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旅行編

後日談 ウィルソン

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「ちょっと、ウィル!…一体何日泊まり込むつもり!?」

 ウィルソンはかなり不機嫌そうなオーラを振りまきながら、取り憑かれたように黙々と溜まりに溜まった仕事をこなしていく。
 エミリオも半ば呆れているが、1週間を過ぎた辺りから段々と小言が多くなる。




 王宮の第2王子専用執務室。



「こんなに長い間一人にして、ルーシェ嬢が可哀想だよ?いい加減帰ってあげなよ!」

 座り心地の良い椅子に座り、相変わらず不機嫌なオーラを放ちながら仕事をこなしているウィルソンに声を掛ける。

 山になった書類に目を通しながら、重要な案件とそうでない物を分けエミリオに回す書類をどんどん積み上げている。普段も忙しいのだが、ここ数日に様々な問題が起こりその処理に追われていた。

「彼女はその様な事で文句は言いません。今はこちらを片付ける方が先決です。明日には帰れるでしょう」

 ウィルソンの不在で滞っていた仕事が捗るのは良いことだが、その分エミリオの仕事も一気に増えてしまい頭を抱える。

「その台詞昨日も一昨日も言ってたよ!ここまで詰め込んでしなくてもいいのにさっ。ウィルって本当に極端だよね~」

 執務室の重厚な椅子に座り、机の上に積み上がった書類に目を通しながらエミリオはブツブツ文句を漏らす。

 今まで仕事の事でルーシェに不満を言われた事はない。
 休みの無い自分に寂しい思いをさせているとは思っているが、ルーシェの口からそのような事は一切聞かなかった。
 ウィルソンとしても遊んでいる訳ではなく、仕事をしているのに文句を言われるのは本意ではない。
 
 ルーシェはそう言った意味でも負担を感じさせない女性だった。

 そう言うとエミリオは呆れた表情をする。

「あのね~、そんなのはルーシェ嬢が我慢してるだけだよ。シルビアとか凄いから!会う時間が少ないとか、私を放ったらかしてるとか、終いには浮気まで疑いだしていちいち煩いんだから!」

 休憩時間にグレンも合流し、エミリオはソファーに座りながら婚約者に対して愚痴を言い始める。

「あ~、それわかりますよ。うちもたまに言われますね。この前なんか久々に会ったのに突然泣かれちゃって…どうしていいのか困っちゃいましたよ。ホント訳わかんねぇし」

 同じくソファーに掛けお菓子をモリモリ食べているグレンも話に参戦する。
 グレンの隣に座ったウィルソンは少し考える。


「ルーは全くその様な事はありませんね」

 二人の話をルーシェに当てはめ該当しない事に驚く。

「だーかーら、我慢してるんだって。女の子ってさ、頻繁に会って構ってあげなきゃ駄目なの!…まぁ、君達は一緒に暮らしてるのも大きいのかもしれないけどね」

「確かにそうですね。ルーシェ嬢ってわりとサバサバしてるからそんな風に感じさせねぇけど。でもどっちかってーと、ウィルの方がべったりだよな」

 好き勝手に話している二人の意見を聞き、お茶を飲みながらウィルソンはポツリと呟く。

「彼女は…私に逢う為に此方の世界に来たのだと言っていました。領地で事件を解決した褒賞に関しても、自分が欲しいものは私だと」

 その呟きにエミリオとグレンの動きが止まり、驚いたように一斉にウィルソンを凝視する。

「えっ?何それ…惚気なの?ルーシェ嬢も言うね~。ウィルの口から惚気を聞く日が来るなんて」

「ははっ、面白れぇ!やっぱルーシェ嬢ってすげーな!」

 ウィルソン自身、ルーシェに溺れている自覚はある。

 だからこうして連日王宮に泊まり込み、集中して溜まった仕事を片付けている。
 少しでもルーシェに会ってしまえば、途端に仕事が手につかなくなるからだ。



 寝る間も惜しんで仕事を片付けているが、深夜束の間の就寝時に彼女の事を考える。
 
 今夜も王宮の寝台に横たわるが、中々寝付けない。
 頭も身体もかなり疲労し不眠も蓄積しているのにだ。

 会いたい気持ちも、交わりたい欲望もかなり限界まで溜まってきている。

 本当は今すぐにでも会いに行きたい。

 ルーシェを抱きしめ甘い唇を堪能し、彼女の柔らかな肉体を思う存分味わいたい。
 そして自分の欲望をねじ込みながら思うがまま揺さぶり、情欲に満ちた淫らな愛らしい嬌声を聞きながら膣内に己の精を注ぎ込みたい。


 見慣れた天井を何気なく見ながら、無意識に考える。


 自分は本来、欲望に囚われる人間ではなかった。
 
 ここまで色恋に嵌まり、今まで吐いたこともない甘い言葉を紡ぎ、自分を悩ませる程相手を恋しく想うようになるとは想像もつかなかった。
 他人に触れる事も触れられる事も嫌悪の対象でしか無い。近づく者は排除し、自分の領域に誰一人として足を踏み込ませなかった。


 思えばルーシェは初めから違っていた。
 
 珍しく自分に興味の無い平凡な女かと思いきや、彼女は自分の中の常識を悉く裏切る。
 
 温和そうに見えるが己の意志をハッキリと持ち、意に沿わなければ自ら立ち向かい、驚く程の行動力を見せる。
 目的の為ならば恋人である自分すらアッサリと置き去りにし、離れて行ってしまう。

 ルーシェは自分に対する寂寥感も独占欲も、そこまで持ち合わせていないのではないのだろうか。

 他の女ならば鬱陶しい程自分に好意を示し、不躾な視線を送り隙きあらば近づこうとすり寄る。
 自分を見てくれと言わんばかりの煩わしい態度と言動に、どれ程憤り苦しんできた事か。

 
 ルーシェは決して薄情な訳ではない。
 むしろ情に深い人間だ。
 だが彼女はそれを向ける相手が大勢いるのだ。

 あの他者を包み込む懐の深さと、良い事も悪い事も全てを受け入れてくれる慈悲深い優しさ。
 そんな彼女の隣は、とても居心地が良く息が詰まる事がない。自然な自分でいられる。
 


 なのに反面、空に浮かぶ雲の様に掴み所がない。
 予想外の事ばかり起こし目が離せない。
 だからこそ自分の興味唆り、その一挙一動が面白い。

 
 ウィルソンは片手を天井に向けて上げ、何かを掴むように手を握りしめた。


 こうしてルーシェの事を考えていると、どうしても会いたくなる。
 自分が居ない間に何処かに行ってしまいそうで、どんどん焦燥感が募ってくる。

 今日で何日が過ぎただろう。
 
 ウィルソンは寝台から勢いよく起き上がると、壁に掛けてあった外套を羽織り部屋を後にした。
 

 


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