5 / 113
本編
アルビオン学園 2
しおりを挟む一体どれ程気を失っていただろう。
うっすらと目を開いたルーシェはしばらくの間ボーっとしていた。
どのくらい寝ていたかはわからないが、少し身体がスッキリしている。
天井を見るとカーテンが仕切られていて薬品の臭いが鼻腔を擽る。医務室だろうか、と働かない頭で思った。窓の外を見ると、陽がかなり傾いていた。
ハッとして勢い良く起き上がるが、クラリと目眩がしてまたベッドに身体を倒した。
(やってしまった……)
いくら体調が悪かったとはいえ、ぶつかっただけで気を失うなんて──。
本当に情けない。泣きたくなってきた。
今度はそっと上半身を起こして辺りを見渡す。
誰もいないのが幸いだった。
今日は欠席扱いになってしまっただろうか。不安が過る。
とりあえず先生の所に行ってから、酒場の手伝いに行かなくては。
ため息を一つ吐き、ベッドから降りようしたら外からバタバタと走って来るような足音がしてきた。
「ルーシェ!大丈夫!?」
凡そ貴族令嬢らしからぬ走り方で、アイリスが扉を開けて入って来た。
呆然としているルーシェを他所に、ベッドの上で起きているのを見てホッと息を吐く。
「心配したわルーシェ。貴女無理し過ぎよ!」
駆け寄って空いていた手をギュッと握ってくれた。
相当心配してくれたのだろう。急いで来てくれたのか額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「アイリス、心配かけてごめんなさい。」
ベッドの上で頭を下げて謝る。己の管理不足で友人を心配させ、悪いことをしてしまった。
「ルーシェが無事ならいいのよ。先生は寝不足と過労によるものだろうと言っていたわ。」
正にその通り。言い訳も出来ない。
「貴女は何も言わないけれど、最近本当におかしいわ。一体何があったの?」
「……………。」
例え友人と言えど、中々に話しづらい内容であった。言おうか言うまいか思いあぐねていると、ふいに後ろから声がかかった。
「話し中悪いが、私のことを忘れてないか?」
低い透き通る様な声に顔を上げると、カーテンの向こうから1人の男性が現れた。
スラッとした長身に、短めのチョコレートブラウンの髪、冷たい印象がする薄紫色の切れ長の瞳、スッと通った形良い鼻梁。誰が見てもうっとりするような容貌を称えた男子生徒をルーシェはマジマジと見てしまった。
なんで彼がここに……!?
寝起きの混乱した頭に理解が追い付かない。
ウィルソン=クロウド。
クロウド侯爵家の次男。学園では第二王子の側近をする。秀逸で、氷の貴公子と呼ばれている。令嬢方から熱い視線を向けられているが、彼は全く気にしていない。
(そんな彼が何故ここに?意味がわからない…!)
色々と頭で考えたが、分かるわけもない。ルーシェは考えることを放棄した。
とりあえず、目の前にいるアイリスに静かに訪ねた。
「えっと、アイリス……クロウド家の侯爵令息様がどうしてここに?」
「あら、覚えてないの?クロウド様と貴女がぶつかったのよ。」
何でもないことのようにアイリスは言う。
すぐに謎が解けた。
なんだ、ビックリした……何かやらかしたのかと思っちゃったよ。
「サタナイト嬢。こちらの不注意で、貴女にぶつかって気絶させてしまい、すまなかった。」
頭を下げようとするウィルソンにルーシェは慌てて止める。
「お止め下さい!元はと言えば私が悪いのです。貴方様が謝る必要はなにもありません!」
(お願いだから、止めて~!)
あの氷の貴公子に頭なんか下げさせた日には、令嬢達からどんな嫌がらせや噂話をされるかわかったものではない。
女とは恐ろし生き物なのだ。
「この様な場所からすみません。ご迷惑をおかけいたしました。見ての通り私はもう大丈夫です。お手数をかけてしまい、申し訳ございませんでした。」
逆にルーシェが一礼して頭を下げる。頭を下げながら、結局自分はやらかしたのかと冷や汗をかく。
「君は悪くない。気を失うほどの衝撃を受けたのだ。謝らない訳にはいかないだろう」
ルーシェは更に焦る。
別にぶつかったから、謝って欲しいわけではない。
その態度は貴族としては好ましいのだが、今はしなくていい。
むしろほっといてほしい。自分の体調管理のせいなのだ。普段なら、ぶつかったくらいで気を失ったりなど、まずしない。
「いえ、本当に自分のせいなのです。最近、その…体調が優れなくて……ですので、気になさらないで下さい。」
真っ直ぐに自分を見つめてくるウィルソンの目をまともに見れず、視線を布団に移す。
そこで黙っていたアイリスが口を開く。
「ルーシェ、最近の体調不良の原因は何?貴女は夕刻まで死んだように寝ていたのよ。寝不足とも言っていたけれど…一体どうしたの?」
「……………………。」
13
お気に入りに追加
1,552
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる