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本編
噂
しおりを挟むルーシェが3日ぶりに登校した日。
学園内は未だにウィルソンの婚約者と、クレアのことで持ちきりになっていた。
ルーシェは内心焦りつつ、いつものベンチでアイリスと共に昼食を摂っていた。
「ルーシェ、もう体調は大丈夫かしら?貴女が2日も休むなんて珍しいわ。私、心配で……」
「ありがとう!もうすっかり元気よ!」
「本当に?何だか雰囲気が変わったような気がするのだけど?」
アイリスの言葉に身体が硬直する。自分では全くわからない。
(まさか、アレのせいじゃないよね……)
冷や汗が流れるが、病気のせいだと誤魔化した。
ルーシェの身体は元に戻ったが、ウィルソンに刻まれた跡が未だ身体中に残っている。
浴室で見た時には思わず叫んでしまった。
首筋から脚の付け根まで至るところ鬱血痕が散らばっていたからだ。
特に首筋の跡は酷くて制服から出てしまうので、中に首元まで覆う服を着て隠すようにしていた。
舞踏会当日に体調が悪く、出席しなかったアイリスはなぜか悔しがっていた。
「ルーシェ聞いて?クロウド様のご婚約者様のお話」
その言葉にギクリとして、一瞬お弁当を食べる手が止まってしまった。
なんとも心臓に悪い会話が続く。あまりその話題に触れてほしくなかった。
「い、いいえ、知らないわ……」
「胡桃色の髪、紺色の瞳、儚い妖精の様な容貌で、それはそれはクロウド様と甘く見つめ合い、優雅にダンスを踊り、熱い抱擁をしていたそうよ?」
「……そ、そう…」
(かなり脚色されてるけど、周りにはそう映ったのなら成功したのかな?)
「あの氷の貴公子と呼ばれたクロウド様が、心底溺愛していると社交界では一躍有名だそうよ」
「そう………すごいわね」
確かに舞踏会でのウィルソンは、普段の姿から考えられないくらい甘かった。
今聞いた限りでは、帰り際部屋に連れ込まれたのまでは見られてなさそうだ。
少し安心する。
隣でお弁当を食べていたアイリスの瞳が怪しげに光る。
「───そのご令嬢。貴女の色に良く似ているわよね?」
「!」
意味ありげにニッコリ笑い、ルーシェを見つめている。女性ながらその笑みの美しさに一瞬見とれてしまう。
「私に何か隠してなくって?ルーシェ?」
背中にまた冷や汗がだらだら流れる。
アイリスは唯一クロウド侯爵家にお世話になっているのを知っている。
そしてルーシェのことを良くわかっている。明らかに動揺しているルーシェは、挙動不審だ。
アイリスに隠し事は出来ない。
降参したように両手を挙げた。
「やっぱり!あのご令嬢はルーシェだったのね!」
「………………えぇ、大変不本意ながら」
「では貴女がクロウド様と婚約したの?いつの間に!?私に内緒なんてヒドイわ!」
「待って待って、私はクロウド様と婚約なんてしてないわ」
責め立てるアイリスを宥め、とりあえず大まかに事の経緯を説明した。
「要するに、仮の婚約者として出席したの?」
「はい、左様です」
思わず敬語になる。アイリスはそんなルーシェを楽しそうに見つめる。
「じゃあ抱き合っていたのも本当の話?」
「あ、あれは…その…色々あって、仕方なく………」
目をキラキラさせるアイリスにルーシェはたじろいでしまう。
抱きあっていたどころの話ではないのだが、そんなことは口が裂けても言わない。
あの舞踏会での出来事だけなら、その通りだ。
「ふふ…そういうことにしておくわ」
「もう、アイリスってば!」
「そうそう、それでね。同じ会場に例のクレア様がいなかったかしら?」
アイリスは話題を反らしてくれる。
「えぇ、居たわ。私達が帰ろうとした時に、第一王子殿下と踊ってらしたわ」
ルーシェがそう言うと、アイリスは少し思い詰めた真剣な顔をして、徐に話し出す。
「……………これはルーシェだから話すわ。口外しないと約束してほしいのだけれど」
「えぇ、勿論誰にも話さないわ。何かしら?」
「お兄様がおっしゃってたの……なんでも彼女は『先見』の能力があるそうよ」
辺りを見渡して、こっそりと教えてくれた。先見というと、要するに未来がわかる『未来視』のことだ。
「『先見』?………それは…本当なの?」
「えぇ、私のお兄様が今の第一王子殿下の側近でしょ。信じがたい話だけれど、これから起こる事を一つ言い当てたらしいの……」
「それはどんな事だったの?」
「詳しくは教えて下さらなかったわ。でも、国の未来に関わる内容だったみたい…それを言い当てた事で彼女を『聖女』としてまつりあげるらしいのよ」
「せ、聖女!?」
「シィー!声が大きいわ!」
「あ、ごめんなさい!」
あまりのことに驚いてしまう。
『聖女』なんてこの世界では神話くらいでしか聞いた事のないものだ。
(なるほど。だから昨日の舞踏会で第一王子殿下と踊っていたのね)
「それじゃあこれからクレア様は大変になるわね」
「本人は満更でもない様よ。なにしろご自分で陛下に直訴したくらいなのだから」
「それは……すごいわね」
「まだ疑っている者も多いようよ。でも今後も『先見』の能力が当たるようなら、聖女となる日も近いのかもしれないわね」
確かに未来視が出来れば、国としてこれほど心強い者はない。他国に知れ渡れば引き抜きがあるかもしれないし、下手をすれば狙われて拐われる可能性もある。
たがら早々に第一王子と踊らせ、他の貴族に牽制したのか。
「私としては聖女様よりも、貴女とクロウド様の今後の方が気になるのだけど?」
アイリスが美しい顔で覗きこみながら、ルーシェを伺っている。
ルーシェは苦笑して、肩を竦める。
「今回限りよ。もうこの先こんなことはしないわ」
「あら、つまらないわね!」
今後も何も、むしろもう終わったことだ。これから先の関係などない。元の主従関係に戻るだけだ。
何故かその考えが胸に影を落とす。
だが、ルーシェは深く考えず、その想いを閉じこめた。
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