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最終話
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「アリーの式で、わたしが父親役を出来るなんて光栄だね」
ジェイデンの髪色に合わせた白銀のウェディングドレス。緻密な細工が施された美しいベールに、手には色鮮やかな花が混ぜられたブーケが握られている。
「私のほうが光栄です。ローさんとこうしてバージンロードを歩くことができるなんて……! 夢みたいです!」
にこりと笑ったアリシアに、ローも顔の皺を深く刻み、笑顔を見せる。
「うん。とても綺麗だよ、アリー! わたしがあと三十年若ければ、このまま式場から攫っていくんだがねぇ」
ローは白髪を後ろに撫でつけ、帝国の紋様の入ったマントに軍服姿をしており、アリシアの花嫁姿に目を細めながら冗談交じりに言葉を返していた。
「ふふふっ。もう、ローさんたらっ」
「いやいや、冗談じゃないよ? わたしは初めからアリーを可愛いと思っていたからね。あの大公に渡してしまうのは、本当に惜しいよ」
「ローガン上皇陛下。冗談でも私の妻を口説くのはやめてもらえませんか……」
そこで不機嫌そうな口調で入って来たのはジェイデンだった。
ジェイデンは白のタキシードに、胸元には綺麗なピンクが映える薔薇が飾られている。長身だが細身でスタイルの良いジェイデンにとても良く似合っていた。
「大公様……」
「お前は相変わらずだな。余裕のない男は嫌われるぞ」
「……ありがたいお言葉、この狭量な心にしかと刻んでおきます。そろそろ式が始まりますので、上皇陛下も速やかに会場へご移動願えますか?」
穏やかに笑っているジェイデンだったが、まとうオーラは不機嫌そのもので、早く出て行けとばかりに退室を促していた。
「まったく……、お前はもう少し余裕を持てんのか。……ではアリー、またあとでね」
「はい、ローさん! のちほどよろしくお願いします!」
アリシアに向かい手を振って扉から出るローに、アリシアも元気よく笑顔で返事を返した。
パタン、と閉まった扉を確認してから、ジェイデンはアリシアの肩をぐっと掴んだ。
「アリシア! 貴女は本当に私を愛しているのですか!?」
ずいっと迫るジェイデンに押されながらも、アリシアは少し間を置いてから答えた。
「……おそらく、そうだと思います」
「え……? ……おそらく、とは……?」
ジェイデンはショックを受けたように、アリシアの肩を掴んでいた手から力が抜けている。
「――正直、私にもわからないんです。愛というものがなんなのか……」
二度目の婚姻を結ぼうと迫られたときから、ずっと考えていた。
だが、明確な答えは出なかった。
ジェイデンのことは好きだと思うし、愛しているとも言ったが、それがアリシアにとって正解でも不正解でもない気がしていた。
「ですが……、ジェイと一緒にいることは嫌ではありません。貴方に嫉妬されることも悪くはないです。貴方が私に執着していることを心地良く思っている自分もいます。それに……、貴方に触れられることも抱かれることも、今のわたしにはなくてはならないものです」
「アリシア……」
「これを愛と呼べるのなら、私は貴方を愛しています」
アリシアはジェイデンに向かい、にこりと笑う。
「ですが、私は自分から愛を求めません。何故ならそうすることに疲れてしまったからです。だからこそ貴方が向けてくれる好意は、私にとって救いになっています。ただ……貴方がそれに納得できないのであれば……、それはもう私にはどうすることもできません」
ジェイデンを愛しているが、もうアリシアは愛する行為に疲れてしまっていた。
好きという気持ちを持続する気力がない。
愛を向けられることは構わないが、自分が熱意を持って誰かを愛することはもうできないだろう。
「――私は、それでも構いません」
ジェイデンは掴んでいた手をアリシアの背中に滑らせ、そのまま力強くアリシアの体を抱きしめた。
「貴女は私の運命の伴侶です。要するに、貴女は私の全てなのです。魂が貴女を深く求め、貴女なしでは生きてはいけませんっ! 私自身、それを愛と呼べるのかわかりませんが、私には貴女しか見えませんし、貴女がとても必要なのです!」
アリシアもジェイデンの腕に抱かれ、必死に紡がれるジェイデンの想いを聞きながら瞳を閉じた。
「不思議ですよね……。簡単に『愛してる』とか『君しかいない』とか言われるより、今のジェイの素直な言葉の方が私には嬉しいんです。ずっと考えていましたが……おそらく私は、愛というものがなんなのかわからないし、信じていません。ですから、私を必要としてくれていることこそが、私にとって最大の愛情なのだと思います」
