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夫からの解放

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 広い室内にバシンっ!と音が響いた。

「ッ!」

 アリシアの夫、ジムがいつものようにアリシアの頬を平手で手酷く叩く。

 男性の力で思い切り叩かれ頬がじんじんと痛み、その場に座り込んでアリシアは腫れた頬をそっと手で押さえた。

「お前の無愛想なつらは見飽きたっ!俺はもっと愛想の良い可愛い女が好きなんだっ!」

 子爵家の寝室にピカッと部屋が明るく照らされ、刹那、雷鳴がとどろく。
 ジムは座り込んだ妻のアリシアを怒りに満ちた表情で見下ろしている。

「……フンッ!相変わらず、何をしても泣きもしないっ!可愛げも無いし、愛想も愛嬌もないッ!もうっ、お前の顔など見たくも無いッ!!」

 またピカピカッとした稲光いなびかりと共に、物凄い轟音ごうおんが部屋中に響いた。
 ジムは床に座り込んでるアリシアの前に一枚の紙を落とす。

「それにサインしろっ!離縁書だ……、お前みたいなヤツとこれ以上生活を続けるなんて、耐えられないッ!早く名前を書けッ!!」

 同じく床に向かってペンが投げられた。
 無言のまま、アリシアは投げつけられたその紙にゆっくり名前を書いた。

「これでお前とは赤の他人だっ!二度とここには戻って来るなっ!財産分与などしないぞっ!荷物も最小限でさっさと出て行けッ!!」

 吐き捨てるように言われ、離縁書の紙だけ大事そうに持ち、ジムはそのままバンッ!!と力強く扉を閉めて部屋を出て行った。

「……」

 一人残されたアリシアは無言まま立ち上がり、少ない自分の荷物を纏め出した。

 元々浪費家の夫は、アリシアの物に関しては口うるさく言っていた。
 最低限の物を、贅沢するな、お前など安物で十分だ……。
 ジムとは2年前に親同士に決められて結婚した。初めから好きでも嫌いでもなかった。
 恋愛や結婚に興味も憧れもなかったアリシアには、政略結婚は苦痛すらもなかった。
 
 婚約期間中もある事情で二、三度しかジムには会わなかった。ドキドキもガッカリもない。
 特に特徴もない普通の人。それがこれから生涯を共にする夫となるジムに対しての印象だった。
 だが、初めからジムはアリシアに好意的ではなかった。
 親が決めた相手。
 初めはまだ良かった。好意的ではなかったが、暴力まで振るうことはなかった。
 結婚して半年が経つと、ジムは次第に暴力的になっていった。
 事業に失敗した事がキッカケだった。
 酒や女に溺れ、気に入らなければアリシアを叩く。
 もちろん、子供など出来ることもなく……無駄に1年が過ぎた。
 その内、アリシアの親が病で次々亡くなると、ジムの暴力はさらに酷くなった。
 しまいには子爵家の使用人が止めに入るほど、暴力は過激になっていく。
 アリシアはそれでもジムに何も言わなかった。
 言っても無駄だと思っていたからだ。
 初めはやめて欲しいと訴えたが、なんの意味も成さなかった。年月とは無情なもので、それに慣れて来てしまうと当たり前のように日常化してくる。
 

 雷鳴が轟く中、アリシアは少ない荷物をまとめ、雨よけのフードだけ被った。 
 激しい雨が降りしきる中、誰にも告げずに子爵家を出た。
 
 
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