上 下
7 / 12

7

しおりを挟む
 アシェルに連れられてやってきたのは、庭の奥にある温室。

 この温室はアシェル自らが管理している場所。最近はあまり来ていなかったが、幼い頃はここで一緒になって遊んだり、昼寝をしたりしていた思い出深い場所でもある。

 そんな温室の花に囲まれるようにして、中央にお茶の用意が整っていた。

 アシェルにエスコートされるまま椅子に座ると、向かい合ったアシェルが薔薇の花が浮かんだお茶を出てきた。

「うわぁ……綺麗……」
「ふふ、ローズの為に用意してたんだ。この薔薇も君の為に品種改良した、世界に一つだけの薔薇なんだよ?」
「そ、そうなんですね……嬉しいです」

 嬉しそうに微笑見ながら言われたが、当のローズは引き攣る顔を誤魔化しながら笑顔を作るのが精一杯。

 その薔薇の色はローズの瞳の色と同じ淡い紫色をしてる。シスコンもここまで来たら狂気すら感じるが、薔薇には罪は無い。
 薔薇が浮かぶカップを手に取り一口、口に入れると一瞬で薔薇の香りに包まれた。鼻につくような匂いではなく、爽やかな匂いで自然と笑顔になる。

「喜んでくれたようで良かったよ」

 そう言いながらお茶を口にするアシェル。お茶を飲んでいるだけなのに、仕草の一つ一つが綺麗でつい目を奪われる。

「なに?」
「あ、いえ、何でもありません」

 見蕩れていたなんて恥ずかしくて言えない。

 サッと顔を背けたが耳がまでは隠せず、赤くなっているのがバレバレで、クスクスと笑う声が聞こえた。

「ねえ、この間の話、覚えてる?そろそろ、その答えを教えてくれない?」

 肘をつきながら問われ、先程まで赤くなっていた顔が急速に青くなったのが分かる。

 この話題を振られるのが嫌で、アシェルと少し距離を取っていたが、ほとぼりも冷めてきただろうと思ったのが間違いだった。

 今回はゼノもいないから助けは望めない。それに、この人は私の口から答えを聞くまでは諦めないだろう。

 ローズは意を決したように、拳を握り顔を上げた。

「兄様が仰る通り、レオン殿下との婚約を白紙に戻したいと思っております」
「それは何故?」

 剣呑な光を灯しながら眇められた。

 今更誤魔化した所で、この人には通用しない。そう思ったローズは、一呼吸置いてから口を開いた。

「私は王太子妃になる資格がないからです」
「僕はそう思わないけど、断言するからには理由があるんだよね?」
「……殿下よりも愛する方がおるのです……」

 罪悪感から伏せ目ガチで声が小さくなってしまったが、アシェルには良く聞こえたらしく「へぇ」と返事が返ってきた。

「その相手は、あの影の男かな?」
「…………」

 この人はどこまで私の事を知り尽くしているのだろうと思うほど、的確についてくる。

「返事がない……という事は肯定していると取るけど?」

 威圧するようにこちらを睨みつけてきて目が合わせられず、黙って俯いた。すると、呆れるような溜息が聞こえた。

 当然だ。王太子と婚約中に他の男性に目移りするなんて、節操のない女の証拠。それが自身の愛する妹となれば、ショックよりも呆れるのが正解だ。

「殿下との婚約を喜んでくれていた兄様には、大変申し訳ないと思っております……」

 頭を下げて謝罪をすると「誰が喜んでたって?」と声がかかった。

「誰がって、それは兄様が……」
「おかしいな。僕は嬉しいとは一言も言ってないと思うよ?おめでとうすら言っていないと思うけど?」
「え?」

 そう言われれて改めて思い返してみると義母は笑顔で喜んでくれていたが、アシェルはいつも通り笑顔を向けてくれていたが、祝いの言葉はなかった……それが何を意味するのか……

「兄様──……あれ?」

 顔を上げてアシェルと目を合わせた瞬間、視界がが歪んだ。

「ああ、ようやく効いてきたかな」

 そう言って立ち上がり、力なく倒れ込むローズを腕に包み込んだ。

「ゆっくりお休み。ローズ」

 その声を最後に、ローズの視界は真っ暗に染まった。



 ◈◈◈


 その頃、ゼノはレオンの執務室で書類を手に顔を顰めていた。

「その顔はやめろ」
「嫌だなぁ、これは生まれつきですよ?」

 自身の顔を指さしながら、わざとらしく笑顔作るゼノに溜息を吐きながら、レオンは自分の書類に目を向けている。

「お前が書類整理を苦手にしているのは知っているが、これもお前の仕事だろ?」

 諭すように言われ「へいへい」と気だるそうにしながらも、手を休めることはしない。
 文句は言うが、自分の仕事には責任を持っている事をレオンは知っている。

「最近ローズの姿を見ないが……どうしてる?」

 その問いかけにゼノの手が止まった。

 少し前までは頻繁にレオンの元を訪れていたが、ここ最近は城へ来てもレオンと顔を合わさずに帰ることが多い。
 そう言えば、レオンの顔を見ると罪悪感に苛まれると言っていたのを思い出した。

 愛する婚約者が自分の元を訪れないと知れば、不安になるのは当たり前の事。ただ、ローズの本当の気持ちを知っているゼノとしては筆舌にしがたい。

「もお~、少し会わないだけで寂しくなっちゃったんですか?」
「当たり前だろ。毎日でも会いたいぐらいだ」

 不安にならないように出来るだけ明るく軽口で言ってみるが、レオンの返答を聞いて騙しているようで負い目を感じる。

(現に騙してるんだけどさ)

 心の中で自嘲するかのように呟いた。

「姫さんは元気ですよ。元気過ぎて俺が振り回されてるぐらいだ」
「はは、ゼノが振り回されてるなんて珍しいな」
「殿下も苦労しますよ?」
「上等じゃないか。好きな女性に振り回されるなんて喜ばしい事だな」

 そんなことを言われたらまともに顔を見られなくなる……とゼノは「はは」と乾いた笑いを浮かべながら目を逸らした。

「ああ、そうだ。戻ったらローズに婚姻の日取りが決まったと伝えてくれ。今度会った時に詳しい話をすると」

 書類を片付け、帰る準備をしているゼノに声を掛けた。

「……了解。伝えときますよ」

 不自然にならないように、満面の笑みで応えた。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 サロン勤めで拘束時間は長く、休みもなかなか取れずに働きに働いた結果。 貯金残高はビックリするほど貯まってたけど、使う時間もないまま転生してた。 そして通勤の電車の中で暇つぶしに、ちょろーっとだけ遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したっぽい? あんまり内容覚えてないけど… 悪役令嬢がムチムチしてたのだけは許せなかった! さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドを堪能してくださいませ? ******************** 初投稿です。 転生侍女シリーズ第一弾。 短編全4話で、投稿予約済みです。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… 「小説家になろう」様にも掲載しています。

美人すぎる姉ばかりの姉妹のモブ末っ子ですが、イケメン公爵令息は、私がお気に入りのようで。

天災
恋愛
 美人な姉ばかりの姉妹の末っ子である私、イラノは、モブな性格である。  とある日、公爵令息の誕生日パーティーにて、私はとある事件に遭う!?

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

ゲームの序盤に殺されるモブに転生してしまった

白雲八鈴
恋愛
「お前の様な奴が俺に近づくな!身の程を知れ!」 な····なんて、推しが尊いのでしょう。ぐふっ。わが人生に悔いなし! ここは乙女ゲームの世界。学園の七不思議を興味をもった主人公が7人の男子生徒と共に学園の七不思議を調べていたところに学園内で次々と事件が起こっていくのです。 ある女生徒が何者かに襲われることで、本格的に話が始まるゲーム【ラビリンスは人の夢を喰らう】の世界なのです。 その事件の開始の合図かのように襲われる一番目の犠牲者というのが、なんとこの私なのです。 内容的にはホラーゲームなのですが、それよりも私の推しがいる世界で推しを陰ながら愛でることを堪能したいと思います! *ホラーゲームとありますが、全くホラー要素はありません。 *モブ主人のよくあるお話です。さらりと読んでいただけたらと思っております。 *作者の目は節穴のため、誤字脱字は存在します。 *小説家になろう様にも投稿しております。

処理中です...