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旅行編
弧児院
しおりを挟む夜中に何度かエマとアルの様子を見に行ったが、熱が引いて呼吸も楽そうになっていた。
薬が効いたようでホッとした。
大事にならなくて良かった。あのまま放って置いたらどうなっていたことか。
少し空も白んでおり、夜が明けようとしている。
ルーシェは外に出ると、火を起こして残っていたスープを暖める。
子供達にもう一度薬を飲ませて、今日1日様子を見ればたぶん大丈夫だろう。
問題はその弧児院だ。
ハルにもう少し良く話を聞き、案内してもらおう。弧児院には教会がある。祈りを捧げに来たと言えば怪しまれずに入れるはずだ。
罪もない子供を売るような悪人は許せない。神をも冒涜する悪行だ。
(絶対証拠を掴んで、捕まえてやるんだから!)
メラメラと闘志を燃やし、持っていたおたまをギュッと握った。
ハルが起きてから、一緒に朝ご飯を食べた。昨日の残りだ。
エマとアルにも食事を取らせ、薬を飲ませる。顔色もすっかり良くなっている。
「おねえちゃんだあれ?」
「ハル兄は?」
二人がルーシェを不思議そうに首を傾げて見ている。その様子がおかしくて、つい笑ってしまった。
「ふふっ、私はハル兄のお友達なの。二人ともお薬上手に飲めたね!」
二人は褒めると嬉しそうに笑った。
「うん、もうおっきいから飲めるよ!」
「のめる」
元気そうに答える様子が可愛らしい。
ただまだ体力が戻っていないのか、二人とも飲み終わるとまたすぐに寝てしまった。
とりあえずもう心配はいらないだろう。
「ハル、今日貴方のいた弧児院に行ってみようと思うの」
「え?なんで!?」
「その神父様は犯罪に手を染めているかもしれない。他に売られていく子供が可哀想でしょ?」
「……うん」
「もしかしたら、ハルが見つけた隠し部屋にその証拠があるかもしれないの。だがら、案内してもらえるかな?」
ハルは下を向いて、ズボンを握っている。
「だけど、もし……わからなかったらどうするんだよ。見つかったりしたら、こっちが捕まるかもしれない」
絞り出すように話すハルは、やはりこの年代の子供よりはしっかりしている。
一人で苦労してきたせいなのかと思うと、切ない思いが沸き上がる。
「見つかったら逃げるから大丈夫!こう見えても私は強いんだよ!」
腕を曲げて力こぶを作るが、ハルは全く信じていない顔をしている。
「お貴族様なのにか?」
「うん!まぁ逃げるのは最悪の場合だから。とにかく案内して。ハルも一緒じゃないと場所がわからないし」
ハルを説き伏せ、何とか連れて行ってもらえることに。
渋々歩き出したハルに、ルーシェが笑いながら着いて行く。貧民街を抜けると大通りに出る。
元々人通りの多い場所なのだが、今日は特に賑わっている。昨日通った時はここまで人も多くなかったし、出店のような催し物も沢山ある。
「ねぇハル、今日はお祭りでもあるの?」
「えっと……たぶん、ないはずだよ?」
「何だか人がスゴくない?」
不思議に思いつつも、弧児院に寄る前に被服店へ入る。
ハルは顔がわれているので、フード付きの羽織を購入して被ってもらった。ルーシェも同じものを買い、お店にいたおばさんに訪ねる。
「今日は何かお祭りでもあるんですか?随分人が多いですが」
「あぁ、今日は領主様が来ているんだよ」
「領主様?」
はて?ここを納めている領主様は誰だったか?
そういうことに詳しくないルーシェは首を傾げる。
「おや、知らないのかい?この辺りはクロスフォード伯爵領でね。前々から今日は領主様がいらっしゃるから盛大に持て成すように言われていたんだよ」
「領主様って普段はいらっしゃらないんですか?」
「うーん、私も詳しくはわからないんだけどね、お忙しい方らしく、普段は領主様の代理の方が納めているんだよ」
ハルを見るが、首を横に振っている。
まだ子供だし、詳しくは知らないだろう。
「領主様が来るだけでスゴいですね」
「そりゃそうさ!今の領主様になってから、このぺパレッドはここまで大きくなったんだからね!」
おばさんが言うには、元々は漁で細々生計を立ていた漁師の町だったみたいだが、今の領主様がここ数年で革命的な改革を起こし、貿易や流通の盛んな今の状態にまで発展させたらしい。
「なんか、すごい人ですね……」
「噂ではかなり怖い方のようだよ。私もお顔を拝顔したことはないけどさ、今までいた地方の不正官僚なんかを容赦なくクビきりしてぶた箱に送ったみたいだよ」
「は、はぁ………」
ルーシェの想像では、厳つい顔した武将みたいな男の人が浮かんでくる。
もし、神父の不正を訴えるなら、最悪その領主様と対面しなければいけないかもしれない。
証拠が見つかって、素直に捕まってくれれば引き渡すだけで済むかもしれないが、相手が聖職者だと簡単には行かないかもしれない。
(うぅ……怖い領主様か……タイミング悪いな…)
もしもの時はウィルソンに……と一瞬考え、すぐに首を振る。
自分で勝手な行動をしているのに、都合の良い時だけ頼ろうなんてそんなのは駄目だ。全ての責任は自分でとらないと。
昨日も結局戻らなかったし、心配しているかもしれない。
もしくは物凄く怒っているかもしれないが。
(ダメダメ!今は考えない!!)