顔を上げたアリシアはにこやかに笑いながら、ジェイデンの美しい顔を見つめた。
「わかりました……、貴女の考えを否定することはしませんし、尊重いたします。ですが、やはり私は貴女を求めていますし愛しています。そして貴女以外にその言葉を使うことは決してありません! これだけは信じてくださいっ……!」
こんなことを言ってしまえば、普通の男性なら引いてしまうのだろうが、ジェイデンがそう答えてくれると思っていたからこそ、アリシアも本心を話すことができたのだろう。
アリシアの瞳から知らず知らずのうちに涙が溢れた。
「――はい。もちろんです!」
涙で頬を濡らしながら笑顔で答えたアリシアに、ジェイデンは切なげに眉を顰め、そっと唇を寄せる。
アリシアも拒絶することもなく、その唇を心地好く受け止め、幸せを感じながらゆっくりと瞳を閉じた。
完
ジェイデンの髪色に合わせた白銀のウェディングドレス。緻密な細工が施された美しいベールに、手には色鮮やかな花が混ぜられたブーケが握られている。
「私のほうが光栄です。ローさんとこうしてバージンロードを歩くことができるなんて……! 夢みたいです!」
にこりと笑ったアリシアに、ローも顔の皺を深く刻み、笑顔を見せる。
「うん。とても綺麗だよ、アリー! わたしがあと三十年若ければ、このまま式場から攫っていくんだがねぇ」
ローは白髪を後ろに撫でつけ、帝国の紋様の入ったマントに軍服姿をしており、アリシアの花嫁姿に目を細めながら冗談交じりに言葉を返していた。
「ふふふっ。もう、ローさんたらっ」
「いやいや、冗談じゃないよ? わたしは初めからアリーを可愛いと思っていたからね。あの大公に渡してしまうのは、本当に惜しいよ」
「ローガン上皇陛下。冗談でも私の妻を口説くのはやめてもらえませんか……」
そこで不機嫌そうな口調で入って来たのはジェイデンだった。
ジェイデンは白のタキシードに、胸元には綺麗なピンクが映える薔薇が飾られている。長身だが細身でスタイルの良いジェイデンにとても良く似合っていた。
「大公様……」
「お前は相変わらずだな。余裕のない男は嫌われるぞ」
「……ありがたいお言葉、この狭量な心にしかと刻んでおきます。そろそろ式が始まりますので、上皇陛下も速やかに会場へご移動願えますか?」
穏やかに笑っているジェイデンだったが、まとうオーラは不機嫌そのもので、早く出て行けとばかりに退室を促していた。
「まったく……、お前はもう少し余裕を持てんのか。……ではアリー、またあとでね」
「はい、ローさん! のちほどよろしくお願いします!」
アリシアに向かい手を振って扉から出るローに、アリシアも元気よく笑顔で返事を返した。
パタン、と閉まった扉を確認してから、ジェイデンはアリシアの肩をぐっと掴んだ。
「アリシア! 貴女は本当に私を愛しているのですか!?」
ずいっと迫るジェイデンに押されながらも、アリシアは少し間を置いてから答えた。
「……おそらく、そうだと思います」
「え……? ……おそらく、とは……?」
ジェイデンはショックを受けたように、アリシアの肩を掴んでいた手から力が抜けている。
「――正直、私にもわからないんです。愛というものがなんなのか……」
二度目の婚姻を結ぼうと迫られたときから、ずっと考えていた。
だが、明確な答えは出なかった。
ジェイデンのことは好きだと思うし、愛しているとも言ったが、それがアリシアにとって正解でも不正解でもない気がしていた。
「ですが……、ジェイと一緒にいることは嫌ではありません。貴方に嫉妬されることも悪くはないです。貴方が私に執着していることを心地良く思っている自分もいます。それに……、貴方に触れられることも抱かれることも、今のわたしにはなくてはならないものです」
「アリシア……」
「これを愛と呼べるのなら、私は貴方を愛しています」
アリシアはジェイデンに向かい、にこりと笑う。
「ですが、私は自分から愛を求めません。何故ならそうすることに疲れてしまったからです。だからこそ貴方が向けてくれる好意は、私にとって救いになっています。ただ……貴方がそれに納得できないのであれば……、それはもう私にはどうすることもできません」
ジェイデンを愛しているが、もうアリシアは愛する行為に疲れてしまっていた。
好きという気持ちを持続する気力がない。
愛を向けられることは構わないが、自分が熱意を持って誰かを愛することはもうできないだろう。
「――私は、それでも構いません」
