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番外編
新たな家族
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ミレールが出産を終えてから一月が経っていた。
産まれたのはとても元気な女の子で、名前はミシェル。
名付け親はノアだ。
オルノス侯爵家では夫となるものが代々子供の名前を考えているようで、ミシェルもノアが相当悩んで付けた名前だった。
ミシェルは栗色の髪に瑠璃色の瞳。顔立ちは今のところミレールよりだ。
杏としては二度目の出産となるのだが、やはり産む前は怖かった。臨月に近づきミレールのさらにお腹が大きくなるとノアの心配症も加速し、非番でも稽古へ出掛けずにミレールの側についていてくれた。
ミシェルが元気に産まれ、ミレールの無事を知ったノアは心底ホッとしていた。
その時に感極まり泣いていたノアの顔を、ミレールは一生忘れないだろう。
「今帰ったぞ」
「おかえりなさい、ノア」
控えめなノックのあと、ミレールの部屋に静かに入ってきたノア。抱っこをしていたミシェルは腕の中ですやすやと寝てしまっている。
「あぁ。ミシェルは寝てるのか?」
「えぇ、つい先ほど寝てしまいましたわ」
ベッドの側で立って寝かしていたミレールの元に、ノアが近づいていく。
「そうか。いつ見ても可愛いなぁ」
ミレールの腕に抱かれている小さな命に顔を近づけたノアは、目を細めて愛しそうな表情を向けながら微笑んでいる。
「ふふっ、天使のように可愛いですわ」
「本当だな。……あんたは大丈夫か? 体は? 体調は? 疲れていないか?」
ミシェルが産まれてずっと、ノアは帰ってくるとこの質問をしてくる。と、いうのも、母親であるノクターンから産後の肥立ちが悪いと死に至るのだと、くどくどとずいぶん大袈裟過ぎる説明を受けたようだった。
それからというもの、ノアは帰宅の度にミレールの体調を確認することが習慣化するようになっていた。
「わたくしはなんともありませんわ。お義母さまやアルマが率先してミシェルの面倒を見てくださいますし、むしろ動き足りないくらい楽をさせていただいてますわ」
ミレールもいつものように笑って、心配いらないと返事を返す。
「油断は禁物だぞ。産後はしばらく休養した方がいいって話だからな。俺がミシェルを抱っこしてるから、ミレールはそこで座って休んでろって」
そう言ってノアは両手を伸ばして、抱っこさせろと促していた。ノアはお屋敷にいる時間が短い分、こうして帰って来ると少しでも早くミシェルと触れ合おうと、抱っこを代わるようになっていた。
「ありがとうございます。ではお願いいたしますわ。もし、ぐっすり寝ているようならベビーベッドに寝かせても――」
「いや。こうさせてくれ」
ノアが慣れた手つきでミシェルを抱っこすると、さらにミシェルが小さく見える。
その小さな命を愛しそうな顔で抱えているノアを見ていると、ミレールの胸の奥が熱くなっていく。
(ノアは変わりません。ミシェルはもちろん、わたくしのことも常に気遣ってくれますわ。……以前の夫は抱っこすらまともにしてもらえず、子供の面倒も家のこともすべて、母親がやるものだと時代錯誤なことを言ってましたもの)
この世界でも前の夫と考え方は変わらず、むしろノアのような男性のほうが珍しかった。
育児は女の仕事で、貴族の子供は乳母が面倒を見るものだと決まっている。
しかしミレールは自分もできる限りミシェルのお世話をしたかったので、無理のない程度に育児をするようにしていた。
「あっ、そういえば、まだ帰って来てからしてなかったな」
そこで思い出したように話しているノアに、ミレールはサッと頬を染めた。
「そこまで、律儀に守らなくても……」
「ダメだ」
ノアが言っているのはスキンシップのことだ。
ノアの出勤前と帰宅後にキスをする決まりがいつの間にかできていた。
「ミシェルを抱いてるから、あんたからしてくれ」
「……わかりましたわ」
届くようしゃがんでくれたノアの顔に手を添えて、チュッと軽く唇を重ねた。
柔らかな唇の感触のあと、ゆっくり顔を離して閉じていた目を開ける。
「愛してる」
目の前が凛々しい顔でいっぱいになり、言われた一言にミレールの胸がさらに幸せで満たされる。
「わたくしも、愛してますわ」
また自然と顔が近づいて、今度は深く唇が重なり合った。
産まれたのはとても元気な女の子で、名前はミシェル。
名付け親はノアだ。
オルノス侯爵家では夫となるものが代々子供の名前を考えているようで、ミシェルもノアが相当悩んで付けた名前だった。
ミシェルは栗色の髪に瑠璃色の瞳。顔立ちは今のところミレールよりだ。
杏としては二度目の出産となるのだが、やはり産む前は怖かった。臨月に近づきミレールのさらにお腹が大きくなるとノアの心配症も加速し、非番でも稽古へ出掛けずにミレールの側についていてくれた。
ミシェルが元気に産まれ、ミレールの無事を知ったノアは心底ホッとしていた。
その時に感極まり泣いていたノアの顔を、ミレールは一生忘れないだろう。
「今帰ったぞ」
「おかえりなさい、ノア」
控えめなノックのあと、ミレールの部屋に静かに入ってきたノア。抱っこをしていたミシェルは腕の中ですやすやと寝てしまっている。
「あぁ。ミシェルは寝てるのか?」
「えぇ、つい先ほど寝てしまいましたわ」
ベッドの側で立って寝かしていたミレールの元に、ノアが近づいていく。
「そうか。いつ見ても可愛いなぁ」
ミレールの腕に抱かれている小さな命に顔を近づけたノアは、目を細めて愛しそうな表情を向けながら微笑んでいる。
「ふふっ、天使のように可愛いですわ」
「本当だな。……あんたは大丈夫か? 体は? 体調は? 疲れていないか?」
ミシェルが産まれてずっと、ノアは帰ってくるとこの質問をしてくる。と、いうのも、母親であるノクターンから産後の肥立ちが悪いと死に至るのだと、くどくどとずいぶん大袈裟過ぎる説明を受けたようだった。
それからというもの、ノアは帰宅の度にミレールの体調を確認することが習慣化するようになっていた。
「わたくしはなんともありませんわ。お義母さまやアルマが率先してミシェルの面倒を見てくださいますし、むしろ動き足りないくらい楽をさせていただいてますわ」
ミレールもいつものように笑って、心配いらないと返事を返す。
「油断は禁物だぞ。産後はしばらく休養した方がいいって話だからな。俺がミシェルを抱っこしてるから、ミレールはそこで座って休んでろって」
そう言ってノアは両手を伸ばして、抱っこさせろと促していた。ノアはお屋敷にいる時間が短い分、こうして帰って来ると少しでも早くミシェルと触れ合おうと、抱っこを代わるようになっていた。
「ありがとうございます。ではお願いいたしますわ。もし、ぐっすり寝ているようならベビーベッドに寝かせても――」
「いや。こうさせてくれ」
ノアが慣れた手つきでミシェルを抱っこすると、さらにミシェルが小さく見える。
その小さな命を愛しそうな顔で抱えているノアを見ていると、ミレールの胸の奥が熱くなっていく。
(ノアは変わりません。ミシェルはもちろん、わたくしのことも常に気遣ってくれますわ。……以前の夫は抱っこすらまともにしてもらえず、子供の面倒も家のこともすべて、母親がやるものだと時代錯誤なことを言ってましたもの)
この世界でも前の夫と考え方は変わらず、むしろノアのような男性のほうが珍しかった。
育児は女の仕事で、貴族の子供は乳母が面倒を見るものだと決まっている。
しかしミレールは自分もできる限りミシェルのお世話をしたかったので、無理のない程度に育児をするようにしていた。
「あっ、そういえば、まだ帰って来てからしてなかったな」
そこで思い出したように話しているノアに、ミレールはサッと頬を染めた。
「そこまで、律儀に守らなくても……」
「ダメだ」
ノアが言っているのはスキンシップのことだ。
ノアの出勤前と帰宅後にキスをする決まりがいつの間にかできていた。
「ミシェルを抱いてるから、あんたからしてくれ」
「……わかりましたわ」
届くようしゃがんでくれたノアの顔に手を添えて、チュッと軽く唇を重ねた。
柔らかな唇の感触のあと、ゆっくり顔を離して閉じていた目を開ける。
「愛してる」
目の前が凛々しい顔でいっぱいになり、言われた一言にミレールの胸がさらに幸せで満たされる。
「わたくしも、愛してますわ」
また自然と顔が近づいて、今度は深く唇が重なり合った。
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