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旅行編
やきもち
しおりを挟む廊下で口付けを堪能したウィルソンは、機嫌良くルーシェの腰に手を回し歩き出す。
ルーシェは少しふらつきながらも、ウィルソンに支えられて足を進める。
どうしても侍女が気になって口付けの最中にチラッと見たが、気を使って下を向いていてくれた。
それでホッとしたわけではないが、不躾に見られるのも嫌だったからちょっと安心した。
そういえばと、ルーシェは思い出したように話し出す。
「あの…ウィル様。教会に行く時に、拝借した修道服もお返ししたいのですが」
「修道服?……あぁ、ここに来た時に君が着ていたものか?」
「はい、そうなんです。教会に潜入する際にお借りしたのですが、許可を得て借りたものではないので、きちんとお詫びをしなければ」
洗濯していた物を借りた手前、ちゃんと謝ってから返したかった。
「君は律儀だな。返す必要はない…また使う機会もあるからな」
「?……それは…どういう事ですか?」
修道服などもう使う予定は全くないのだが。
隣で機嫌良く歩いているウィルソンは、その問いに答えることはなかった。
「本当にお返ししなくて大丈夫ですか?」
「あぁ」
不思議に思いながらも領主であるウィルソンがそう言ってるならいいか、と深くは追及しなかった。
「あっ、ウィル様は東の国についてご存知ですか?」
「東の国か?」
「はい。先ほど料理人の方々にお聞きしたんです。その国は私が前に住んでいた国に似ている部分が沢山あったので、どんな場所なのか興味があるんですよ」
ルーシェはニコニコしながらウィルソンに話しかける。
ウィルソンは少し考えてから、淡々と語り出す。
「そうか……名はヴァンドールと言って、複数の地域や民族が集まっている大陸国だ。その中でジャニールという少し特殊な習慣を持つ地域と貿易をしているんだが……穀物や乾物が特産で珍しい茶器や絵巻物なども産出している」
隣で聞きながらルーシェは日本と照らし合わせる。たぶん昔のアジアに似ているのではないかと思う。
ジャニールの特産品を取り扱っている店を聞いてみると、一店舗だけしかないのだとか。
ルーシェは日本での主食や、日本食について大まかに説明する。その店にお米が置いてないか知りたかった。どうしてもお米を手に入れて、炊きたてのご飯が食べたかった。
「コメという物が、扱っている穀物と一致するか実物を確認しないと断言出来ない。教会の帰りにクロノ商会に寄ってみるか?」
ウィルソンの提案にルーシェは目を輝かせる。
「本当にいいんですか!ご迷惑じゃないですか!?」
ルーシェの嬉しそうな表情にウィルソンは目を細める。
「君が望んでいるのなら喜んで叶えよう。なんなら店ごと買い取ってもいいんだが」
美しい微笑でボソッと恐ろしいことを呟いているウィルソンをマジマジと見上げ、慌てて止める。
「そこまでは大丈夫です!まだ探している物があるかどうかもわかりませんし、とりあえず見に行く事ができれば嬉しいです」
「そうか…もし気に入ったのなら遠慮なく言ってくれ」
ルーシェを甘く見ながら、何てことのないように話す。
「は、はい…ありがとうございます!」
歩きながら笑顔で答え、こっそりため息をつく。
(危なかった……危うく店ごと購入されるところだった……)
気持ちはとっても嬉しいのだが、スケールが違い過ぎて正直着いていけない。
ウィルソンにとっては普通なのかもしれないが、ルーシェには心臓に悪くて困る。
お菓子を持ち、ハル達と合流する。
始めに案内された部屋に三人は座って水分補給をしていた。
髪が濡れていて遊んだ後、汗をかいたから湯あみをしてもらったらしい。
クッキーは弧児院の子供達にもあげるのだが、キャラメルは数が少ないので、ハル達だけで食べてもらうように言うと、三人とも大喜びだった。
馬車の中で食べていれば少しは大人しくしてくれるだろう。
