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雨の日の出会い

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 雷雨の中、子爵家を出た。

 フードを被っていても次々とどしゃ降りの雨が容赦なく降り注ぎ、服の隙間に染み込んでくる。

 すっかり夜もふけており、周りには人はおろか動物すらもいない。
 こんな遅い時間では馬車も走っていなかった。

 アリシアの両親はすでに他界しており、実家は兄が継いで妻子もいるため頼る訳にもいかない。
 それに離縁された女など、戻った所で良い笑いものだ。

 ひとまずここから近い街へと歩き出した。
 街へ行くには山を超えなければならない。そこまで深い山ではないが、夜の山道は危険も伴う。
 だがそんな事は、今のアリシアにはどうでも良かった。
 
 これから、修道院へ向かおう…。
 そして修道女として神にこの身を捧げ、一生を終えるの…。
 
 ある時からずっとそう考えていた。

 あの夫には元々恋人が居たからだ。加えて女癖も悪かった。

 アリシア自身、初夜すらも共に過ごしていない清い身だ。もちろんアリシアはそれでも夫であるジムに全てを捧げるつもりで式の夜、一人で部屋のベッドで待っていた。
 だが…そのまま朝までジムが現れる事はなかった。

 それからのアリシアはずっと肩身の狭い思いをしていた。同居していたジムの両親にも、跡継ぎについて散々言われていた。
 しかし子を儲ける以前に、それに至る行為すらないのだからどうすることもできなかった。
 ジムにも再三お願いしたが…、まるで不快なモノでも見るような蔑む目で睨まれ、また暴力を振るわれた。
 お前みたいな女など抱く気も起きないと一蹴され…頭まで下げて頼み込んだのだが、しまいには色狂いだ、淫乱だと罵られて遂にアリシアの心は折れてしまった。

 だが、アリシアのような女性は少なくなかった。この国では政略結婚した者の半数は離縁している。
 妾や愛人、娼婦などは当たり前。男達はそれらで欲を満たしていた。
 アリシアの両親も政略婚だったが、まだ夫婦仲は良い方だった。

 
 ピカピカと光り雷鳴が轟き、ザァー…とまた一層雨足が強くなる。

 少ない荷物を持ち、山の中腹辺りまで来ていた。この悪天候で道も泥濘ぬかるみ、歩く足も遅くなっていた。
 雨に濡れた寒さも次第に体力を奪っていく。

 ふと背後から馬車の音が近づいてきて、そのまま脇を通り過ぎた。びしゃびしゃっと泥が跳ね、アリシアのフードが泥まみれになった。

 こんな泥濘みの道を、あんなスピードで馬車で走っていては嵌まってしまうのではないか。
 そう考えていたアリシアの少し前で案の定、馬車は泥濘みに嵌り動けなくなっていた。

「くっそ!こんな場所でッ!」
 
 御者の男が地面に降りて泥濘みに嵌まった車輪を見て、忌々しそうに言葉を吐き捨てている。

「旦那様ぁー!申し訳ございませんッ、車輪が泥濘みに嵌まってしまいまして…。どうにか抜けましますので、今暫くお待ち下さいッ!」

 馬車の扉をドンドン叩いて大声で話していた。

「えぇ、わかりました。私もお手伝いに参りましょうか?」

「いえ!滅そう御座いませんっ!旦那様は馬車の中でお待ちになっていて下さいっ!!」

 目の前で繰り広げられる光景をアリシアはただ歩きながら眺めていた。

 御者は車輪に木を挟んで懸命に後ろから押していたが、息を切らしながら押していても一向に抜け出せずにいる。

 どう考えても一人では無理だった。

 ちょうどその脇をアリシアが通りかかって、見て見ぬふりも出来ず御者に声を掛けた。

「宜しければ、お手伝い致します」

「えっ!?やっ、びっくりしたぁ…あんたは女性かいっ?こんな天気の夜更けに…物騒だぞ」

「この泥濘みでは木の板だけでは滑ってしまいます」

 そう言って荷物からハンカチを出した。木の板の上に同じく噛ませ、御者にゆっくり馬を出すように言った。

 後ろからアリシアも馬車を押し、ゆっくりと動いた馬車は無事に泥濘みから抜け出した。

「お嬢さん、ありがとうっ!!助かったよ!!」
 
 これから神に仕える身となる。困っている人がいたら助けなければならない。
 馬車押してた事もあり、アリシアは全身泥だらけになってしまった。
 それでも誰かの役に立って感謝されることは、今のアリシアにとって救いになった。

「いえ、では…」

 ペコッと頭を下げて再び山道を歩き出した。

「やっ、ちょっと待ってくれ!何かお礼でもさせておくれっ」

「少しでも手助けになれたのでしたら、それで…」

 一言言ってまた歩き出した。
 歩き出したアリシアの横を馬車がまた追いかけてきた。

「ご令嬢。助けて頂いたお礼をしたいので、どうぞご乗車下さい」
 
 

 
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