上 下
104 / 110
番外編

新たな家族

しおりを挟む
 ミレールが出産を終えてから一月が経っていた。

 産まれたのはとても元気な女の子で、名前はミシェル。
 名付け親はノアだ。
 オルノス侯爵家では夫となるものが代々子供の名前を考えているようで、ミシェルもノアが相当悩んで付けた名前だった。
 ミシェルは栗色の髪に瑠璃色の瞳。顔立ちは今のところミレールよりだ。

 杏としては二度目の出産となるのだが、やはり産む前は怖かった。臨月に近づきミレールのさらにお腹が大きくなるとノアの心配症も加速し、非番でも稽古へ出掛けずにミレールの側についていてくれた。
 ミシェルが元気に産まれ、ミレールの無事を知ったノアは心底ホッとしていた。
 その時に感極まり泣いていたノアの顔を、ミレールは一生忘れないだろう。

「今帰ったぞ」

「おかえりなさい、ノア」

 控えめなノックのあと、ミレールの部屋に静かに入ってきたノア。抱っこをしていたミシェルは腕の中ですやすやと寝てしまっている。

「あぁ。ミシェルは寝てるのか?」

「えぇ、つい先ほど寝てしまいましたわ」

 ベッドの側で立って寝かしていたミレールの元に、ノアが近づいていく。

「そうか。いつ見ても可愛いなぁ」

 ミレールの腕に抱かれている小さな命に顔を近づけたノアは、目を細めて愛しそうな表情を向けながら微笑んでいる。

「ふふっ、天使のように可愛いですわ」

「本当だな。……あんたは大丈夫か? 体は? 体調は? 疲れていないか?」

 ミシェルが産まれてずっと、ノアは帰ってくるとこの質問をしてくる。と、いうのも、母親であるノクターンから産後の肥立ちが悪いと死に至るのだと、くどくどとずいぶん大袈裟過ぎる説明を受けたようだった。
 それからというもの、ノアは帰宅の度にミレールの体調を確認することが習慣化するようになっていた。

「わたくしはなんともありませんわ。お義母さまやアルマが率先してミシェルの面倒を見てくださいますし、むしろ動き足りないくらい楽をさせていただいてますわ」

 ミレールもいつものように笑って、心配いらないと返事を返す。

「油断は禁物だぞ。産後はしばらく休養した方がいいって話だからな。俺がミシェルを抱っこしてるから、ミレールはそこで座って休んでろって」

 そう言ってノアは両手を伸ばして、抱っこさせろと促していた。ノアはお屋敷にいる時間が短い分、こうして帰って来ると少しでも早くミシェルと触れ合おうと、抱っこを代わるようになっていた。
 
「ありがとうございます。ではお願いいたしますわ。もし、ぐっすり寝ているようならベビーベッドに寝かせても――」

「いや。こうさせてくれ」

 ノアが慣れた手つきでミシェルを抱っこすると、さらにミシェルが小さく見える。
 その小さな命を愛しそうな顔で抱えているノアを見ていると、ミレールの胸の奥が熱くなっていく。

(ノアは変わりません。ミシェルはもちろん、わたくしのことも常に気遣ってくれますわ。……以前の夫は抱っこすらまともにしてもらえず、子供の面倒も家のこともすべて、母親がやるものだと時代錯誤なことを言ってましたもの)

 この世界でも前の夫と考え方は変わらず、むしろノアのような男性のほうが珍しかった。
 育児は女の仕事で、貴族の子供は乳母が面倒を見るものだと決まっている。
 しかしミレールは自分もできる限りミシェルのお世話をしたかったので、無理のない程度に育児をするようにしていた。

「あっ、そういえば、まだ帰って来てからしてなかったな」

 そこで思い出したように話しているノアに、ミレールはサッと頬を染めた。

「そこまで、律儀に守らなくても……」

「ダメだ」

 ノアが言っているのはスキンシップのことだ。
 ノアの出勤前と帰宅後にキスをする決まりがいつの間にかできていた。

「ミシェルを抱いてるから、あんたからしてくれ」

「……わかりましたわ」

 届くようしゃがんでくれたノアの顔に手を添えて、チュッと軽く唇を重ねた。
 柔らかな唇の感触のあと、ゆっくり顔を離して閉じていた目を開ける。

「愛してる」

 目の前が凛々しい顔でいっぱいになり、言われた一言にミレールの胸がさらに幸せで満たされる。

「わたくしも、愛してますわ」

 また自然と顔が近づいて、今度は深く唇が重なり合った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】義弟ディルドで処女喪失したらブチギレた義弟に襲われました

春瀬湖子
恋愛
伯爵令嬢でありながら魔法研究室の研究員として日々魔道具を作っていたフラヴィの集大成。 大きく反り返り、凶悪なサイズと浮き出る血管。全てが想像以上だったその魔道具、名付けて『大好き義弟パトリスの魔道ディルド』を作り上げたフラヴィは、早速その魔道具でうきうきと処女を散らした。 ――ことがディルドの大元、義弟のパトリスにバレちゃった!? 「その男のどこがいいんですか」 「どこって……おちんちん、かしら」 (だって貴方のモノだもの) そんな会話をした晩、フラヴィの寝室へパトリスが夜這いにやってきて――!? 拗らせ義弟と魔道具で義弟のディルドを作って楽しんでいた義姉の両片想いラブコメです。 ※他サイト様でも公開しております。

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️ ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。

【R18】今夜、私は義父に抱かれる

umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。 一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。 二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。 【共通】 *中世欧州風ファンタジー。 *立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。 *女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。 *一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。 *ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。 ※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25

処理中です...