支度を終えると、馬車に乗るため外に出たのだが、2台用意されている。
この人数は流石に全員馬車に入らないので子供達とハンナ、ルーシェとウィルソンの二手に分かれる。
ルーシェとしてはもう少しハル達と一緒に居たかったのだが、我が儘は言えない。
「俺、ルーシェと一緒に乗りたいけど、ダメか?」
馬車に乗る前に、ハルが不安そうな顔でルーシェに訊ねてくる。
スカートの裾を引っ張り下から見上げてくるハルは、言ってる事もやってる事もとても可愛かった。
ルーシェはハルの目線に合わせるよう屈むと、頭を撫でて笑顔で話す。
「私もハルと一緒に乗りたいけど、ハルが一緒だとエマとアルも乗りたがるでしょ?みんな一緒には乗れないからごめんね」
「そっか…そうだよな……」
「その代わり、教会に着いたら一緒に挨拶に行こう?ハルがすごく偉かったこと、シスター達に言わなくちゃね!」
ニッコリ笑って言うとハルは照れ臭そうに顔を背けた。
「わ、わかったよ!じゃあ、後でな」
エマ達の乗っている馬車に走っていく。
ルーシェはその様子が可笑しくてクスクス笑っていると、後ろからウィルソンに抱き上げられる。
「きゃっ!ウィル様!?」
「私の目の前で他の男と親しげにするとは…いい度胸だな」
「え…?あの…ですから、ハルはまだ子供で…」
「そう思っているのは君だけだ」
ウィルソンはムスッとした顔でそのままスタスタ歩き、ルーシェと共に馬車に乗り込む。
クッションの効いた乗り心地の良い座席なのだが、そこに乗ることは許されずまたまたウィルソンの膝の上に乗せられた。
「ウィル様…」
「ルーは隙が多すぎる。何度言えばわかるんだ?」
怖い顔をしながら間近でルーシェに迫るウィルソン。
それは流石に大袈裟ではないかと思うのだが……ハルにとって自分は母親か姉の様な存在ではないのかと思っている。
だから甘えてきてくれていると思っているのだが、どうもウィルソンには違って見えるらしい。
「しかし、ハルに限ってそれはないかと……」
ウィルソンの胸に手をあてながら、少し距離を空けて遠慮がちに話す。
「君はあの子供の運命を…いや、人生そのものを変えた存在なんだ。幼少期ほど記憶に残りやすく成長した後厄介だ。ましてやその様に慈悲深くしていれば必ずつけあがる」
ウィルソンは一体誰の話をしているのだろう。まるで憎い恋敵のような言い方をしているが、ちょっと考え過ぎではないか。
そう思うのだが、ウィルソンの顔は真剣そのもので変に否定出来ない。
例えハルが自分の事をどう思っていようとも、ルーシェにとってウィルソン以外は恋愛対象ではないのだ。
「ハルの事は弟みたいな存在で、一緒に事件を解決した同志だと思っているだけです。ただ、今まで苦労していた分幸せになって欲しいと願ってます。それに、あの子は頭が回りますから将来有望ですよ。きっとこの領地に役に立つ人間になると思います」
嘘偽りなく正直な気持ちを話した。
ウィルソンは黙ってルーシェを見ていたが、張り詰めていた空気を和らげる。
「君を見ていると、些細な事で嫉妬している自分が愚かに思えてくるな。そこまで先を見据えて考えているとは…」
自嘲気味に話し出すウィルソンに、ルーシェは驚いてしまう。
「愚かだなんて…そんな事ありません!……それでしたら私の方がよほど愚かです。ウィル様に妬いてもらえて…とても嬉しいと思っているのですから」
言っててすごく恥ずかしくなってしまい、顔が赤くなる。まともに顔が見れなくて、ウィルソンの胸におでこを当てる。
正直な話、こんなときにどうするのが正解なのかわからない。
恋の駆け引きなどした事がないから、もっと上手くかわしたり納得してもらえる言い回しがあるのだと思うが、自分はそんな器用なことは出来ない。
つくづく恋愛経験の無さを恨めしく思う。
結局はこうして自分の気持ちを正直に話すことしか出来ない。
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