いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経

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第三章

兎神社のみなしご狐 8

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 それからというもの、岡丸は紬と顔を合わせるたびに、自ら進んで戦いを挑んでくるようになった。とりあえず、岡丸の警戒心を解くという第一関門は突破といったところである。しかし、紬の最終目標は、あくまで岡丸と普通に話ができるくらいにまで仲を深めることだ。岡丸との関係を構築するためには、喬の依頼通り、ちゃんと紬自身が岡丸の遊び相手になってあげる必要があるだろう。

「――ちょっと教えてほしいんだけど、みんなっていつもなにをして遊んでるの?」

 七月初旬のある日の早朝。日課の訓練をしようと吉田山公園にやってきた紬は、たまたまそこに勢ぞろいしていた知り合いの妖狐たちを見つけ、これ幸いと気になっていたことを彼らに尋ねてみた。

「あたしは物を取り合う遊びが好きだよーっ!」

と真っ先に答えたのは、おてんば妖狐の茜である。

「ああ……。そりゃまあ、そうだろうね……」

 紬は苦笑した。というのも、ちょうどこの時、茜はサンダルの付喪神を前足に挟み、夢中でカミカミしているところだったからである。紬はつい先日、妖狐たちがここに集めていた付喪神を全て没収したばかりだったのだが、この子はまた性懲りもなく運んできたらしい。

「はいっ! 僕はレスリングが好き!」
「僕は追いかけっこ……」

 続いてそう答えたのは、いつの間にかすっかり精悍な若狐になっている二匹の子供たちだ。

「レスリングと追いかけっこかー。いいね」

 なんだか小学生みたいで可愛らしいなと紬は微笑ましく思う。次に口を開いたのは銀と十字だった。

「ふっ……。闇の化身たる我ら兄弟にとっては、この世の全てがお遊びのようなものよ」

 ――うん。この二匹は相変わらずだ。とりあえず放っておこう。

「なるほどねー……。でも、やっぱり話を聞いただけではイメージが湧かないなあ……。そうだ! 今朝は私もみんなの遊びに混ぜてくれない?」

 紬は思い付きでポンと手を叩いて言った。茜と子供たちは「いいよー!」とちぎれんばかりに尻尾を振ってくれる。
 
「……おいおい。本気か? こいつら、見るからに加減を知らなさそうだぞ?」

 千綾は心配そうに耳元で囁いてくるが、紬は笑顔でバッグをベンチに置き、アキレス腱を伸ばして準備体操をはじめた。

「遊びならお互いに本気を出すことはないだろうし、一時間くらいなら体力も持つでしょ。千綾は荷物を見張っててくれる?」
「なんか嫌な予感がするけど……。分かった。俺はここから眺めてるよ」

 千綾は不安げに耳を伏せて言った。



 それから三十分後――。

「ぜえ、ぜえ……。もう無理……。限界……」
「言わんこっちゃない」

 紬が息を切らしてベンチに戻ると、千綾は呆れた目をこちらに向けてきた。

「ふう……。妖狐の遊びがこんなに激しいなんて思わなかったよ……」

 紬はバッグからタオルを取り出し、全身から噴き出した汗を拭って呟く。
 そして、崩れ落ちるようにベンチに腰を下ろすと、まだ夢中で遊びを続けている妖狐たちにぼんやりと目を向けた。
 サンダルの付喪神をくわえて走る一匹をみんなが追いかけ、誰かが追い付くと、そこで付喪神の取り合いが起こり、次に付喪神を獲得した子が再び走り出す。その繰り返しだ。蓋を開けてみれば、物の取り合いとレスリングと追いかけっこは、全て一続きの遊びの中に組み込まれていた。

「ルールはシンプルだけど、奥が深いね……」

 紬は呟いた。注意深く観察すると、この一連の遊びの中には、狩りや喧嘩などから派生した行動が含まれているのが分かる。岡丸と遊ぶためには、こうした妖狐の本能をくすぐるポイントを理解しなければいけないのだろう。

「でも、人間の体じゃ、妖狐と同じような動きはできないし、すぐに疲れちゃうし、どうしても限界があるよね……」

 紬は顎に手を添えて思案した。なにか手があるはずだ。人間が狐になりきって遊ぶことのできる方法が……。

「あ」

 その時、紬は単純だが画期的なアイデアをひらめき、思わず声を漏らした。

(そうだ! 私は陰陽師なんだから、幻術を使えばどうにでもできるはず……!)

 紬は弾けるようにベンチを立ち上がると、自分の思い付きをさっそく試すべく、妖狐たちのもとへと急ぎ足で駆け戻ったのだった。

 *** 
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