上 下
37 / 110

エスコート

しおりを挟む
 しばらく揺られ王宮へと着いた。
 御者にエスコートされ、二度目の王宮の前へと立つ。
 ミレールは日の光の中にそびえ立つ王宮を見上げ、息を呑んだ。

(ここが、「愛と欲望に溺れて」の舞台である、カルロッテル王宮。この中でレイリンは様々な誘惑や思惑と共に、最終的には王太子妃に選ばれ、王太子であるマクレイン様と結ばれるのね)

 あの忌まわしい仮面舞踏会の時は夜だったせいか全体像は把握できなかったが、こうして見るととても広大だった。

 次にアルマも降り、大事そうにカゴを抱えていた。
 ミレールは門の前まで歩くと、近くにいた門兵へ声をかけた。

「あの、申し訳ありませんがノア・オルノスを呼んでいただけます?」

「オルノス卿を? あの、失礼ですが……貴女さまのお名前は?」

「只今、城内警戒中につき、親族の方以外はお通しすることはできません!」

 やはりミレールの予想通り、城の中で事件が起きたようだった。

「それでしたらなんの問題もありませんわ。妻が来た、と伝えていただけるかしら」

 にこりと微笑んだミレールに、門兵たちは顔を赤くして戸惑っている。
 そして一人の門兵がハッとしたように話しかけた。

「お待ちください! と言うことはもしや貴女は、エボルガー侯爵令嬢でいらっしゃいますか?!」
「……えぇ、その通りですわ。他に誰が、ノアの妻だとおっしゃるの?」

「「えぇッーー!!?」」

 そこにいた門兵の驚いた声がきれいにハモっていた。

 ミレールは広がりの少ない紺色のスレンダードレスに、首元には黒のベルベットチョーカーを着け、髪はハーフアップしたものを横にまとめ、花飾りも着けて緩やかに流してもらった。
 これだけで大人な雰囲気が出で、別人に見える。元々ミレールは母のミランダに似てとても美人なのだ。
 露出の高い赤系統の派手な装いも似合うのだが、こうして落ち着いた服装にすると格段に大人っぽく変わる。
 しかもアイメイクばっちりの厚ぼったい化粧から、柔和に見えるナチュラルメイクに変えたので、ぱっと見ではミレールとはわからない。

 おそらくマクレインに会うためによく王宮へ訪れていたミレールを、この門兵たちも憶えていたのだろう。
 驚きと共に、珍しいものでも見るようにミレールを呆然と眺めていた。

「わたくしが来たと伝えてくだされば、すぐに迎えに行くと言われてますの。お願いしてもよろしいかしら?」

「ハッ! た、大変失礼いたしました! 只今、伝えてまいります!!」

 ようやく話が伝わり、ミレールは深く息を吐いた。
 たしかに今までのミレールを知ってる者からすれば、この変わり様は驚くことなのかもしれない。
 だが、あまりに不躾で失礼極まりなかった。

「ホント、失礼な人たちですね! 珍獣でも見たように声を上げてっ!」

「いいのよ。わたくしは気にしないわ」

 ミレールの代わりにアルマが怒ってくれたおかげで、ミレールの気も少し晴れた。
 今までのミレールならここで怒り狂っていたのだろうが、杏としては当然の結果なのだろうと、静かに待つことにした。ノアにも釘を刺されていたし、このくらいはどうということもなかった。

「ミレール!」
 
 しばらく待つかと思っていたが、意外なほど早くノアは現れた。
 いつも「あんた」とか「お前」とかでしか呼ばれなかったため、名前で呼ばれることが嬉しくて、走ってきたノアに笑顔を向ける。
 
「ノア!」

「悪い。待たせたか?」

「いえ? そのようなことはございませんわ」

「そうか……」

「どうか、なさいましたの?」

 艷やかな漆黒の髪に、瑠璃色の涼し気な瞳、凛々しい顔立ちに黒と白の騎士服がとても良く似合っている。腰には帯剣しており、王国の紋章の入ったマントがまたノアをより引き立たせている。

 心の中でノアのカッコよさに賛辞を送っていたミレールだったが、ノアもミレールを見てしばらく動かなかった。

「ノア?」

 首を傾げてノアを見上げると、ノアもようやく気づいたのか手を差し伸べてきた。

「――?」

「手を」

「っ!……はい」

 これから城内を案内するのなら、夫であるノアが妻のミレールをエスコートするのは当然のことだ。

 だがミレールはこの習慣がどうしても慣れなかった。
 杏の頃を思うと、この行為があまりに紳士的で、距離が近すぎて落ち着かなかった。
 夫は手を繋ぐどころか、一緒に買い物に行った時でも一人で先へ歩いて行き、荷物を持つことはもちろん待つこともしてくれなかった。
 杏はその歩幅に合わせようと、必死にその後ろを早歩きで追いかけていた。

 伸ばした手をギュッと握られ、そしてノアの腕に導かれる。そっとノアの腕に手を添えた。

「あ、お嬢様! 忘れ物です!」

 振り向いたミレールにアルマが慌てて駆け寄り、お菓子の入った籠を渡した。

「ありがとうアルマ。行ってくるわね」

「はい。お屋敷でお待ちしております」

 そのままアルマは馬車へと戻って行った。

「貸せ、俺が持とう」

「え……? あ、いえ、軽いので、大丈夫ですわ」

 一瞬言われた意味がわからなかったが、まさかノアに籠を持たせるわけにもいかず、丁重に断った。

「いいから、寄こせ」

 だがノアは籠をミレールから奪うと、そのまま反対側の手に持ち替えてしまった。

「――っ! ありがとう、ございます……」

 掴んだ逞しい腕と優しい気配りにドキドキが止まらない。
 ゆっくりとした足取りでノアと共に王宮へと足を踏み入れた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】義弟ディルドで処女喪失したらブチギレた義弟に襲われました

春瀬湖子
恋愛
伯爵令嬢でありながら魔法研究室の研究員として日々魔道具を作っていたフラヴィの集大成。 大きく反り返り、凶悪なサイズと浮き出る血管。全てが想像以上だったその魔道具、名付けて『大好き義弟パトリスの魔道ディルド』を作り上げたフラヴィは、早速その魔道具でうきうきと処女を散らした。 ――ことがディルドの大元、義弟のパトリスにバレちゃった!? 「その男のどこがいいんですか」 「どこって……おちんちん、かしら」 (だって貴方のモノだもの) そんな会話をした晩、フラヴィの寝室へパトリスが夜這いにやってきて――!? 拗らせ義弟と魔道具で義弟のディルドを作って楽しんでいた義姉の両片想いラブコメです。 ※他サイト様でも公開しております。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】寡黙で大人しいと思っていた夫の本性は獣

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 侯爵令嬢セイラの家が借金でいよいよ没落しかけた時、支援してくれたのは学生時代に好きだった寡黙で理知的な青年エドガーだった。いまや国の経済界をゆるがすほどの大富豪になっていたエドガーの見返りは、セイラとの結婚。  だけど、周囲からは爵位目当てだと言われ、それを裏付けるかのように夜の営みも淡白なものだった。しかも、彼の秘書のサラからは、エドガーと身体の関係があると告げられる。  二度目の結婚記念日、ついに業を煮やしたセイラはエドガーに離縁したいと言い放ち――?   ※ムーンライト様で、日間総合1位、週間総合1位、月間短編1位をいただいた作品になります。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️ ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。

処理中です...