終わったらとにかく謝ろう。ひたすら許してもらえるまで誠心誠意謝罪するしかない。
ずきずきと痛む胸を抑えながら、ルーシェとハルは店を後にした。
弧児院は貧民街からかなり離れた場所にあり、小高い丘のに建てられている古い教会だった。
すぐ近くに海があり、場所としてはとても良い所に建てられている。
ここが犯罪の温床になっているなんて、全く想像出来ない。
今日は休日なので、祈りを捧げに来ている人がかなりいた。
ミサがない日で良かったかもしれない。そしたら入り辛かった。
中に入ると女神の銅像がまず目に入る。その後ろには色鮮やかなステンドグラスが輝いており、陽の光が反射して神聖な雰囲気を醸し出している。
神父様は礼拝堂で、祈りを捧げに来ている人と話していた。
あんなに人の良さそうな穏やかな顔をしているのに、人間とはわからないものだ。
あの人柄の良さそうな神父では、ハルがどれだけ訴えても、信じてもらえないだろう。
「ハル……その隠し部屋はどこにあるの?」
長椅子に座り、祈りをしている振りをしながら、小声でハルに訪ねる。
「あそこに道があるだろ?」
ハルは顔を礼拝堂の横にある通路に向ける。ルーシェはコクりと頷く。
「そこを真っ直ぐ行くと俺らが暮らしていた場所があるんだけど、その途中の壁に隠し部屋があるんだ」
「なるほどね……」
さて、どうやって侵入しよう。
見たところ、あの道は普通の人間は通らないようだ。この格好で中に入ろうとすると、かなり怪しい。
(どうにか怪しまれないように入れないかな?)
ルーシェはチラッとその通路を見ていると、一人のシスターが中に入って行く。
そこで閃いた。
「ねぇハル。シスターの服ってどこにあるかわかる?それを着て中に入れば、怪しまれずに行けるかもしれない」
修道服を手に入れられれば、格段に入りやすくなるだろう。シスターも何人かいるみたいだし、少しの間なら誤魔化せる。
「シスターの服か……うーん、たぶん大丈夫だと思う。置いてある場所はわかるよ」
とりあえず一度、教会の外に出る。
裏から周り、ハルに着いて行くと、洗濯物が沢山干してある場所に出てきた。
「あ、あった!ほら、あそこ」
ハルが指指す方にはたしかに修道服があった。
「俺が取ってくるよ」
「大丈夫?」
「うん、もし見つかっても、俺なら怪しまれない」
ハルはなかなか頭がいい。本当に連れてきて良かった。ルーシェ一人ならどうにもならなかったかもしれない。
何気なく洗濯場に近づき、修道服とコルネットをとってくる。
「ハル!偉い!ありがとう!!」
頭をグリグリ撫でると、ハルは照れたように手を払おうとする。
「ほら、早く着替えろよ」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと着替えてくる」
近くの繁みに移動して、修道服に着替える。サイズは少し小さいがおかしくはない。ダボッとした修道服ではなく、体にフィットするタイプで動き易くていい。
黒を基調とした修道服に、コルネットも被れば見た目はシスターだ。
これでロザリオもあれば完璧なのだが、贅沢は言っていられない。
鏡がないから全体が見れないのが残念だ。
繁みから出て、ハルに確認してもらう。
「ハルどう?変じゃない?」
「うわっ、シスターだ!うん、これならバレないよ!」
ハルのお墨付きももらったので、中に潜入することに。
弧児院側から入ることにした。それならハルが一緒にいてもおかしくないし、教会から入るよりは入りやすい。
お昼前のこの時間はまだみんな外で遊んでいるそうだ。
確かに近くに行くと、子供達とシスターが外で追いかけっこをしていた。
みんな遊ぶのに夢中になってこちらには気づいていない。
二人は何気なく建つものに近づき、裏口から中に侵入した。
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