上 下
15 / 16

第15話

しおりを挟む
漸く落ち着いたのは三日経ったあとだった。

リュディガーはあの後、おば様の目の届く所で謹慎を言い渡された。
何故おば様の目の届く所かと言うのは、目を離した隙に自らの手で幕を閉じようとするからだ。
罪を償わせようにも、すぐに自分の喉を掻っ切るような者では無理だと判断し、謹慎という処分になった。
とは言え、おば様も仕事があるので、リュディガーは療養と言う名目で遠縁の伯爵家の預かりになるようだ。

リュディガーに手を貸した者も、いくら脅されたとは言え騎士に有るまじき行為だとして、一週間の自宅謹慎と反省文に落ち着いた。

おじ様とおば様には私が恐縮するぐらい謝られた。
慰謝料と称した見舞金を受け取ってくれと言われたが、おじ様とおば様が悪い訳じゃないと頑なに受け取らなかった。
幼い頃から付き合いのある二人は、私が一度決めたら曲げないことをよく知っているので、渋々諦めてくれた。

そして、ヴェルナーだが………──

「──で?わたくしは何故呼ばれたのかしら?」

例の如く、私の前には優雅にお茶を啜るエレザがいる。
呼ばれた理由を聞かれたが私はその問に応えれるず、下を向き黙ったまま。

「……大方ヴェルナー様のことでしょ?」

ヴェルナーと言う名が聞こえてビクッと肩が震えた。

そう。私がエレザを呼んだのはヴェルナーの事を聞きたかったから。
リュディガーの一件以降、ヴェルナーと話もしていなければ顔も合わせていない。
例の令嬢とどうなかったのかも知らずじまいなのだ。

──おじ様にそれとなく聞いたんだけどはぐらかされてしまったし。

ヴェルナーは媚薬が効いているような感じはなかった。

──もしかしたら、事後?

ううん。ヴェルナーは抱いた女性を一人置いてくるような男じゃない。

──抱いた……のか……?

勝手に想像して勝手に落ち込んでいるんだから始末が悪い。

「何百面相しているの?……まあ、大体は想像がつきますわね」

他人事だからなのかエレザは随分と落ち着いている。
私が俯いて黙っていると、盛大な溜息と共に呆れた声がかかった。

「まったく、貴方達は本当に……そんなに気になるのなら本人に確かめてみてはいかが?」
「……それが出来たらそうしてるわよ」
「わたくしは何も話せませんわよ?」
「え!?なんか知ってるの!?」
「まあ、これでも親衛隊を取り纏めている者ですからね」

ニヤッと微笑みながら得意気に言ってくるエレザが憎たらしい。
何か知ってるなら教えてくれてもいいもんじゃないの?

「……なんの為に呼んだと思ってんのよ……」
「心の声が漏れてますわよ」

いけない。思わず声が出ていたようだ。

必死に取り繕うとしている私を面白そうに見つめるエレザが何かに気が付くと目を細め微笑んだ。

「とりあえず、当人同士で話し合うのが一番の近道だと思いますわよ?……ねぇ?ヴェルナー様?」

エレザが視線を向けた方を振り向くと、茂みの中からヴェルナーが現れた。

「……あっ……なっ……」

混乱している私に対し、ヴェルナーは苦笑しながらエレザを見た。

「エレザ嬢、僕がいるの最初から気付いとったろ?」
「まあ、人聞きの悪い」

えっ?最初からいたの?

この二人の会話から察するに、ヴェルナーは今現れたのではなく、最初からこの場にいたらしい。
と言うことは、私がヴェルナーの事を聞こうとエレザを呼んだことも、ヴェルナーの事が気になっているという事も筒抜けだったという事。

その事実に顔がかぁーと熱くなった。

「さて、邪魔者は消えますからよくよくお話下さいませ」

そう言うなりエレザは席を立って帰ろうとした。

この場面で二人きりになりたくない私はエレザを引き留めようとしたが「いい加減諦めなさい」と一脚され、エレザは帰って行った。

残されたのはさっきまで顔が熱くて仕方なかったが今は全身の血の気が引いた私と、黙って私を見下ろしているヴェルナーだけ。

久しぶりに見たヴェルナーはどこか疲れたような顔をしていた。
それもそのはずだ。実の弟が色々やらかしたんだから。

──なんて声をかければいいのよ……

せめて帰る前になんて何を話せばいいのか助言が欲しかったとエレザを恨んだが、急にホワッとアンバーの香りに包まれた。
ヴェルナーに抱きしめられたと分かるまで数秒かかった。

「え、え、え、あ、あぁぁぁあのぉ!?」
「……すまんかった……」

消え入りそうな声で囁いたヴェルナーは、私を更に強く抱きしめてきた。

「守ったるって約束したんに守れんかった……アリアが本気で婚約破棄したなるほど僕のこと嫌いなんも知らんかった……ごめんな……」

抱きしめている手が微かに震えてる。

「覚悟が出来るまで時間がかかってもうたが、もう大丈夫や。婚約破棄……しよか」

ゆっくり身体を離し、見つめ合いながら言われた言葉が私の脳裏を巡っている。

──婚約……破棄……

待ち望んでいたその言葉なのに、何故だろう。嬉しくない。
言葉よりも先に私の目からは涙が溢れてきた。

「ちょ!?泣くほど嬉しいんか!?」

私の涙を見たヴェルナーは焦りながらも悲しそうな表情をしている。

──違う。嬉しくない。

本当は自分の気持ちに気づいていた。けど、それを認めたくない自分もいた。

私はギュッと唇を噛み締め、勢いよくヴェルナーに抱きついた。
いきなり抱きつかれたヴェルナーはあまりの出来事に体勢を保てずそのまま倒れ込んだ。

「えっ!?ちょ、あの、アリアさん?」
「最初で最後だからよく聞いて」

ヴェルナーに抱きついたまま、耳元で意を決して囁い。

「……ヴェルナーの事が……………すすすす、す、好き……です」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役公爵令嬢のご事情

あいえい
恋愛
執事であるアヒムへの虐待を疑われ、平民出身の聖女ミアとヴォルフガング殿下、騎士のグレゴールに詰め寄られたヴァルトハウゼン公爵令嬢であるエレオノーラは、釈明の機会を得ようと、彼らを邸宅に呼び寄せる。そこで明された驚愕の事実に、令嬢の運命の歯車が回りだす。そして、明らかになる真実の愛とは。 他のサイトにも投稿しております。 名前の国籍が違う人物は、移民の家系だとお考え下さい。 本編4話+外伝数話の予定です。

【完結】帰れると聞いたのに……

ウミ
恋愛
 聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。 ※登場人物※ ・ゆかり:黒目黒髪の和風美人 ・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)

彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

婚約破棄したい悪役令嬢と呪われたヤンデレ王子

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「フレデリック殿下、私が十七歳になったときに殿下の運命の方が現れるので安心して下さい」と婚約者は嬉々として自分の婚約破棄を語る。 それを阻止すべくフレデリックは婚約者のレティシアに愛を囁き、退路を断っていく。 そしてレティシアが十七歳に、フレデリックは真実を語る。 ※王子目線です。 ※一途で健全?なヤンデレ ※ざまああり。 ※なろう、カクヨムにも掲載

ヤンデレ王子とだけは結婚したくない

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢ハリエットは、5歳のある日、未来の婚約者だと紹介された少年を見てすべてを思い出し、気づいてしまった。  前世で好きだった乙女ゲームのキャラクター、しかも悪役令嬢ハリエットに転生してしまったことに。  そのゲームの隠し攻略対象である第一王子の婚約者として選ばれた彼女は、社交界の華と呼ばれる自分よりもぽっと出の庶民である主人公がちやほやされるのが気に食わず、徹底的に虐めるという凄まじい性格をした少女であるが。  彼女は、第一王子の歪んだ性格の形成者でもあった。  幼いころから高飛車で苛烈な性格だったハリエットは、大人しい少年であった第一王子に繰り返し虐めを行う。  そのせいで自分の殻に閉じこもってしまった彼は、自分を唯一愛してくれると信じてやまない主人公に対し、恐ろしいほどのヤンデレ属性を発揮する。  彼ルートに入れば、第一王子は自分を狂わせた女、悪役令嬢ハリエットを自らの手で始末するのだったが――。  それは嫌だ。  死にたくない。  ということで、ストーリーに反して彼に優しくし始めるハリエット。  王子とはうまいこと良い関係を結びつつ、将来のために結婚しない方向性で――。  そんなことを考えていた彼女は、第一王子のヤンデレ属性が自分の方を向き始めていることに、全く気づいていなかった。

処理中です...