27 / 67
不思議な老人
しおりを挟む案内された先に、こじんまりとした小さな家と、庭の中に置かれたテーブルセットがある。
皇宮の片隅にこんなお家が…?ここの、庭師の方かしら…、?
ただ話し相手になるのも気が引けたので、お茶は自分で淹れると申し出た。
入った家の中は、本当に一人で住むほどの最低限の物しかなく、ご老人の言う通り物悲しさを感じた。
「随分と手慣れているねぇ。見たところ、大公家の侍女のようだが…」
慣れた様子で火を起こしているアリシアを、感心したように見ていた。
「よく、ご存知ですね?……私は侍女という訳ではなく…、色々事情があって大公家に留まっているだけです…」
「ほぅ…」
途端に表情の暗くなったアリシアに気づいた老人は、またにこやかにシワを刻んだ。
「茶が入ったら、外で飲もうかね」
外に設置してあるテーブルセットまで二人で移動した。
茶菓子も出してもらい、心地良い午後の日射しの中、アリシアとご老人は対面で座っている。
「ここにはわたししかいない。気軽に話してくれないか?お嬢さんを悩ませているのは、一体なんだい?」
「……っ」
「こんな老人でも、話せば少しは心も晴れる。わたしも俗世から遠のいて久しいが…、お嬢さんのような、可愛らしい女性の力になれるかもしれないよ?」
また老人は、シワを深く刻みアリシアに笑いかける。
アリシアは思わずふふっと笑った。
「可愛らしいだなんて…初めて言われました」
家族を抜きにした他人にそう言われたのは初めてだ。
それで気が緩んだのか、アリシア自身、自分の胸の内を聞いてもらいたかったのか…、これまで溜めていたものを差し障りのない程度に話した。
「……、そうかい。お嬢さんは随分と苦労したんだね…」
「いえ…、私の努力が足りないせいなんです。もっと聡明で賢い方でしたら、上手くやれたのでしょうけど…、私は要領も悪く、愛想もありません。ですから、夫にも愛想を尽かされるんです…」
「うむ。男というものはね…大人になっても寂しがり屋で甘えを求めているんだよ。そしてね、相手に対して自分の思いを言葉に表すのが苦手なのさ」
お茶を一口飲みながら、アリシアは驚いた。
「それは…、人によるのでは…?」
「はははっ、そうかもしれん!だがね、大半の男はそうだ。わしもそうさ」
「おじいさんも…?」
「もちろんだよ。やはり一人は寂しいし、たまには誰かと話したくもなる。若気の至りで、わたしも昔は虚勢を張ったり、人から恨まれるような事もしたよ。…だがね、その結果…こうして今、一人でいる羽目になっているのさ…」
テーブルのお茶を持ちながら、老人は物寂しげに話している。それはまるで後悔でもしているように。
「自らの過ちは、自らに返る。君のご主人も、きっとその内痛い目を見ると思うよ?」
「そう…ですかね…」
「年寄りの言う事は、経験に基づいているからね…。伊達に長く生きてないよ」
ご老人は、そう言ってお茶を一口飲む。
アリシアは考えていた。
あの夫に、罰が…。そうなれば私の気持ちも、少しは晴れるのかしら…。
ついでに私に酷いことを要求してる、大公様やあの側近の方にも…罰が当たればいいのにッ。
善行を積むはずのアリシアが、他人の不幸を願っていて、その矛盾が可笑しくて、思わず笑った。
「ふふっ…」
「─おや。やはりお嬢さんは、笑った方がとても良い顔をしているね」
「っ…、私なんて…」
「自分を卑下するのは良くない。君は十分可愛らしいし、一生懸命生きている。人生一度しかないんだ、何事も楽しまなければ損をするよ?…わたしのようにね…」
「……おじいさん…」
テーブルの上に置いたお茶を両手で持ち、俯いて笑った顔がとても悲しそうで…。このご老人の人生に、一体何があったのか知りたくなった。
「あの…」
話しをしようと発した声は、皇宮に鳴り響く鐘の音で消された。
「もう、夕刻だ。そろそろ戻りなさい。遅くなると迷ってしまうよ」
ご老人は椅子から立ち上がり、空を見上げていた。いつの間にか茜色になった空に、アリシアは時間が経つのを忘れていた。それほど、楽しかったからだ。
「おじいさん。また、来てもいいですか?」
アリシアも席から立ち上がり、ドキドキしながら思い切って聞いてみた。
「もちろんだよ。いつでもおいで」
シワを刻みながらにこやかに笑ったご老人の顔は、先程とは違い、嬉しそうな表情を見せていた。
22
お気に入りに追加
586
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる