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エスコート
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しばらく揺られ王宮へと着いた。
御者にエスコートされ、二度目の王宮の前へと立つ。
ミレールは日の光の中にそびえ立つ王宮を見上げ、息を呑んだ。
(ここが、「愛と欲望に溺れて」の舞台である、カルロッテル王宮。この中でレイリンは様々な誘惑や思惑と共に、最終的には王太子妃に選ばれ、王太子であるマクレイン様と結ばれるのね)
あの忌まわしい仮面舞踏会の時は夜だったせいか全体像は把握できなかったが、こうして見るととても広大だった。
次にアルマも降り、大事そうにカゴを抱えていた。
ミレールは門の前まで歩くと、近くにいた門兵へ声をかけた。
「あの、申し訳ありませんがノア・オルノスを呼んでいただけます?」
「オルノス卿を? あの、失礼ですが……貴女さまのお名前は?」
「只今、城内警戒中につき、親族の方以外はお通しすることはできません!」
やはりミレールの予想通り、城の中で事件が起きたようだった。
「それでしたらなんの問題もありませんわ。妻が来た、と伝えていただけるかしら」
にこりと微笑んだミレールに、門兵たちは顔を赤くして戸惑っている。
そして一人の門兵がハッとしたように話しかけた。
「お待ちください! と言うことはもしや貴女は、エボルガー侯爵令嬢でいらっしゃいますか?!」
「……えぇ、その通りですわ。他に誰が、ノアの妻だとおっしゃるの?」
「「えぇッーー!!?」」
そこにいた門兵の驚いた声がきれいにハモっていた。
ミレールは広がりの少ない紺色のスレンダードレスに、首元には黒のベルベットチョーカーを着け、髪はハーフアップしたものを横にまとめ、花飾りも着けて緩やかに流してもらった。
これだけで大人な雰囲気が出で、別人に見える。元々ミレールは母のミランダに似てとても美人なのだ。
露出の高い赤系統の派手な装いも似合うのだが、こうして落ち着いた服装にすると格段に大人っぽく変わる。
しかもアイメイクばっちりの厚ぼったい化粧から、柔和に見えるナチュラルメイクに変えたので、ぱっと見ではミレールとはわからない。
おそらくマクレインに会うためによく王宮へ訪れていたミレールを、この門兵たちも憶えていたのだろう。
驚きと共に、珍しいものでも見るようにミレールを呆然と眺めていた。
「わたくしが来たと伝えてくだされば、すぐに迎えに行くと言われてますの。お願いしてもよろしいかしら?」
「ハッ! た、大変失礼いたしました! 只今、伝えてまいります!!」
ようやく話が伝わり、ミレールは深く息を吐いた。
たしかに今までのミレールを知ってる者からすれば、この変わり様は驚くことなのかもしれない。
だが、あまりに不躾で失礼極まりなかった。
「ホント、失礼な人たちですね! 珍獣でも見たように声を上げてっ!」
「いいのよ。わたくしは気にしないわ」
ミレールの代わりにアルマが怒ってくれたおかげで、ミレールの気も少し晴れた。
今までのミレールならここで怒り狂っていたのだろうが、杏としては当然の結果なのだろうと、静かに待つことにした。ノアにも釘を刺されていたし、このくらいはどうということもなかった。
「ミレール!」
しばらく待つかと思っていたが、意外なほど早くノアは現れた。
いつも「あんた」とか「お前」とかでしか呼ばれなかったため、名前で呼ばれることが嬉しくて、走ってきたノアに笑顔を向ける。
「ノア!」
「悪い。待たせたか?」
「いえ? そのようなことはございませんわ」
「そうか……」
「どうか、なさいましたの?」
艷やかな漆黒の髪に、瑠璃色の涼し気な瞳、凛々しい顔立ちに黒と白の騎士服がとても良く似合っている。腰には帯剣しており、王国の紋章の入ったマントがまたノアをより引き立たせている。
心の中でノアのカッコよさに賛辞を送っていたミレールだったが、ノアもミレールを見てしばらく動かなかった。
「ノア?」
首を傾げてノアを見上げると、ノアもようやく気づいたのか手を差し伸べてきた。
「――?」
「手を」
「っ!……はい」
これから城内を案内するのなら、夫であるノアが妻のミレールをエスコートするのは当然のことだ。
だがミレールはこの習慣がどうしても慣れなかった。
杏の頃を思うと、この行為があまりに紳士的で、距離が近すぎて落ち着かなかった。
夫は手を繋ぐどころか、一緒に買い物に行った時でも一人で先へ歩いて行き、荷物を持つことはもちろん待つこともしてくれなかった。
杏はその歩幅に合わせようと、必死にその後ろを早歩きで追いかけていた。
伸ばした手をギュッと握られ、そしてノアの腕に導かれる。そっとノアの腕に手を添えた。
「あ、お嬢様! 忘れ物です!」
振り向いたミレールにアルマが慌てて駆け寄り、お菓子の入った籠を渡した。
「ありがとうアルマ。行ってくるわね」
「はい。お屋敷でお待ちしております」
そのままアルマは馬車へと戻って行った。
「貸せ、俺が持とう」
「え……? あ、いえ、軽いので、大丈夫ですわ」
一瞬言われた意味がわからなかったが、まさかノアに籠を持たせるわけにもいかず、丁重に断った。
「いいから、寄こせ」
だがノアは籠をミレールから奪うと、そのまま反対側の手に持ち替えてしまった。
「――っ! ありがとう、ございます……」
掴んだ逞しい腕と優しい気配りにドキドキが止まらない。
ゆっくりとした足取りでノアと共に王宮へと足を踏み入れた。
御者にエスコートされ、二度目の王宮の前へと立つ。
ミレールは日の光の中にそびえ立つ王宮を見上げ、息を呑んだ。
(ここが、「愛と欲望に溺れて」の舞台である、カルロッテル王宮。この中でレイリンは様々な誘惑や思惑と共に、最終的には王太子妃に選ばれ、王太子であるマクレイン様と結ばれるのね)
あの忌まわしい仮面舞踏会の時は夜だったせいか全体像は把握できなかったが、こうして見るととても広大だった。
次にアルマも降り、大事そうにカゴを抱えていた。
ミレールは門の前まで歩くと、近くにいた門兵へ声をかけた。
「あの、申し訳ありませんがノア・オルノスを呼んでいただけます?」
「オルノス卿を? あの、失礼ですが……貴女さまのお名前は?」
「只今、城内警戒中につき、親族の方以外はお通しすることはできません!」
やはりミレールの予想通り、城の中で事件が起きたようだった。
「それでしたらなんの問題もありませんわ。妻が来た、と伝えていただけるかしら」
にこりと微笑んだミレールに、門兵たちは顔を赤くして戸惑っている。
そして一人の門兵がハッとしたように話しかけた。
「お待ちください! と言うことはもしや貴女は、エボルガー侯爵令嬢でいらっしゃいますか?!」
「……えぇ、その通りですわ。他に誰が、ノアの妻だとおっしゃるの?」
「「えぇッーー!!?」」
そこにいた門兵の驚いた声がきれいにハモっていた。
ミレールは広がりの少ない紺色のスレンダードレスに、首元には黒のベルベットチョーカーを着け、髪はハーフアップしたものを横にまとめ、花飾りも着けて緩やかに流してもらった。
これだけで大人な雰囲気が出で、別人に見える。元々ミレールは母のミランダに似てとても美人なのだ。
露出の高い赤系統の派手な装いも似合うのだが、こうして落ち着いた服装にすると格段に大人っぽく変わる。
しかもアイメイクばっちりの厚ぼったい化粧から、柔和に見えるナチュラルメイクに変えたので、ぱっと見ではミレールとはわからない。
おそらくマクレインに会うためによく王宮へ訪れていたミレールを、この門兵たちも憶えていたのだろう。
驚きと共に、珍しいものでも見るようにミレールを呆然と眺めていた。
「わたくしが来たと伝えてくだされば、すぐに迎えに行くと言われてますの。お願いしてもよろしいかしら?」
「ハッ! た、大変失礼いたしました! 只今、伝えてまいります!!」
ようやく話が伝わり、ミレールは深く息を吐いた。
たしかに今までのミレールを知ってる者からすれば、この変わり様は驚くことなのかもしれない。
だが、あまりに不躾で失礼極まりなかった。
「ホント、失礼な人たちですね! 珍獣でも見たように声を上げてっ!」
「いいのよ。わたくしは気にしないわ」
ミレールの代わりにアルマが怒ってくれたおかげで、ミレールの気も少し晴れた。
今までのミレールならここで怒り狂っていたのだろうが、杏としては当然の結果なのだろうと、静かに待つことにした。ノアにも釘を刺されていたし、このくらいはどうということもなかった。
「ミレール!」
しばらく待つかと思っていたが、意外なほど早くノアは現れた。
いつも「あんた」とか「お前」とかでしか呼ばれなかったため、名前で呼ばれることが嬉しくて、走ってきたノアに笑顔を向ける。
「ノア!」
「悪い。待たせたか?」
「いえ? そのようなことはございませんわ」
「そうか……」
「どうか、なさいましたの?」
艷やかな漆黒の髪に、瑠璃色の涼し気な瞳、凛々しい顔立ちに黒と白の騎士服がとても良く似合っている。腰には帯剣しており、王国の紋章の入ったマントがまたノアをより引き立たせている。
心の中でノアのカッコよさに賛辞を送っていたミレールだったが、ノアもミレールを見てしばらく動かなかった。
「ノア?」
首を傾げてノアを見上げると、ノアもようやく気づいたのか手を差し伸べてきた。
「――?」
「手を」
「っ!……はい」
これから城内を案内するのなら、夫であるノアが妻のミレールをエスコートするのは当然のことだ。
だがミレールはこの習慣がどうしても慣れなかった。
杏の頃を思うと、この行為があまりに紳士的で、距離が近すぎて落ち着かなかった。
夫は手を繋ぐどころか、一緒に買い物に行った時でも一人で先へ歩いて行き、荷物を持つことはもちろん待つこともしてくれなかった。
杏はその歩幅に合わせようと、必死にその後ろを早歩きで追いかけていた。
伸ばした手をギュッと握られ、そしてノアの腕に導かれる。そっとノアの腕に手を添えた。
「あ、お嬢様! 忘れ物です!」
振り向いたミレールにアルマが慌てて駆け寄り、お菓子の入った籠を渡した。
「ありがとうアルマ。行ってくるわね」
「はい。お屋敷でお待ちしております」
そのままアルマは馬車へと戻って行った。
「貸せ、俺が持とう」
「え……? あ、いえ、軽いので、大丈夫ですわ」
一瞬言われた意味がわからなかったが、まさかノアに籠を持たせるわけにもいかず、丁重に断った。
「いいから、寄こせ」
だがノアは籠をミレールから奪うと、そのまま反対側の手に持ち替えてしまった。
「――っ! ありがとう、ございます……」
掴んだ逞しい腕と優しい気配りにドキドキが止まらない。
ゆっくりとした足取りでノアと共に王宮へと足を踏み入れた。
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