上 下
58 / 67

素直な心

しおりを挟む
 人々が寝静まった真夜中。
 アリシアは寝間着姿でジェイデンの部屋の前に立っていた。

「くっ……! う、ぐッ……!」

 部屋の中からはジェイデンの呻くような苦しそうな声が響いている。

 ――コンコン。

 ドキドキしながら部屋の扉を叩いた。
 怖さと緊張で、叩いていた手が震えている。
 ノックが届いたのか、苦しそうにしていたジェイデンの声がピタリと止む。
 まるで初めて大公家に来た時のようだ、とアリシアは頭の片隅で思う。

「大公、様……大丈夫ですか?」

 辺りはシーンと静まり返り。
 アリシアの声だけが広い廊下に響いていた。

「大公様?」

 物音も返答もなく、アリシアの心に悲しさと惨めさが混ざったような苦い思いが広がっていく。
 扉の前で俯いたまま、動くことができなかった。

「もし……私が必要なら、……呼んで、ください……」

 呟くほどの言葉が、勝手に口から漏れた。
 諦めて戻ろうとした次の瞬間、突然扉が開いた。

「――!」

 中へと引きずり込まれるように腕を引かれ……そして扉が無情に閉まった。


「なぜ……来た、んだ……」

 考える暇もなく、ジェイデンの腕に抱きしめられている。
 触れているジェイデンの体はとても熱く、竜族の血の暴走からくる苦しみからか、呼吸も苦しそうに乱れていた。

「っ、……それは」
「君を、解放する、つもりだった……」
「え……?」
「契約も、破棄し……自由にしようと……」

 ジェイデンがさらに力を込めてアリシアの体を抱きしめる。押し付けられているジェイデンの鼓動はとても速く、話している声も震えている。

「どうして、ですか……?」
「君を……愛している、からだ……」
「――ッ!!」

 抱きしめられたまま、アリシアは目を大きく開いた。
 心臓がこれまでにないくらいバクバクと速く動き、体が高揚感で満たされ、ふるふると震えてくる。
 
「駄目だ! こうしている、だけで……我慢が、効かなく、なるっ……」

 屈んで抱きしめていたジェイデンは、求めるようにアリシアの首筋の匂いを嗅いでいる。
 その仕草が擽ったくて、アリシアは思わず肩をすくめた。

「はぁ……、もうこれ以上……君を、傷つけたくないっ……」

 苦しそうに吐かれた言葉に、アリシアの心もぎゅうっと掴まれるように苦しくなった。

 もしかして、私がずっと嫌がっていたから……? 私が必要ないんじゃなくて、私を傷つけないために――

 ジェイデンも苦しいはずなのだ。いや、苦しくないはずがない。
 こんなに体が熱く、呼吸も荒く乱れている。苦痛に耐えきれないほど、声も漏れているのに……それを抑えてでもアリシアを気遣ってくれていた。

「……てください」

 自分でも知らない内に言葉が出ていた。
 ジェイデンの胸元の服を握り締め、顔を上げて思ったままの気持ちを言葉にしていく。

「我慢なんて……、しなくていいです」

 アリシアの言葉に、ジェイデンは首筋からゆっくりと顔を上げる。

「私を……抱いて、ください……」

 ジェイデンの宝石眼が大きく開かれ、アリシアの言葉が終わるやいなや性急に唇を奪われた。
 
「んッ!」

 開いた唇の隙間から熱い舌が入り、アリシアの舌を絡める。

「は、ぅっ……ん……!」

 貪るような、とはまさにこのことで……
 ジェイデンはアリシアの吐息を奪うように、荒々しく唇を重ねていく。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】幼馴染の魔王と勇者が、当然のようにいちゃいちゃして幸せになる話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R18】翡翠の鎖

環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。 ※R18描写あり→*

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

ミユはお兄ちゃん専用のオナホール

屑星とあ
恋愛
高校2年生のミユは、母親が再婚した父親の息子で、義理の兄であるアツシに恋心を抱いている。 ある日、眠れないと言ったミユに睡眠薬をくれたアツシ。だが、その夜…。

悪徳領主の息子に転生したから家を出る。泥船からは逃げるんだよォ!

葩垣佐久穂
ファンタジー
王国南部にあるベルネット領。領主による重税、圧政で領民、代官の不満はもはや止めようがない状態へとなっていた。大学生亀山亘はそんな悪徳領主の息子ヴィクターに転生してしまう。反乱、内乱、行き着く先は最悪処刑するか、されるか?そんなの嫌だ。 せっかくのファンタジー世界、楽しく仲間と冒険してみたい!! ヴィクターは魔法と剣の師のもとで力をつけて家から逃げることを決意する。 冒険はどこへ向かうのか、ベルネット領の未来は……

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

処理中です...