ジェイデンは掴んでいた手をアリシアの背中に滑らせ、そのまま力強くアリシアの体を抱きしめた。
「貴女は私の運命の伴侶です。要するに、貴女は私の全てなのです。魂が貴女を深く求め、貴女なしでは生きてはいけませんっ! 私自身、それを愛と呼べるのかわかりませんが、私には貴女しか見えませんし、貴女がとても必要なのです!」
アリシアもジェイデンの腕に抱かれ、必死に紡がれるジェイデンの想いを聞きながら瞳を閉じた。
「不思議ですよね……。簡単に『愛してる』とか『君しかいない』とか言われるより、今のジェイの素直な言葉の方が私には嬉しいんです。ずっと考えていましたが……おそらく私は、愛というものがなんなのかわからないし、信じていません。ですから、私を必要としてくれていることこそが、私にとって最大の愛情なのだと思います」
顔を上げたアリシアはにこやかに笑いながら、ジェイデンの美しい顔を見つめた。
「わかりました……、貴女の考えを否定することはしませんし、尊重いたします。ですが、やはり私は貴女を求めていますし愛しています。そして貴女以外にその言葉を使うことは決してありません! これだけは信じてくださいっ……!」
こんなことを言ってしまえば、普通の男性なら引いてしまうのだろうが、ジェイデンがそう答えてくれると思っていたからこそ、アリシアも本心を話すことができたのだろう。
アリシアの瞳から知らず知らずのうちに涙が溢れた。
「――はい。もちろんです!」
涙で頬を濡らしながら笑顔で答えたアリシアに、ジェイデンは切なげに眉を顰め、そっと唇を寄せる。
アリシアも拒絶することもなく、その唇を心地好く受け止め、幸せを感じながらゆっくりと瞳を閉じた。
完
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(連載中の薔薇の~は連載中なので完結まで待つつもりです)
アリーさんを虐めた大公家の使用人は解雇されたみたいだけど、ブルーノもクビになったのかな?大公さんの右腕らしいが、彼は主人である大公さんから度々アリーさんへの態度を改める様に言われたのに言う事を聞かなかったが…。
二人これからが幸あらん事を祈っております
*(๑¯人¯)ナムナム✧*
ルイ様!
感想いただき、大変ありがとうございます!
「他には何もいらない」を気に入っていただいているようで、筆者は猛烈に嬉しいです( ;∀;)
筆者の他の作品も読んで下さっているようで、もう感謝感激でございます!ありがとうございます♡
こうして他作にて感想を頂ける事も大変ありがたく思っております♡
筆者はチキンですので、感想欄を滅多に開かないので本当に申し訳ない限りです(_ _;)
チキンなのですが、こうして感想をいただけますと大変嬉しいです!
ちなみにブルーノですが…このあと改心いたしました(^_^;)
ブルーノは基本、権力主義と言いましょうか…要するに自分より身分の高い人間には頭が上がらない人間です。
アリシアが皇帝と並ぶ「聖女」という地位を手に入れた瞬間から、アリシアに頭が上がらなくなった、という感じです。自分が認めた人間以外は受け入れない、自分勝手な男ですよね〜。
ジェイデンはアリシアの尻に敷かれ…しかしそれを至福と感じながら過ごしていきます。
アリシアもなんだかんだジェイデンに愛されながら、充実した日々を送っていくことでしょう。
ルイ様。
読んでいただき、ありがとうございました(*^^*)
6年間レスを読ませて頂いてる合間に作者様の色々な作品を読ませてもらってます。
これめちゃくちゃ面白いです。今後の展開が気になるし、とても楽しみです!
本当はとってもお偉い庭師のローさんが好きなキャラです(笑)
別作品、ルーシェの苦悩もラブラブで凄く面白かったです。
mami様!
たくさん感想をいただき、大変ありがとうございます!
思い掛けず筆者の他の作品の感想までいただけて、すごく嬉しいかったです(*^^*)♡ありがとうございます!
今の段階でアリシアの地位も確立してきましたし、これからは‘振り回される側’から‘振り回す側’へと徐々に変わっていきそうですね。
今後もお楽しみいただけると幸いです!
ローさん推し嬉しいです!筆者も密かに推しております(^^)
待ってました!
連載ありがとうございます。
湯上がりたまご様!
感想いただき、大変ありがとうございます(*´ω`*)
とっても嬉しいです♡
更新お待たせしてしまい、申し訳ございません!
この先どうしようかと悩んでいましたので、更新がさらに遅くなってしまいました。
なんとかプロットもまとまりましたので、もう少しお待たせしないで更新できると思います(*^^*)