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悪夢と現実
しおりを挟むはぁ、はぁ…!
何もない、真っ暗な道を、何かに追い掛けられるように、必死で逃げている。
それがナニかはわからないのに…、とにかく逃げなくてはいけないのだと、本能的に察した。
真っ暗な闇がアリシアを呑み込むように背後から迫っていて、裸足で真っ暗な道をひたすら走った。
『お前はいつも暗くて、気持ち悪いっ!いるのかいないのか分からないっ!お前みたいなヤツが、俺に近寄るなっ!!』
『またよ、奥様…。結婚してからずぅっと、旦那様に避けられてるの。私ですら、夜のお相手をしているのに…』
『フフッ…、あら、あなたも?旦那様ってば、しつこく求めて来るから、次の日が辛いのよねぇ』
『わかるわ~。でも、その分お金も結構貰えて、助かるのよね。本当…、奥様は気の毒だわ』
『えぇ、本当ねっ!』
嘲笑う声。
見下す言葉。
自分達の方が優位だと言わんばかりに、アリシアを憐れに罵る。
はぁ、はぁ…!
苦しいっ…、やめてっ…!聞きたくないっ!!
必死で声を振り払うように走っているのに、その声たちは追い掛けるようにアリシアをあらゆる方向から責め立てる。
『ほんっと…、あんな嫁、早くいなくなればいいのにッ!今だに孫の姿も見れないなんてっ、役立たずもいいとこだわっ!!』
『ねぇ…、あの人って奥様なの?』
『何の為に、いるのかしら?』
『旦那様もヒドイわよね~、ご自分の仕事を全部奥様に擦り付けて、遊び歩いているんですものっ』
『アリシアっ!こんな事もできないのかっ!!子爵家が傾いているのは、全てお前のせいだっ!どうにかしろっ!!』
『また旦那様と喧嘩してるわ…』
『あの女好きの旦那様が、ここまで毛嫌いしてる奥様って…、女として終わってるわよね…』
『ははっ…、いい気味よ…』
はぁ、はぁ、はぁっ…!
やめて、やめて、やめてぇぇっ!!
わかってる…、わかってるから…、私には…そんなの無理だって!
こんなの聞きたくないッ!!女じゃなければ…、こんな苦しくて…、惨めな思いをしなくて済んだの…?
もう、お願いだから…、やめて……。
私は、何も望んでないっ!
これ以上、私を、追い詰めないでぇッッ!!!
逃げるように何もない真っ暗闇の中を走っていたアリシアは、泣きながら耳を塞いで必死で走った。
助けて…、誰かっ…、お願い──。
『──もう、大丈夫です…』
真っ暗な闇の先に、僅かな光が差した。
誰…?
激しく息を乱したアリシアは、不安を胸にその光に裸足のまま近づいた。
『大丈夫です。ご安心下さい…』
声と共に光が辺りを眩く照らして、アリシアの体ごと真っ暗な空間が一気に光で満たされた。
あ…。
温かい。
心地いい…。
いつまでも、この心地良さに、浸っていたい…。
ふっと、そこで目が醒めた。
目覚めた先はやはり眩しくて、薄く開かれた瞳をまたぎゅっと瞑った。
咄嗟に腕を上げて光を遮ろうとしたが、思った以上に腕が上がらず、体がひどい倦怠感を覚え、頭も朦朧としていた。
「目覚めましたか?」
不意にかけられた声に怠さを押して首を少し傾け、はっきりしない意識の中、視線だけ横を向いた。
「まだ、休んでいて下さい…。熱も高く…酷すぎます。あなたの体の状態も……、まだ療養が、必要です…」
誰が話しているのか全くわからない。
意識が混濁して、目の前が霞んだようにボヤケている。
おでこに乗せられたタオルが心地よくて、アリシアは思わず安堵の息を吐く。
冷たくて…、気持ちいい…。
ここなら、安心して寝れる……。
そしてまたアリシアは意識を手放した。
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