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第5話 海辺のサンセット

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 なんだか眠れたんだか眠れないんだか、よく分からないうちに朝になった。

「おはよう」
「おはようございます……秀ちゃん」
「明日香、寝ぐせ」
「知ってる」

 明日香があくびをする。
 寝ぐせがあるということはいくらかは眠れたのだろう。

「卵かけご飯でいいぇ?」
「いいよ」
「いいですよ」
「分かったわぁ」

 確かに卵かけご飯だったんだけど、他に味付け海苔、卵焼き、シイタケの醤油炒め、ホウレンソウのお浸し、ハマグリの味噌汁が出てきた。
 そうそうここは山の中だけど、海も近いのだ。
 ハマグリはそこで採れる。
 地産地消とはいうが、ほいほいハマグリが出てくるのもけっこう贅沢なものだ。

「「ごちそうさまでした」」
「おそまつさまでした」

 大満足でお腹をさする。
 さて、今日は何をしようかな。

「おばあちゃんは、ミカン畑の剪定でもするけど」
「あ、手伝います」
「私も」
「そっか、そか、助かるよぉ」

 おじいちゃんの軽バンに乗ってミカン畑まで移動する。
 降りて準備をしたらさっそく作業開始だ。
 山の斜面一面がミカン畑だった。

「この枝、ここ」
「はいはーい」
「いいね。次こっち」
「はーい」

 作業指示に従ってどんどん切っていく。
 ミカンの木は切らないと大きくなってしまう。
 そうすると収穫が難しくなる。
 枝分かれも剪定で制御するので、切ってなんぼなのだ。

「ここは南斜面だから甘くなるんだよぉ」
「へぇ」
「今はまだ、時期じゃないけどねぇ」

 ミカンは冬だもんな。
 かなり作業した。
 畑は思ったよりずっと広く、重労働だと思う。
 おじいちゃんとおばあちゃんはここを長年、二人で管理してきたのだ。

「ミカンも後何年かねぇ」
「だなぁ」
「やめちゃうんですか?」
「うん。手が掛かるからねぇ」
「そう、ですか」

 近くの農家も何軒か、すでに辞めたという話だった。
 今は集中生産が主流なので、こういう小さい農家は減っていくいっぽうだとか。

 お昼を食べてまた少し作業を終わらせて、おやつにする。

「んじゃ、戻るべぇ」
「はーい」

 明日香はちょっと疲れている顔をしているけれど「いい仕事をした」みたいな雰囲気だから大丈夫だろう。

「どうせだから、海、よってくべ」
「うん」

 家によって支度をしたあと、四人で港へと車で移動する。
 途中休憩もして、近いと言ってもちょっと距離があった。
 海に着いたころには日が沈みかかっていた。

 さっと車から降りる。
 海の遥か先に、太陽が落ちていく。

「綺麗……」
「ああ」
「夏って感じするよね」
「おう、これぞ夏の終わりだな」
「もう、終わっちゃうんだね」
「だな」

 このまま今日の夜の新幹線で帰る予定だった。
 もう集落へは戻らない。

 山のほうから風が吹いてくる。
 明日香が髪を手で押さえている。
 今は時期ではないが甘夏の花の匂いがした気がする。

「甘夏、みたいな夏休みだったね」
「そっか」
「甘酸っぱい、夏の恋なんちって」
「恋なのか?」
「うん。私と秀くんが昔に忘れてきちゃった恋心」
「あぁ」
「やっぱり、私秀くんと結婚しようかな」
「えっ」
「ずっと、毎年、こんな夏休み過ごしたい」
「それは分かるけど」
「私じゃ不満?」
「不満はないけど」
「じゃあ、もう一度、二人で恋、しよ?」
「あ、うん」

 明日香が近づいてくる。
 そして二人の影がそっと重なった。
 軽いキス。

 そういえばキスはしたことがなかったな。
 なんだかいきなりドキドキしてきた。
 冷静沈着な俺が動揺してる。

「んっ」

「んんっうぅ」

「ぷはぁ」
「……」
「キス、しちゃったね」
「うん」
「もう、戻れないよ?」
「しょうがない。前へ進むって決めたんだろ」
「そうだよ」
「俺たち、何年も立ち止まってたもんな」
「うん。なんか私も今、すごくドキドキしてて」
「ああ、分かるって」
「秀くん、どうしよう。なんかおかしくなっちゃいそう」

 二人で夕日が沈んでいくのを見つめている。

「でも、そろそろ帰らないと」
「そっか、そうだね。いこっか。日常へ」
「また来年だな」
「うんっ」

  ◇◇◇

(めっちゃ気まずい)

 さて、帰りは二人で新幹線であった。
 隣のシート同士で、めっちゃ緊張した。もちろん指定席だ。
 こんなに手に汗を握ってドキドキしながら新幹線の席に座るのはこの時が最初で最後かもしれない。
 ペットボトルのジンジャーエールは行きと違いすぐに空になった。

(了)
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