3 / 67
同乗
しおりを挟むアリシアはその厚意をすぐ断った。
自分はずぶ濡れで先ほどの作業で泥も被り、足元やフードも全て泥まみれになってしまっている。
暗闇でも分かるほど、この馬車は見るからに高貴な貴族の馬車。
そんな人の馬車に、こんな格好で乗ることなどとても出来なかった。
汚してしまうからと再三断りを入れたが、その人物も随分義理堅いのか頑として譲らなかった。
身分の高い人にここまで言われて断り続ける訳にもいかず、妥協案として御者の隣に座らせて貰うことにした。
「大丈夫かいっ?旦那様もあぁ言って下さってるし…こんな雨風も凌げない所じゃなくても…」
「乗せて貰えるだけで十分です」
心配してくれている御者には悪いが、本当ならアリシアは一人で歩いて行きたかった。
「じゃあ出発するぞ。しっかり掴まっているんだぞ!」
「えぇ、わかりました」
御者が馬に鞭を振ると、馬が嘶きながら動き出した。
馬車から落ちないようにアリシアは隣で柵をしっかり握った。再び山道を馬車が走り出す。
歩くよりも早い速度で通り過ぎていく山並みを眺めながら、アリシアは雨や風を遮るように俯いて考えていた。
ジムとは意図せず白い結婚になってしまった。
いや、夫はそのつもりだったのかもしれない。初めから離縁を視野に入れていたのだろう。
法律上も婚姻から一年以上経ち子供が出来ていなければ、双方の同意だけで離縁が成立するからだ。
だが、手続きから受理までに5日ほどかかる。それまではまだアリシアは子爵夫人だ。
近くの修道院まで距離はあるが、アリシアは一人になりたかった。
それに同乗してしまえばこの汚れたフードを取らなければならない。隠していたフードを取ってしまえば、殴られて腫れた頬を見られてしまう。
たとえ離縁するにしても、他人に家庭の醜態を晒すわけにはいかない。それだけは避けたい。
ザァー…っと雨足がまた強くなる。
外の空気に晒されながら走る馬車は、想像以上に厳しかった。
濡れた服が体温を奪い、雨風が冷えた身体を更に酷使していく。
次第に誤魔化せない程体が震えてくる。
「おい、大丈夫かい…お嬢さん。そんな薄着で、身体を壊してしまうよ…」
御者が隣で震えているアリシアの様子を見て、とても心配そうに声を掛けてきた。
「だ、大丈夫…です…」
「もうすぐで着くから、辛抱してくれよっ」
そう言いながら馬車を飛ばした。
暫くして着いた場所は、見たことも無いような豪華なお屋敷だった。この頃には雨足も弱まり、空には所々星空も見え初めていた。
子爵家だった屋敷は、夫の浪費でお世辞にも裕福とは言えないものだった。
夫の言い付けと家計の傾きのせいで、社交界にもほとんど顔を出しておらず、自分はさておきジムはとにかくアリシアに贅沢する事をを禁じていた。
馬車の豪華な造りやこの立派なお屋敷の感じからも、この馬車に乗っている貴族が高貴な出だと言うことが伺い知れる。
アリシアは門が開く前に馬車から降ろして貰う。このままお屋敷まで入ることは憚られた。
「おじ…さん、ここで…結構です…」
御者の手を借りて何とか馬車の台座から降りたが、体が凍えそうに寒い。
気丈に振る舞っていたが、どうしても言葉が震える。
「おいおい、体が震えてるぞ?」
「い…え。さ、先を…急ぎ、ますから…」
今度こそその場を立ち去った。
…筈だった。
「助けて頂いて、お礼もせず帰す訳には参りません」
いつの間に降りてきたのか、馬車に乗っていた高貴な貴族がアリシアの行く手を遮った。
雨に濡れた重いフード越しに、その人を見ると、アリシアはビクリと体が大きく震えた。
寒さからではない。
社交に精通していないアリシアでも知っている。
目の前のその相手が、あの有名なジェイデン=ハミルトン大公だったからだ。
22
お気に入りに追加
586
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる