく師匠に聞き、それからお嬢様に申し上げようと思っていたのです」
本心も混ぜて言ってみたので、説得力はあるだろう。
睨むことなくギルバートの瞳を真っ直ぐ見る。
***************************
読んでいただき、ありがとうございます!
2
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる