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「お前は抱けるブスだな」
「はぁぁぁぁ!?」

この失礼極まりない言葉を発したのは、本日初対面の私の

◈◈◈◈

私はリザ・ルミーネ。小さな領地を持つ男爵令嬢だ。
婚約者として紹介されたのがオスカー・エンデル。伯爵家の嫡男で目を引くのが深紅の髪。深紅の髪は他国でも珍しく、代々エンデル家当主に引き継がれるらしい。

そしてこの婚約は親同士が決めたもので、貴族の令嬢なら政略結婚なんて当たり前だから、そこは文句は言わずに従った。
そして本日、初めての顔合わせで私の顔を見て第一声が例の言葉だった。

相手の親は息子を叱りつけ、私の親は苦笑い。
言われた本人は笑顔を崩さないが、内心怒りを抑えている。

抱ける抱けないはさて置き、初対面の人間にブスとはどう言う了見だ。仮にも婚約者ぞ?
確かに私は美人ではないが、面と向かってブスと言われるほどブスではないと思っている。

「……なるほど、オスカー様は私の容姿が気に入らない……そうですか、そうですか……」
「り、リザ?」

カツカツ……と両親の前に出た。
そして、目一杯息を吸い込み吐き出した。

「そっちは私を抱けるようだけど私はあんたに抱かれる気はこれっぽちもないんですけど!?──って言うか、あんた何様?人の事言う前に自分の姿鏡で見た事あるの!?」
「は?なっ……!?」
「そもそも初対面の女性に対してブスって、私じゃなかったら一生トラウマものよ!?あんた初めて会った令嬢に『何その髪色?キモッ』って言われたら傷つくでしょ!?」
「貴様ッ!!──……え?……キモ……いのか?」

私の剣幕に収集付かなくなりそうだと両親達が判断し、顔合わせは一旦終了という事になった。


◈◈◈◈


バンッ!!!!

「お父様!!あんな奴と結婚は無理です!!あれと結婚しろと言うのなら私は家を出ます!!」
「ん~……でもね、リザ。オスカー君もそんなに悪い子じゃないんだよ?」
「悪い悪くない以前の問題です!!」

屋敷に着くなりお父様に婚約を破棄してもらうようお願いをした。

「ん~……だけどね、リザ。もう結納金の半分貰っちゃった」

てへっと可愛く言い切るお父様を見て、全身の力が抜けた。

うちは小さな領地しか持っていない為、いつ没落してもおかしくないエセ貴族なのだ。

──そう言えば、最近督促状が少なくなった気がしてたのよ。

使用人も最低限しか置かず、基本自分の事は自分でが生まれた時から身に付いていた私は、成人した今では家の事も手伝うようにしていた。
最近では領地活性化の為に奮起していて、屋敷の事が疎かになっていたので気づくのが遅れた。

「……分かりました。では、その結納金を返しましょう」
「──えっ!?もうないよ!!」
「なければ作るのです!!」

当然あるとは思っていない。
ならば、その分かき集めればいい。

「──で?一体いくら貰ったんです?」
「……枚」
「は?」
「……金貨二……千枚……」
「二──……えっ!?」

金額間違えてないか?二千枚!?
一般的の結納金は多くても金貨千枚。それは公爵などの上流貴族に対して払う金額だ。
しかもこれが半分でしょ!?トータルで四千枚!?
えっ!?あの伯爵大丈夫!?私にそんな価値ないよ!?

「……うん。返すのは諦めましょう」
「だろう?」

到底返せる額じゃなかった……

「ならば、あちらから婚約破棄を提示してもらいましょう」

あちらから言ってもらえば角も立たないし、結納金を返せとも言いずらいだろう。
今日会った感じ、私の事を嫌っていることは間違いない。

お父様も「まあ、あちらから言われればこちらは断れないしな」と言質はとった。

──よしっ、やったるで!!


◈◈◈◈


『ブス』発言からオスカーとは何度か顔合わせと称し頻繁にお茶を共にすることが増えた。

最初の一回目はお互い喋らず終了。二回目はお母様同士が間に入り、少し言葉を交わした。
三度目は始まった途端に「おい、砂糖」なんて上から目線で取れと言われたもんだから砂糖の瓶を頭の上でひっくり返してやった。
四度目では令嬢らしからぬ態度で接してみた。
例えばテーブルの上に足を置き侍女を顎で使って、お茶は音を立て飲み飲み終わりに「あ゛~!!美味い!!」とおっさんのように振舞った。
しかしオスカーは素知らぬ顔でお茶を飲み、何事も無く帰って行った。
五度目で侍女の中から一番胸のある子を給仕につけた。お茶を注ぐときにそれとなく胸を強調するようにと指示を出した。私の思わく通りオスカーは胸を食い入るように見ていた。

──本当、男って動物は胸に弱いんだから……チョロ過ぎだわ!!

六度目、七度目もその手でいこうとしたが、一度目に比べ素っ気なくなり、侍女がいくら胸を押し当てても無表情になってしまった。

──ちっ、攻めすぎて飽きられたか!?

八度目は屋敷の中で人気投票第一位の侍女を付けた。しかも頼み込んでスカート丈をギリギリまで短くしてもらった。
この姿を一目見たいと屋敷中の使用人達が集まり、現場は大騒ぎ。お茶会所ではなくなった為、オスカーには早急にお帰り頂いた。

そして、九度目の本日──……

「……今日は色仕掛けはないのか?」
「は?」

カチャと音を立てティーカップを置いたかと思えば、色仕掛けがないかとな?
実は今日も
女が駄目ならいっその事男でもいいんじゃね?って事で餌食になったのがそこそこイケメンの料理長。38歳独身だった。
侍女数人に綺麗に着飾られ化粧までさせられた料理長は、大きく盛っても美人とは程遠かった。
料理長を見た瞬間、屋敷中大爆笑で不貞腐れた料理長は部屋に閉じこもってしまって出て来なくなってしまったのだ。

──問題は夕食までに出て来てくれるかどうか……

下手したら今日の夕食は朝の残りのパンのみになるかもしれない。
いや、今はそんな事はどうでもいいんだった。

「あら、色仕掛けを楽しみにうちに来てたの?それならそう言う専門の場所へ行った方が早いわよ?」

そんなに楽しみたいなら金を払いなさいよね!!
うちの使用人はあんたのものじゃないのよ。

「いや、お前が俺に色仕掛けを仕掛けて婚約破棄を企んでいることは分かっている。もう婚約破棄を諦めたのか?」

しれっと言い切った言葉に驚愕した。
バレていないと思っていた作戦がまさかダダ漏れだった。

「──……ッお父様ね!!」
「いや、お前の父上からは何も聞いていない。──と言うか、誰でも気づくだろう?俺はお前ほど頭は弱くないからな」
「あぁ~そうですか、頭が悪うてどうもすみませんね」

本当、いちいち癪に障る。
こうなれば直球勝負。

「こんな頭の悪い私が伯爵様のご子息と結婚なんて到底釣り合わないと思うので、婚約破棄を希望します」
「──お前、伯爵家うちから金貰っただろ?お前から婚約破棄なんて出来るわけないだろう。馬鹿なのか?」
「だから、そっちから婚約破棄してって!!」
「それは断る」

怒鳴るようにオスカーに詰め寄って言うが、思いもよらない言葉が聞こえた。

──今なんて?

「俺はお前と婚約を破棄するつもりは無い」

いやいやいやいやいやいやいやいや、何言ってんだこいつ。頭湧いてんの?
何処に私と結婚して上手くいく要素がある?
無いよね?
えっ?もしかして仮面夫婦的な?
それこそ御免こうむる!!好きでもない相手と死ぬまで一緒なんて無理!!私だって人並みに恋愛したいと思ってんだ。

「お前は俺の事を嫌っているかもしれないが、俺はお前の事を……その……好いている」
「そりゃ、嫌ってるにきま──……ん?今なんて?」

あれ?空耳?幻聴?耳掃除欠かさずしてるんだけどなぁ。

「俺はお前の事が、す、す、す、す、す、す、す………好きだ……」
「え~~?なんてぇぇ~~?」

最後の方は小さく囁くような声だったが、しっかりばっちり聞こえた。
しかし、執拗に聞き返してやる。

オスカーは真っ赤になりながら口をパクパクさせていたが、意を決した様で真っ直ぐ私を見た。

「これで最後だからな。しっかり聞いとけ」

そう言って椅子から立ち上がり、膝を折ってじっと私を見上げた。

「俺……いや、私、オスカー・エンデルはリザ・ルミーネを愛しています」

自分でふっておいてなんだが、まさかこんな事態になるとは予想しておらず、何が起こっているのか理解出来ずにいた。

「──おい、何か言え」

私が黙っていることに苛立ったオスカーが顔を真っ赤にしながら手を出し、私の返事を待っていた。

「──えっ、うそ……うえぇーーーー!?」

口に手を当てて思いきり叫んでいた。

「冗談でここまでするか……」
「いや、まあ、そうだけど……いやいやいやいや、私好かれる要素なんもないじゃん!!だって、初対面よ!?」

『抱けるブス』発言を忘れたとは言わせない。

「いや、まあ、あれは、あれだ……そ、それを言うならお前だってキモイ発言したろ!?」

深紅の髪がキモイ発言。
こいつはこいつで根に持っているらしい。

「あれは仮にって話でしょ!?実際キモイとは思ってないし、なんなら綺麗だと──……あっ」

しまった!!と思って口に手をやったが時すでに遅し。
オスカーは手で顔を隠しているが耳まで真っ赤なのが丸わかり。

「い、今のは違う!!──いや、違わないけど違う!!」
「言っている意味が分からん」

慌てて取り繕うとするが、イレギュラーな事が多すぎて頭が回らない。

「……そうか、俺はてっきり嫌われていると思ったが違ったようだ」
「違ってない!!嫌ってる!!」
「そんな可愛げ無いところも可愛い」
「それ褒めてんの!?貶してんの!?」

オロオロする私にオスカーは余裕の表情で抱きしめ「これからも宜しくな」と耳元で囁いた。

「ぎゃーーーー!!!なんでこんな事になってんのーーーー!?」

その日はもう私の精神が限界を迎えたので、その場でお開きとなった。

十度目で漸く落ち着いて話が出来る事ができた。
一体どういう事かオスカーを問い詰めると、私が領地に出て奮闘しているを何度か見られていたらしく、女ながら必死に頑張る姿に一目惚れをしたらしい。
そこでオスカーがうちの父に頼み込んで婚約者になったのだと聞かされた。

──なるほど、だから結納金が破格だったのね。

初対面の時の発言はいつも遠くから見ていた私が手の届く距離に来て、照れ隠しであんな酷い事を言ってしまったと謝罪された。
私に会うとどうしても顔がニヤケそうになってしまうのでいつも無表情を貫き、照れているのがバレるのはカッコ悪いからと上から目線の発言に至ったらしい。
そして毎度うちから帰ると自己嫌悪に陥っていたと。
どうやらオスカーは素直に言葉にするのが苦手らしい。

全てを話したオスカーは「カッコ悪いだろ?」と言っていたが、私はカッコ悪いなんて思わなかった。むしろ、可愛く思えてきた。
オスカーに対してこんな感情が生まれるとは自分でも驚きだ。

当然婚約は続行。
オスカーのお父様の力添えもあって、うちの領地もだいぶ盛んになってきた。
この調子なら半年ほどで全ての借金も返し終える目処がたった。

「おじ様には感謝してもしきれないわね」
「あの人は領地経営に関しては天才だからな。それに、早いとこ完済しないと婚姻が結べん」

オスカーは婚約をすっ飛ばして婚姻を結びたいと言っていたが、私がそれを良しとしなかった。
借金の返済が終わるまでは待って欲しいとごねたからだ。

「そんなに急かすと余裕が無いように見えるわよ?」
「余裕なんてある訳ないだろ?早くお前を俺のものにしたいんだ」
「抱けるブスなのに?」
「……掘り返さないでくれ……」

シュンとうだなられるオスカーの頭を撫でながらクスクスと笑った。

「よしっ!!決めた!!俺も手伝って、あと一ヶ月で完済させる!!」
「はぁ!?無理でしょ!!」
「いや、いける!!」

書類を手にし机に向き合うオスカーは正直、かっこいい。
まあ、絶対口に出して言わないけどね。

「一ヶ月で完済出来たら、これに判を押してくれよ?」

そう言って見せてきたのは婚姻誓約書。
既にオスカーの名と判は押してあった。

「えっ?本気……?」
「本気。覚悟しとけよ?」

その後、しっかり一ヶ月で全ての借金を返し終えた私の元に満面の笑みでオスカーがやって来て、有無を言わさずに判を押されあれよあれよと言う間に私はリザ・エンデルになった。
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