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平穏な時間

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 その日、ジェイデンはアリシアを隣に寝かせたが、抱くことはしなかった。
 ただ、切実にアリシアを気遣い、朦朧とした意識の中、夜中に何度も腫れた頬の布を取り替え、心配そうに隣で眠るアリシアを見守っていた様子が見られた。
 アリシアは過度のストレスと体の痛みで熱を出し、ジムの暴力もあって、二日ほどベッドから起き上がれなかった。

「アリシアさん、体調はどうですか?」

 ベッドに横たわるアリシアの手を握り、ジェイデンは眉根を下げてアリシアを気遣う。

「本当にもう大丈夫です。頬の腫れも引きましたし、熱も下がりました」

 横を向いて座っていたジェイデンに、わずかな微笑みを見せる。

「良かったです。……実は、ローガン上皇陛下が、貴女に面会したいと仰っております」

 握っていた手に、わずかな力が加わる。
 声に妬みが加わり、ジェイデンの瞳が蛇のような瞳孔へと変わっていく。

「っ! ローさんが?」
「……えぇ」

 驚いた表情で話しているアリシアとは対象的に、ジェイデンの表情はなぜか晴れない。

「えっ……と? こちらにいらしているということですか?」
「はい」
「なっ!? すぐにお通ししてくださいっ!」

 あの庭園から出ることのなかったローが、アリシアの見舞いのためにわざわざ王宮まで来てくれている。
 慌てて横たわっていた体を起こし、アリシアはジェイデンを急かす。

「――私は、貴女を、誰にも会わせたくありません……!」

 ジェイデンは離された手を再び握っている。
 眉根を下げて、切実に語られる言葉に戸惑いながら、アリシアはそれでも自分の意見は譲らなかった。

「え……? で、ですが、私は、ローさんにお会いしたいです」

 握られた手は離さなかったが、ジェイデンはとても悔しそうな表情で俯いた。
 短く息を吐き、俯いたままポツリと呟いた。

「そう……ですよね……? わかり、ました……」
 
 酷く落胆を見せているジェイデンを、アリシアは不思議そうに見ていた。
 アリシアの握っていた手を名残惜しそうに離すと、ジェイデンはゆっくりと席を立つ。
 扉まで歩いて、開いた場所から何かを話していた。

「やぁ、アリー! 大丈夫かい!?」
「ローさん!」

 ローはいつもの軽装ではなく、きちんとした正装をしていた。
 こうした格好を見ると、やはりローは先々代の皇帝なのだと再認識する。

 近くまで寄ったローは、先ほどまでジェイデンが座っていた椅子に腰掛けた。

「――可哀想に……。こんな姿になって……、痛かったね」

 アリシアの頬にはまだガーゼが貼られている。口元にも同じく処置されており、見た目は痛々しい。
 ローはアリシアの痛ましい姿に、悲痛な表情を浮かべている。

「いえ、もう痛くないです。こんなのは慣れてますから、何ともありません!」

 平気そうに笑うアリシアを、ローは悲しい表情で見ていた。

「アリー……。すまないね。君の話をあれだけ聞いていたのに。わたしは、君を守れなかった……」

 なぜかローは両手で顔を覆い、話していた声もわずかに震えていた。

「ロー……さん?」

 どうしてジェイデンもローも、アリシアが殴られたからと、悲観に暮れているのかわからなかった。

「もう、君が、誰からも迫害を受けないよう……きちんと対応するから、安心してほしい……」
「あ、の……? なんの、ことですか?」

 悲痛な表情でアリシアを見ているローも、その後ろで同じように悲観に暮れているジェイデンも。

 アリシアが知らないところで、物事は進み始めていた。




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