上 下
48 / 67

重なる不幸

しおりを挟む
 
 何故ジムが、ここに……!

 ジムを見た瞬間、アリシアはパッと物陰に隠れた。
 幸いにも向こうはアリシアに気付いていない。
 バクバクと心臓が嫌なほど早く動いている。顔を見ることすら強い拒絶反応が起こる。
 自分はよくあんな男といたのだと、今さらながら思う。
 
 だめッ!ここにはいれない!

 アリシアはそっと会場を抜け出した。
 逃げるように走り、どうにか真っ暗な庭園の方までやってきた。

「はぁっ、……はぁっ……」
 
 全速力で走ったからか、息が切れる。
 そのまま庭園に併設されているベンチに腰掛け、自分の体を抱きしめた。
 自分を落ち着かせるように震える体を両手で擦った。
 
 見つからなくて良かった……もうあんな人、二度と会いたくないっ……!

 久しぶりに見た元夫が酷く醜く見えた。
 日々ジェイデンやロウエンといった美しい男達を見ていたせいか、自分の目が肥えてしまったのかもしれない。
 元々嫌いだったが、今では嫌悪感と拒絶感しかない。
 
 しばらくアリシアは庭園のベンチに座り、体を抱きしめたまま気持ちを落ち着かせていた。
 
 そろそろ……戻らないといけないわ……。
 このまま、部屋へ戻っていてはダメかしら……私がいても、意味などないのだし……。

 ジェイデンはアリシアに会場にいてくれと言っていた。だからアリシアもああして壁際で待機していたのだ。
 飲み物をジェイデンに渡し、たまに身なりを整えるくらいしか役どころがない。
 元夫にも会いたくないし、ジェイデンが他の女性と踊っているのも見たくなかった。
 
 深いため息を吐きながら、アリシアは立ち上がった。
 見上げると夜空には星が瞬き、半分に欠けた月も出ている。こんなにも綺麗な月夜なのに、アリシアの心は真っ暗闇で満たされていた。
 とぼとぼと来た道を戻っていた。
 何日も皇宮に滞在していて、中の通路も迷わず戻れるようになっていた。

「オイッ!そこのお前っ!」
「ッ!!」

 突然かけられた怒鳴り声。
 心臓が再びバクバクと早く動く。
 忘れもしないこの高圧的な言葉。
 元夫のジムだ。
 咄嗟に俯き、アリシアはガタガタと震えだした。

「今すぐ酒を持って来いっ!さっさとしろぉっ!」

 ジムは一人だった。先ほどまでいた愛人の姿が見えない。すでに酔っ払っていて、呂律も怪しくなっていた。
 こうなるとさらにジムの手が早くなる。子爵家では手に負えない状態だった。
 
「ったく!どいつもこいつもぉッ!俺を、バカにしやがってぇー!」

 苛立っているのか、空になったグラスを思うまま地面に叩きつけた。
 
 ガッシャーンッ!!

 粉々に砕けたグラスが四方に飛び散り散乱した。

「ヒッ!」

 条件反射で咄嗟に体を竦めた。
 その反応を見たジムは何かに気付いたように、ふらふらとアリシアに近づく。
 
「ん?お、まえ……」

 アリシアは怖くて足が動かない。
 呼吸も荒く、冷や汗をかいて体中の力が抜けてしまいそうだった。
 かろうじて後退りをし、距離を取るが、ジムは手を伸ばしてアリシアの被っていた頭飾りを力任せに掴んだ。

「キャッ!」
「……やっぱりな。お前か、アリシア!」
「ッ!」

 酩酊としているジムは皮肉げな顔でアリシアを見ていた。
 持っていた頭飾りを地面に投げ、震えているアリシアの手首を掴んだ。

「い、嫌ッ!は、離してッ!」
「このっ!アリシアの分際で騒ぐなッ!!」

 バシンッ!!
 思い切り平手で頬を叩かれた。
 久しぶりに味わう絶望感と鋭い痛み。

「お前のせいだ!俺が馬鹿にされるのもっ!家が傾いたのもッ!!お前が勝手に出て行ったからだろうがッ!!」
 
 酔っ払っているのか、ジムの言っていることはめちゃくちゃだった。
 むしろ出て行けと離縁書を渡したのはジムの方だ。
 それをアリシアのせいにしている。

「俺に相手にされないから、わざと出て行ったんだろ!?お前なんて相手にしたくもないが、そこまで俺が恋しいのか?……まぁ、ちょうどいい。来いっ!!」
「痛ッ……」

 掴まれた手首を強引に引っ張り、引き摺るように庭園近くにある部屋まで連れて行く。

「やぁ!い、やっ!やめてっ!あなたとは、もう関係ないのっ!!触らないで!!」 

 アリシアは扉の前で精一杯暴れて反抗的する。
 そこでまたジムはカッとなりアリシアの髪をグッと掴む。

「痛いッ!!」
「大人しくしろっ!俺が相手してやるって言ってんだ!お前もずっと願っていただろ?!」
「なっ……!」
「連れてきた女が大公の方がいいって、俺をバカにしやがったんだ!むしゃくしゃしてたが、ちょうど良くお前がいたからな……」
 
 アリシアの体がさらにガタガタと震える。
 この男は何を言ってるのか。
 あれほどアリシアを毛嫌いして、家にいた時は暴力を振るうだけで見向きもしなかったのに。
 今になって自分の都合でアリシアに手を出そうとしている。

 ぐいっと手首を引っ張り、扉を開けてアリシアを部屋へと連れ込んだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

ずっと君のこと ──妻の不倫

家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。 余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。 しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。 医師からの検査の結果が「性感染症」。 鷹也には全く身に覚えがなかった。 ※1話は約1000文字と少なめです。 ※111話、約10万文字で完結します。

【完結】堕ちた令嬢

マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ ・ハピエン ※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。 〜ストーリー〜 裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。 素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。 それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯? ◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。 ◇後半やっと彼の目的が分かります。 ◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。 ◇全8話+その後で完結

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

公爵に媚薬をもられた執事な私

天災
恋愛
 公爵様に媚薬をもられてしまった私。

処理中です...