2 / 67
雨の日の出会い
しおりを挟む雷雨の中、子爵家を出た。
フードを被っていても次々とどしゃ降りの雨が容赦なく降り注ぎ、服の隙間に染み込んでくる。
すっかり夜もふけており、周りには人はおろか動物すらもいない。
こんな遅い時間では馬車も走っていなかった。
アリシアの両親はすでに他界しており、実家は兄が継いで妻子もいるため頼る訳にもいかない。
それに離縁された女など、戻った所で良い笑いものだ。
ひとまずここから近い街へと歩き出した。
街へ行くには山を超えなければならない。そこまで深い山ではないが、夜の山道は危険も伴う。
だがそんな事は、今のアリシアにはどうでも良かった。
これから、修道院へ向かおう…。
そして修道女として神にこの身を捧げ、一生を終えるの…。
ある時からずっとそう考えていた。
あの夫には元々恋人が居たからだ。加えて女癖も悪かった。
アリシア自身、初夜すらも共に過ごしていない清い身だ。もちろんアリシアはそれでも夫であるジムに全てを捧げるつもりで式の夜、一人で部屋のベッドで待っていた。
だが…そのまま朝までジムが現れる事はなかった。
それからのアリシアはずっと肩身の狭い思いをしていた。同居していたジムの両親にも、跡継ぎについて散々言われていた。
しかし子を儲ける以前に、それに至る行為すらないのだからどうすることもできなかった。
ジムにも再三お願いしたが…、まるで不快なモノでも見るような蔑む目で睨まれ、また暴力を振るわれた。
お前みたいな女など抱く気も起きないと一蹴され…頭まで下げて頼み込んだのだが、しまいには色狂いだ、淫乱だと罵られて遂にアリシアの心は折れてしまった。
だが、アリシアのような女性は少なくなかった。この国では政略結婚した者の半数は離縁している。
妾や愛人、娼婦などは当たり前。男達はそれらで欲を満たしていた。
アリシアの両親も政略婚だったが、まだ夫婦仲は良い方だった。
ピカピカと光り雷鳴が轟き、ザァー…とまた一層雨足が強くなる。
少ない荷物を持ち、山の中腹辺りまで来ていた。この悪天候で道も泥濘み、歩く足も遅くなっていた。
雨に濡れた寒さも次第に体力を奪っていく。
ふと背後から馬車の音が近づいてきて、そのまま脇を通り過ぎた。びしゃびしゃっと泥が跳ね、アリシアのフードが泥まみれになった。
こんな泥濘みの道を、あんなスピードで馬車で走っていては嵌まってしまうのではないか。
そう考えていたアリシアの少し前で案の定、馬車は泥濘みに嵌り動けなくなっていた。
「くっそ!こんな場所でッ!」
御者の男が地面に降りて泥濘みに嵌まった車輪を見て、忌々しそうに言葉を吐き捨てている。
「旦那様ぁー!申し訳ございませんッ、車輪が泥濘みに嵌まってしまいまして…。どうにか抜けましますので、今暫くお待ち下さいッ!」
馬車の扉をドンドン叩いて大声で話していた。
「えぇ、わかりました。私もお手伝いに参りましょうか?」
「いえ!滅そう御座いませんっ!旦那様は馬車の中でお待ちになっていて下さいっ!!」
目の前で繰り広げられる光景をアリシアはただ歩きながら眺めていた。
御者は車輪に木を挟んで懸命に後ろから押していたが、息を切らしながら押していても一向に抜け出せずにいる。
どう考えても一人では無理だった。
ちょうどその脇をアリシアが通りかかって、見て見ぬふりも出来ず御者に声を掛けた。
「宜しければ、お手伝い致します」
「えっ!?やっ、びっくりしたぁ…あんたは女性かいっ?こんな天気の夜更けに…物騒だぞ」
「この泥濘みでは木の板だけでは滑ってしまいます」
そう言って荷物からハンカチを出した。木の板の上に同じく噛ませ、御者にゆっくり馬を出すように言った。
後ろからアリシアも馬車を押し、ゆっくりと動いた馬車は無事に泥濘みから抜け出した。
「お嬢さん、ありがとうっ!!助かったよ!!」
これから神に仕える身となる。困っている人がいたら助けなければならない。
馬車押してた事もあり、アリシアは全身泥だらけになってしまった。
それでも誰かの役に立って感謝されることは、今のアリシアにとって救いになった。
「いえ、では…」
ペコッと頭を下げて再び山道を歩き出した。
「やっ、ちょっと待ってくれ!何かお礼でもさせておくれっ」
「少しでも手助けになれたのでしたら、それで…」
一言言ってまた歩き出した。
歩き出したアリシアの横を馬車がまた追いかけてきた。
「ご令嬢。助けて頂いたお礼をしたいので、どうぞご乗車下さい」
21
お気に入りに追加
586
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる